キャンパスライフにはつくも神がいて

泥沼沈

1章

第1話 これがあたし達の活動です

「えっと、これで大丈夫かな」

「あ、お、おはようございます、相澤千尋です。この動画では、大学公認サークルである、私達AOSの活動の様子を見せていきたいと思います。え、AOSっていうのは私達のサークル名で……由来は忘れました」

 

 あたしはスマホを落とさないよう両手で持ち、とりあえず周囲を適当に映す。外は夕暮れで、映された映像がほんのりと赤く染まる。

 ここは大学のキャンパス内である。ここでいくら撮影しても、肖像権とかで文句を言われることは無いだろう。

 音声がちゃんと入っているのか不安になる。なるべくハキハキ喋ったほうがいいのかな、ちょっと恥ずかしいけど……。

 

「新入生の皆さんはこの動画を見て、興味を持ってくれたら嬉しいです。あ、部員の方があそこにいますね、何をしているのでしょうか」

 

 ちなみにあたしも新入生である。2週間前にこのサークルの一員となったばかりだ。

 もうサークルの歓迎会期間は終わっているし、今さらこの動画を撮って意味があるのか、あたしに撮るよう言った先輩に是非聞いてみたい。

 

「おはようございます、甲斐先輩。今はどのような活動をしているのでしょうか」

 

 この人は2年生の甲斐優太である。サークル名の刻印されたブルゾンに袖を通しながら、何やら草むらを見つめている。

 

「んあ? 千尋、何してんのそれ?」

「……動画ですよ。甲斐さんが言ったんじゃないですか」

 

 甲斐さんのふざけた疑問に小声で答える。指示した本人が訳わからん感じでいるのは気分が悪い。

 

「あ、そうだった。えーこんにちは、甲斐です。今はがこの辺に居るみたいなので探してるところです」

「僕達AOSは、表向き落とし物回収サークルですが、こうしてつくもがみを探すことも大切な活動です」

 

 何だか赤裸々過ぎるような気もするが、面倒なので指摘しないでおこう。

 つくもがみというのは、物が変化して怪物みたいになったものである。無生物だったはずなのに、暴れたり吠えたりする不思議な存在である。……上手く説明できないので、補足するのは止めておこう。

 

「あ! 居たぞ! 千尋、やっとデビュー戦だな!」

 

 甲斐さんは嬉しそうにこちらを見る。デビュー戦とは言うけれど、つくもがみと相対したのは初めてではない。

 

「えー皆さん、つくもがみがいました。あ、見えてないですよね、すいません。でもそこに居るんです、えっと……自転車のつくもがみです」

 

 それは自転車が変化したもので、タイヤ4つが手足代わりに、四足歩行動物みたいに歩いている。自転車なのに4つもタイヤ無いだろ! と思うかもしれないけど、变化は大概何でもありだ。

 

「これからあたし達はつくもがみを使って、つくもがみを排除します。あ、それも見えないのか。」

「この動画……意味なくない……?」

 

 甲斐さんは持っていた傘をバサッと開く。そういえば今日は静かだな、カメラとか恥ずかしいんだろうか。

 ガシャンガシャンと歩いていたつくもがみが急にその動きを止める。多分あたし達に気付いたんだろう。

 4つのタイヤがシャリンシャリンと回り始める。

 

「タイヤが動いています。お、こ、こちらに来ました!」

 

 さすがは自転車、弧を描くように走り出し、あたし達目掛けて突進してきた。

 甲斐さんが傘をつくもがみへ向ける。そのままつくもがみは傘に激突する。

 

「わ! ぶ、ぶつかりました! でも大丈夫です。甲斐さんの傘は、何でも防ぎますから!」

「そんなことはねーわ! てか千尋、お前も戦え!」

 

 スマホで撮影しながら戦うとは、少し難しいかなと思ったけれど、あたしは甲斐さんと違って両手を使う必要はない。

 

「マフ太! やるよ!」

 

 マフ太こと、あたしの首に巻かれている赤いマフラーは、その掛け声とともにシュルシュルと伸びていく。

 傘に激突したつくもがみは一旦距離を取り、再びこちらへ突撃して来た。

 マフ太はかなり伸びてくれる。あたしの首に巻かれながら、その体を伸ばし、向かってくるつくもがみの右前タイヤに巻き付いていく。

 ガガガと軋む音が響き、自転車は制御を失い転倒する。マフ太はあたしから離れ、さらに他のタイヤにも巻き付こうとする。

 

「た、倒れました! チャンスです!」

 

 一度転倒したつくもがみは、必死にタイヤを回転させるが、どうも起き上がることができないみたいだ。まあ普通の自転車も、人がよっこいしょと持ち上げるからね。

 

「せいぜいあいつの拡張仕様は『タイヤが多い』ってだけだったのかな」

 

 甲斐さんが言った拡張仕様というのは、つくもがみの能力みたいなものを指している。つくもがみは、その物の本来の働きが拡張されるらしいのだが、あたしのマフ太の拡張仕様はよく分からない。よく伸びることがそうなのかな?

 

「さて、千尋、あとは頼んだ」

「え、でもあたしまだ、これ以上は」

 

 2人の間にしばし沈黙が流れる。この人もあたしも、決め手に欠けるのが難点だ。

 

「えー皆さんすいません。あと少しで倒せそうなんですが……あ!」

 

 目に入ったその姿に、思わず声が上擦る。黒髪をゆらゆらと揺らし、小走りでこちらにやって来るその女性は、さながら女神のように思える。 

 

「遅れました。実験が長引いてしまって」

「ユ、ユヅさん! あれ、つくもがみです!」

 

 ユヅさんこと、神代結月さんが遅れてやってきた。この人ならあんなつくもがみ、ちょちょいのちょいだよね。

 

「ユヅ、来てすぐで悪いが、あいつを」

 

 甲斐さんが喋るのを止めて、つくもがみの方を凝視する。あたしもつられて視界を向けると、自転車を宙へ持ち上げたマフ太の姿がそこにあった。

 

「わぁ……マジ?」

 

 そんなに力があったとは驚きである。マフラーでぐるぐる巻きにされているからか、自転車も身動きが取れないらしい。

 マフ太はそのままぐんぐんと空へ昇っていく。空中を1.2周ぐるぐると回る。このままどこかへ行ってしまうんじゃないだろうか。

 

「いやー飛んでるねー」

「マフ太さん、大丈夫でしょうか」

 

 あたしも心配だ。気づけば動画を撮るのを忘れていて、目で必死に追いかけている。

 

「おーい! マフ太ー! そいつ落としちゃっていいよー!」

 

 あたしは大声で呼びかける。しかしマフ太は、自転車を下にして凄まじいスピードで地面へ急降下してきた。

 

「違うーー!」

 

 ズドォン! と地面へ落下した衝撃があたし達の足元まで届いて、ぐらぐらと揺れる。

 

「わっとっと……あ、映像が揺れて……すいません皆さん」

 

 スマホを落とさないよう必死に手首に力を入れる。揺れが収まり、スマホを落下地点へ近づけると、映っていたのはバラバラの自転車だった。

 いつの間にかマフ太があたしの首元へ戻る。倒してくれたのは嬉しいけれど、そこまで命じてないのに……。完璧に使役するのは簡単じゃないんだと実感する。

 

「何だ、強いじゃん、マフ太」

「私の出番は無かったみたいですね」

 

 甲斐さんは安堵の表情を浮かべている。ユヅさんは無表情なのでよく分からない。

 動画を終了し、スマホをポケットへ仕舞う。バラバラの自転車をフィルター越しではなく、しっかり直で見ておきたかったからだ。

 おそらく放置自転車だとは思うけど、もしかしたら誰かの大切なものだったのかもしれない。あたしはつくもがみという怪物に変化したからといって、その破壊行為から目を背けることはしたくなかった。

 

「よし、帰るか。あ、そうだ、さっき撮ってた動画、見てみようぜ」

 

 甲斐さんの提案で、あたし達はひとまず部室へ戻ることにした。

 

 

 

 

「お~よく撮れてるな。これを見せれば、新入生もイメージ付きやすいだろ」

 

 甲斐さんは動画の出来に満足しているようだ。そこに水を差すようで心苦しいが、あたしはずっと気になっていることを言おうとする。

 

「あ、あの甲斐さ」

「甲斐君、私達以外はつくもがみ見えないのでは?」

 

 先に言われた通りそうなのである。つくもがみは普通は目に見えないのである。あたしもつい最近見えるようになったんだから。

 

「それにこれを新入生に見せたら、私達変わり者だと思われてしまいます。それは今後の活動にあまり良くないんじゃ」

 

 甲斐さんは悔しそうに唇を噛む。まあ気持ちは分からんこともない。どっちかというと変わり者担当はユヅさんの方なのだから。

 

「……解散で、いいすか?」

 

 気まずいのか、恥ずかしいのか、今日はお開きみたいだ。まあ正直、動画のあたしの声がキモすぎて、これ以上見たくなかったから好都合だ。 

 動画の削除をしようとしたとき、あたしはふとここまでの1ヶ月を思い返す。まさかこんな不思議で危険なキャンパスライフを送ることになるとは、思いもしなかったなぁ……。

 

「まあ、悪い方へは進んでないよね」

 

 2人には聞こえない囁きだった。新しい船出の記録として、動画は消さないでおこう。それに動画を見ていたら、どんな活動であれ、サークルってやっぱり青春っぽいなと思った。もちろん恥ずかしいので、口には出さないけどね。

 

「おーい、鍵閉めるぞー」

 

 あたしは2人を追いかける。不安なことも怖いこともたくさんあるけど、彼らに付いていけばいいやと、2人の背中を見てそう思った。

 

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