人はどうやら、魅了されているらしい。
Rough ranch
『これまでに出会った奇抜な奴ら』
知性を得た生物というのは、すべからく狂気と好んで共存しようとするらしい。
これは、僕の短い人生の中で導き出した自論の一つだ。
勿論、狂気の定義にもよるだろうし、共存するつもりが無かったり、しているつもりの無い人だって居ると思う。というか、何人も見てきた。
というのも、今年は無事に世紀末を乗り越えてちょうど2100年だ。
人類の科学力は留まる場所を知らずに、今も指数的に上昇し続けている。
そんな科学の急発達の中で、人類は遂に五次元間を移動する技術を生み出した。
その技術はまだ一般に出回っている訳では無いが、僕の様な発明に携わった一部の人ならば、試しに他の世界線に行ってみたりできる。
何個かの世界線を見学してきた事が、僕が先述の様な自論に至った最大の要因だ。
例えば、第三次世界大戦が起こった世界線の人達や、宇宙人に虐げられ、人類が奴隷の様に扱われている世界線の人達、ここ百年間で一度も戦争やパンデミック、テロ等が起こらなかった世界線で過ごす、平和しか知らない人達。
彼らは共に、見てきた世界、見ている世界が根本から違う。
僕は狂気を「常軌を逸した精神状態。」と定義づける。
その逸脱される常軌とは即ち、常識とか当たり前、普通といったもののことだ。
普通じゃない奴らの事を、人は狂人と呼ぶんだ。
では、その普通とは誰が定義づけるだろうか?
民衆か、それとも一部の政治家達か。もしくは、絶大な影響力を持つ誰か、か。
答えはどれとも違う。
正解は、僕だ。
ある人はそれを崇拝し、またある人はそれを嫌悪し、蔑む。
こんなことが平然と起こっているこの世界を、僕は心の底から不可解に思う。
結論をまとめると、僕が住むこの世界には、僕が知った様々な常識をはるかに逸脱する常識が流れているという事だ。
といっても、これだけじゃ少々あの自論へ至った経緯の説明が不十分すぎるかもしれない。
この結論を納得してもらうには、少々僕が体験してきた世界を、この百年でどのような考え方が生まれる様になったのかを、見てもらう必要があると思う。
という事で、今から幾つかのちょっと変わった世界線での出会いのお話をしようと思う。
ではまず一つ目。
殺風景という言葉がしっくり来る景色で、周囲を見渡しても砂と僅かな雑草しか無い。
いや、もう一つ異様に目立つものがあった。
僕は歩いて三十メートル程先に倒れている一人の男性の元へと行く。
「大丈夫ですか?」
年齢は30くらいだろうか。
髭は綺麗に剃ってあるが、全身砂だらけなので清潔感は感じられない。
「あ、ああ、どうやら生き残ったらしい。」
意味深げにそう言った男性は、落ち込んだ様にがっくりと肩を落とした。
「あれ、何故そんなに落ち込んでいるんですか? 何があったかは知りませんが、生きているのならば喜ぶべきじゃないでしょうか。」
どの世界線でも、世界に絶望したとかで自殺をしようとする人は一定数いた。
この人もきっと、その類の人種なんだろう。
まあ、それにしては服装に緊張感が無い。
半袖のシャツにはどこか見覚えのあるアニメのキャラクターが描かれており、ズボンは短パンだ。
どうにも、その服装はここで目立つ。
「黙れ。俺は、お前みたいな古臭い正論を吐き出すマシーンが大嫌いなんだよ。近頃のAIだって、もうちょい言葉を良く使ってるぞ。」
この人の言動は、つくづく図星っぽさが漂う。
主に、こちらを馬鹿にするだけで質問に答えないところとか。
まあ、自殺をしたのに生き残ってしまった人の心情なんて僕に察することはできないけどね。
「まあ、もしまだ自殺願望がまだ残ってるのなら、僕が今ここでサクッと殺ってあげましょうか?」
「おいおいおい、勘違いするなよ。俺は別に、死にたくて自殺したんじゃない。」
「死にたくなくて自殺する人が居ると思いますか?」
「ああ、ここに居る。」
屁理屈って言葉知ってる? と言いかけたが、目の前の彼の目が妙に真剣だったので、つい喉に詰まってしまった。
自論だが、自殺をしようとする人というのは、妙に覚悟が決まってる奴か、考えなしの無鉄砲かのどちらかだと思っている。
どうやら彼は前者だったらしい。
「俺は、良い人生を送る為に生きてきたんだ。可愛い嫁を持って、億万長者になって、ノーベル賞だって取って、沢山の友人が居て。そういう目標を立てて生きていたんだ。」
「でも、その目標の高さにヒヨったと。」
「違うわい! 今言ったのは、昨日全て現実化し終えたところだ。」
「え、マジですか。」
思いの外、この人は凄い人なのかもしれない。
「じゃあ、尚更何で自殺なんてしようとしたんですか。」
「だから、しっかりと人の話を聞けよな。目標は目標だが、それはゴールじゃない。良い人生を送る事が、それが俺の人生のゴールだ。」
「良い人生とは?」
「ずばり、『満たされた死』だ!」
「大往生って事ですか?」
「いや違う。大往生する時、それは決して人生のピークでは決して無い。たまに、私の夢は大往生です、とかいう奴を見かけるんだ。そして、それを見る度に俺は思う、それってつまり『満たされた死』を望んでいるって事だろ、とね。」
「まあ、死ぬ時が必ずしも幸福とは限りませんしね。」
この人の考え方は、全く僕と違うらしい。だがそれでも良い、いや、それが良い。
感動に近いものを、強く肌で感じられるから。
こういう奇抜で一風変わった考え方は、いつだって僕の心を震わせる。
「もしも『満たされた死』をくれるのなら、俺はお前に尊厳だって渡そう。靴だって舐めよう、利き腕だってくれてやろう、妻子だって投げ渡そう。」
彼の目は依然として真剣だ。
真剣に、こんな馬鹿げた話をしている。
やはり彼も、どうにかしている側の人間らしい。
「神なんていない、善意だってあり得ない、世界の存在だって確実じゃない。だが、死は確実にある。それはきっと、死んだ俺の魂が証明するだろう。」
「一理あります。」
「俺は自殺する直前が、俺の世界の中の絶頂だった。それが俺にとっての最優先事項だったんだ。」
その後、彼はもう一度『満たされた死』を手に入れるために、もう一度友人や家族の元へと帰っていった。
また今度にでも彼の居る世界線へ、今の彼の集大成を見に行ってみても良いかもしれない。
そして二つ目。
僕が転移した場所は、どうやら何かの建物の中だった。
ほんのり薬品の匂いが充満している事から、研究室とかそういう類の場所だろうと推測する。
研究所って聞くと、どうにも浮足立つよね。
何というか、興奮する。
試しに、近くにあった部屋の中に入ってみる。
「おぉ〜、これは凄い! 僕が見たことも聞いたことも無い薬品がこうも大量に置かれているなんて。」
世界線が変わっても、基本的には化学薬品の名称は同じである。
というのも、この世界線は数年前に僕がおやつに牛丼を買いに行かなかった場合のものなのだ。
つまり、数年前に僕が牛丼を買いに行った事で変化する薬品の名称だけが変わるのだ。
ある程度世界線を移動できるのなら、トリガーは別に何でも良かった。
ただ、ここまで凄い変化が訪れるとは思っていなかったけれども。
「とりあえず物色しようかな。」
そう思い、僕は数時間程この部屋にある薬品や、研究資料などを読み漁った。
「なるほど、確かにこれをこうすれば時間停止ボタンが作れますね。」
この部屋に保管されていた資料は、とても貴重なものだった。
僕の住む世界線は、無数にある世界線の中でも上位に食い込めるレベルで高水準なものだと思っていたが、ここはここで技術レベルが高い。
何より、時間という分野においては、ここは僕の住む世界線でさえも軽々と凌駕していると言って良い。
そうして、ある程度この部屋の事を調べ終えた頃だ。
勢い良く扉を開け、突如この部屋に一人の男性が駆けこんで来た。
そして、僕の顔を見ると驚いた様に口を開け、
「な、な、何でここに人が居るんだ!?」
「あ、お邪魔してます。」
その気になれば、自身の腕時計を起点に元居た世界線へと帰れるから、堂々と挨拶をする。
もう何回も今部屋に入って来た彼の様な反応を見てきたからか、僕の対応も手慣れたものだ。
「いやぁ、驚いたな。この部屋、いやこのエリアは昨日から封鎖されていたはずなんだけどね。一体、どうやって侵入したんだい?」
「転移して来たんですよ。」
「転移!?」
この人、めっちゃ反応が大きい。
バンッと机に身を乗り出して、前のめりで僕に近づいてくる。
いかにも研究者って風に白衣を着ているから、この建物で働いている職員とかだろうか。
「転移とは、一体どうやったんだい。というか、そもそも君は何しに来たの?」
「はいはい落ち着いて。一個ずつゆっくり説明しますからね。」
僕はこの人に、どうやってこの部屋に入ったのか、どうして転移してきたのか、を大雑把に話した。
ただし、僕が一つ言う度にこの人は五、六個質問してくるので、話し終えるのになかなかの時間を要したが。
「ということで、僕は今ここに居るんです。」
「なるほど。何となく分かった感じがする。」
何となくかい。
「というか、大丈夫なんですか?」
「何が?」
「いえ、普通に考えて用事があったからこの部屋に来たんですよね。ずっと僕と話していても良いのかなと。」
「ああ、そのことね。それなら問題無いよ。」
そういうと、彼はさっきまで僕が読んでいた資料を取り出してポケットへ入れた。
普通に考えて彼のポケットに入る量じゃなかったから、きっと何か特殊なポケットなんだろう。
「これで完了。」
「何をしたんですか?」
そう疑問を口にした瞬間、全身を重装備で固めた十人くらいの男たちが入ってきた。
ガッガッガッガ
そして、先頭のリーダーらしき男が声を上げた。
「お前たちだな、最近我々の研究データを狙っているという奴らは。」
「え、違いますよ。」
状況も、何を勘違いされているかも分からないが、とりあえず濡れ衣だけははがしておく。
「違う訳あるか、現に、今こうしてこの部屋へと侵入しているではないか!」
「う~ん。」
確かに侵入して、かつ研究データも盗んでる。
正論だからぐうの音も出ない、濡れ衣は濡れ衣なんだが。
僕が返答に困っていると、隣から彼が耳打ちしてきた。
「質問の答えだけど、この研究所のデータ、もとい研究結果を回収したんだ。バレたらまずいから、今から全力で逃げる予定予定。」
この人、優しそうな顔をしているくせに、この人も泥棒だったのか。
いや、スパイとかの可能性もあるな。
まあ、スパイにしては気が抜けすぎだけど。
「もう思いっ切りバレてますよ!」
そう言って、彼はポケットから一つのボタンを取り出した。
「そ、それは?」
「僕が作った時間停止ボタン。それ、ポチッとな。」
そのボタンが押された瞬間、この世界から僕と彼以外の生命の時間が止まった。
「こ、これは、まさか。」
「これで、四次元は僕らに支配された。」
その声の起点を見ると、そこには笑顔でたたずむ彼が居た。
「時間停止の技術を盗みに来たんじゃないんですか?」
「それはそうなんだけど、盗む目的はこれの改良なんだ。」
彼はボタンを指して言う。
自力であのボタンを作ったのだろうか。はたまた、今回の様にどこかから盗んだ技術だろうか。
まあ、今はそんな事を考えている時間は無いけれど。
いや、あるんだけどね。それも、有り余る程に。
「で、あなたはここからどうやって逃げるんですか。入り口には固まってるあの人達が居て通れませんよ?」
「そりゃあ、頑張って壁を破って行くしかないだろ。」
「そうですか。」
今確かめたところ、どうやら僕はこの滞った世界からも世界間を転移できるらしいから、現状では問題はなにも無い。
「一つ気になったんですけど。」
「なんですか?」
「あなたって、どうして時間停止技術を生み出そうと思ったんですか?」
「急な質問だね。」
たとえ彼が本当の天才だったとしても、盗んだ技術だったとしても、あんなボタンを生み出すのには途方もない時間と労力が必要だった。
僕の目から見ても、どうやっても並大抵の覚悟で作れる代物じゃない事は分かる。
「見ていて思ったんです。あなたはとても、知的好奇心が強いんだなと。僕も発明家の一端として、その好奇心がどこから湧き出ているのかが気になったんです。どうせもう会う事は無いでしょうし、折角なんで聞いておこうと思って。」
「なるほど。」
彼は顎に手を当てながら、考えている様な仕草を取る。
僕は、彼の返答が来るのを机に座ってボーっと待つ。
そして彼は熟考の末に切り出した。
「僕が人類が生み出してきた叡智に心酔しているから、とかかな。」
「心酔?」
「ああ、心酔。幸せになる方法も、真の幸福とは何かも、僕だけじゃ到底思いつかない様な事が、この世の中には溢れてる。」
「そうですね。全部知れたら良いんですが。」
「そうだね、僕も同感だよ。人間は万能じゃない。でも、叡智は万能になる道さえも、いずれ示してくれるかもしれない。」
「でも、たとえ全てを知ったとしても、知っただけで何も成せないまま死ぬかもしれませんよ?」
「それでもだ。僕の煮え滾る探求心は、全てにおいても優先させてもらう。幸せへの第一歩、満足できる死への第一歩、そして僕が進むべき未来への第一歩。その一歩目を踏み出すには、勇気や愛だけじゃ足りない。」
彼の声にはありったけの熱が籠っていて、僕もいつのまにか引き込まれていたらしい。
場に静寂が訪れたことで、それを強く実感した。
「一理あります。」
「それは良かった。」
彼はそう言い、顔をほころばせた。
「じゃあじゃあ、僕は元の世界線に戻りますよ。」
「うん、それじゃあ気を付けてね。」
「あなたの方こそ。」
そして僕がその世界線で最後に見たのは、彼が爆弾でこの建物を吹き飛ばしているところだった。
自身の好奇心の為にここまでやってのけるなんて、やはり彼もどうにかしている側の人種だったらしい。
だが、彼の言葉が僕の知的探求心を強く打った事は否めない。
彼の言葉がきっかけで、僕は世界をもっと知ろうと思い始めた。
三つ目の世界線で、その身から悪感情を捨て去った老女と出会い、
「そもそも、悩みの種が生まれるのは外的要因からでは断じてない! 己の心だ。心の弱さ、脆弱性。被害妄想被害妄想被害妄想。少し冷静になれば気が付けるのにのぉ。」
巡って、巡って、巡って。
四つ目の世界線で、欲望に従うために生きる男と出会い、
「欲望とは即ち意味だ、生きる意味。自身がやりたい、やり遂げたい事のオリジンは欲望だ、渇望だ。シンプルに、思うがままに生きられる力。それが俺には必要なんだ!」
巡って、巡って、巡って。
そして、悟った。
誰だって、みんなどうにかしている側の住人だったのだと。
そして、気が付いた。
人には頼るべき柱が必要なんだと。
狂気が人を安心させる。
折れず、曲がらず、依然として存在する狂気に、人はどうやら魅了されているらしい。
人はどうやら、魅了されているらしい。 Rough ranch @tekkinntawamanntaro
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