生贄の巫女姫は異世界転移して風俗で働かされてしまいました

華咲 美月

第一話 巫女姫は生贄になって異世界転移する

 星暦156年の春、ルーテシア神聖王国とデビル魔王国は戦争状態になった。

 グランガラ高原の戦いで、双方の主力部隊に大きな犠牲を出して膠着状態にある。

 ルーテシア神聖王国の第一騎士団は最前線のダガン要塞で籠城戦をしていた。


 戦争が長引けば負傷兵も増える。

 治癒魔術が使える白魔術師が不足していた。

 このままでは最前線の戦力が不足して、ダガン要塞が突破されてしまう。


 その状況を打開するために、異世界から聖女を召喚することに決まった。

 聖女の召喚は六人の神官が七日間祈りを捧げて行う古代の儀式である。

 この儀式には生贄が必要だった。

 生贄と言っても死ぬわけではないのだが、聖女をこの世界に呼んでくるときにバランスをとるために、聖女が元いた世界にこの世界から巫女姫を送らなければならないのである。


 そして、今の時代に巫女姫として育てられていたのは、グルテンタルク公爵家の次女である私、ヴィヴィアン・ミュゼ・グルテンタルクだった。

 私は巫女姫になるために神殿に預けられて、箱入り娘として育てられていた。

 私は十八歳になるまでに巫女としての修行を終えて、神殿の外に出ることを許されている。


 巫女姫として独り立ちして神殿から出ると、ルーテシア王国の王太子と婚約することが決まった。

 歴代の巫女姫は女神の加護を国に役立てるために、王妃となることが多かったのである。

 王妃教育を受けるために登城していたら、聖女を召喚するための儀式を行うので、生贄になってほしいと告げられたのだ。

 聖女を召喚して使役できるのは一年間だけである。

 私が生贄になって異世界で暮らすのも一年間だけであった。

 その期間を過ぎれば元の世界に戻れるのだ。

 王命である上に、命まで取られる話ではないから、拒否することは出来なかった。


 召喚の儀式の間に通された。

 白いローブを着た六人の神官が揃っている。

「それでは聖女召喚の儀式を始める」

 儀式を主導する神官長が厳かに告げた。


「ヴィヴィアン、心配するな。異世界に行っても一年間の辛抱だ。戻ってきたら結婚しよう」

 婚約者のヘインケル王太子が励ましてくれた。

 彼は金髪碧眼で高貴な身分らしく麗しい姿をしていた。

 私は微笑んで頷くと魔法陣の中央に進み出た。


 聖水が撒かれて燭台に聖火が焚かれた。

 それから七日間、六人の神官の女神に捧げる祝詞が儀式の間に響いた。

 生贄の巫女姫は儀式の間から外に出ることは出来ない。

 食事と水は与えられたが、水浴びをしたり風呂にはいることは出来ない。

 濡れた布で体を拭くくらいである。


 私は年頃の乙女らしく体臭を気にしたが、召喚の儀式は厳しいものなので風呂にはいるために抜け出すことなど出来ない。

 食事の内容も黒パンと聖水と僅かな煮込み野菜だけである。

 苦しいけれど、魔王軍との戦いで多くの軍人が傷ついているのだから私も頑張らないと。


 儀式が始まって七日目に魔法陣が光って聖女が出現した。

 召喚の儀式は成功したのだ。

 私は安堵した。


 次は私の番だ。

 私の入っている魔法陣が光りだして、身体が薄れて消えていく。

 不思議な浮遊感があって意識が遠のいていた。

 眼の前が光に包まれて、そして暗転する。

 私は意識を手放した。


――!?


 目覚めると見知らぬ場所にいた。

 あたりを見回すと巨大な塔がいくつも立ち並んでいる。

 道路は広く黒いもので塗り固められているようだった。

 そして何より驚いたのは大きな鉄の塊が道路の上を猛スピードで動いていることである。

 私が立っているのは道路の端っこで、歩行者が大勢歩いていた。

 歩行者は皆、ルーテシア王国の服とは違うデザインの服を着ている。


(私、本当に異世界に転移したんだわ……。良かった。儀式は成功したのね)

 安堵したけれど、これからのことを考えないといけない。

 この世界で一年間、生き残らないといけないんだわ。


 周囲の歩行者が私のことを訝しむようにジロジロ見ているのに気がついた。

 今は儀式のために巫女の法衣を着ているし、それに恥ずかしいことに臭いもの。

 このままじゃ奴隷商人に捕まって売り飛ばされてしまうかも。

 私は怖くなった。


「ねぇ、君。なんでこんなところでコスプレしているの?」

 二十代くらいの若い男が声をかけてきた。

 柄の付いたシャツとズボンという、庶民的な服を着ている。

(言葉は通じるんだ……)

 良かった。

 若い男の言葉は普通に意味が理解できた。

 コスプレというのはよくわからないけれど、この巫女服のことだろう、浮いているもの。


「私、違う国からこの国に来たばかりでよく分からないんです」

「どこの国から来たの? フィリピン? それともヨーロッパから?」

「えっと……。ルーテシア王国という国から来ました」

「聞いたことないなぁ。一緒に来た人はいるの?」

「私一人なんです。頼れる人も誰もいなくて……」

 私はサファイアの付いたネックレスを外して若い男に渡した。

「これを差し上げますから、換金して食事の摂れる宿屋を紹介してください」


 若い男はネックレスをじっと見ていたけど、何か納得したようだった。

「君みたいな美人が一人でいるのは危ないね。俺の家に匿ってあげるよ。食事も摂らせてあげるし、寝る場所もある。着替えの服も用意してあげるよ」

 若い男はニッコリと人懐っこく笑った。

「ありがとうございます。それと恥ずかしいんですけど、お風呂にも入れてほしいんです」

「もちろんいいよ。俺の家にはお風呂もあるからね。それで、君の名前は?」

「ヴィヴィアンです」

「俺は堂本武志っていうんだ。タケシって呼んでくれたらいいよ」


 しばらく歩いてから電車という巨大な乗り物に乗せられて移動した。

「この電車という乗り物は魔法機関で動いているのですか?」

「魔法というか、科学の力だね。ヴィヴィアンの住んでいた国にはないんだね?」

「私の住んでいたルーテシア王国では、遠くに行くときは馬車で移動します」

「そうか、ヴィヴィアンのことがだんだんわかってきたよ。科学文明を否定した部族の国から来たんだね」

「そういうものかもしれません……」


 タケシ様の家はマンションという塔の五階にあった。

 エレベーターというものに乗って上昇する。

 部屋についたら、ソファーに座るように勧められて、テレビという魔法の板に映る画像を見せられた。

「しばらくテレビを見ながら待ってて、食べるものと服を買ってきてあげるから」

「はい、親切にしていただきありがとうございます」


 タケシ様が出かけて一人になると緊張がほぐれて溜息をついた。

(優しそうな人に保護されてよかったわ)

 最悪の場合、奴隷として売り飛ばされて残虐な男に買われることも覚悟していたのだ。

 タケシ様が迷惑でなければ、しばらくこの家にいさせてもらおう。

 この国はルーテシア王国と文明が違いすぎていて、順応するのに時間がかかりそうだった。


 タケシは小一時間ほどで戻ってきた。

 コンビニ弁当という鶏肉の入った料理を食べた。

 白いツブツブのものは米といって、この国の主食ということだった。

「少しづつこの国に慣れていくといいよ」

 タケシは優しく言ってくれた。

 やっぱり優しくて親切な人だわ。


 タケシの買ってきた服は、Tシャツという庶民的な簡素な上着と、ミニスカートという膝が見える短いものだった。

 私は足首まで隠れるドレスと巫女服しか着たことがなかったので、この国の服は露出が多すぎて恥ずかしかった。

 タケシは下着も買ってきてくれていた。

「サイズが合わないかもしれないけど、今度一緒に買いに行くからそのときになんとかしようね」

「はい、ありがとうございます」

 タケシは生理用品も買ってきてくれたけど、ルーテシア王国では見たことがないものだったから、使い方を説明してもらった。


 タケシは女性の世話をするのが初めてではないみたいな感じだった。

(親切な人だから、外国人の女性を保護するのは慣れているのかも……)

 私は深く考えないことにした。


――。


 その夜、私とタケシは同じベッドに寝て房事をした。

 私は王妃教育で房事のことも教えてもらっていたので、戸惑いはあまりなかった。

 異世界に転移したらこういうことになるかもしれないと密かに覚悟していたことである。

 タケシは房事でも優しかった。

 巫女姫として育てられた私はもちろん初めての経験だったけど、怖さはあまりなかった。

(私、タケシの優しさに絆されているのかしら……)

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