さよなら最終兵器

愛夢 永歩

第1話 都会に出てきたその日のこと

ここはこの世界でも有数の大都市、ウィーユの街。

周辺の国の中でも最先端の建築技術をもって建てられた複数階建ての建築物が並び、道路には魔法で動く車が走る。

そこで暮らす人々は、忙しそうにしつつも、確かな熱意を持っているのが顔つきで分かる。

田舎町にはない、良い意味での焦燥感のようなものに追われているとでも言えば良いだろうか。


さて、そんな激流のように人が流れる慌ただしい街の中でも目立つ存在があった。

それは、新参者あるいは田舎者と言える者たちである。

彼らは皆一様に、見慣れない高い建築物を見上げ、慌ただしく行き交う人の流れに目を回している。

言わば『お上りさん』というやつだ。

いずれはそのお上りさんたちも、優しい住民に導かれたり、優しくない住民にカモにされたりして街での生活に慣れていき、次第に溶け込んでいく。

そうして、今度は自分たちが、新たに街に来た者たちを生暖かい目で見守ったり、カモにしたりするのだ。


そんな街へ、新たにやってきた青年がいる。

精一杯自分で考えた彼なりの都会風の服であるカラフルな服に着られ、周りの田舎者たちよりも激しくキョロキョロしているその青年の名前は、シース。シース・ヒルウッズという。


「すっげぇ…人がこんなに沢山…きれいな女の人も沢山…」


美人な女性を見つけては、見えなくなるまで視線だけでなく顔全体で追う。

明らかな不審者だが、仕方ない。彼は無類の女好きだった。

長く暮らしていた町から出て、国を超えて、この大都市にやってきたのだって、何を隠そう彼女を作るためなのだ。

女を求めて街へやってきた。

こう言ってしまうと下衆っぽいが、誰もが各々の夢のために街に来ている。

シースも、そんな夢見る男の1人だった。


ただ、彼が他のドリーマーたちと違うところが1点だけある。

それは、彼が腕の立つ泥棒だったことだ。

金が欲しくて泥棒をしていたわけではなく、単純に好きな女性の所有物が欲しくて、私物を盗んだりしていた。迷惑をかけるのは嫌なので、新品を代わりに置いていく。

彼はそんな自分ことを紳士だと思っていたようだが、とんでもない。普通に変態である。


しかし彼は気がついてしまった。

こんなことをしていては、一生恋人はできないと。

騎士団に、自分が泥棒であることがバレて、指名手配されてから、初めて気がついた。

気づくのが遅すぎないかと誰もが思うだろう。だが、この男はそんな当たり前のことに気がつくまで4年もかかった。

そして彼は、すっぱりと泥棒を辞め、心機一転、街で運命の人を探そうとしたというわけだ。

本人的には軽犯罪のつもりだったので、別に指名手配されたから逃げた訳ではない。

単純に新たな恋を探すのだから、新天地が良い。そう思ったから街にやってきただけだった。


いつまでも街の入り口で美人に興奮しているわけにはいかない。

シースは意を決して、街へ足を踏み入れた。

入り口から続くメインストリートの人通りは本当に多い。

ただまっすぐ歩くだけのことが簡単ではない。


「あ、すみません…おっとすみません…ひひひ」


それなのにこの男は、人混みをすり抜けて、好みの女性の元へ近づき、わざと身体がぶつかるようにすれ違っていた。


「鬼のお姉さんは筋肉質なおしりが最高。アルラウネのお嬢さんはひんやりとした体が気持ちいい…すげえな都会、こんなに色んな種族の女の人が沢山!」


そんな呟きは喧噪に紛れて誰にも聞こえはしない。

だが、その様子を、車上から眺めている女性がいた。


「ふうん…この人混みの中をあんなにスムーズに移動するなんて…ただものじゃないわね…」


彼女は、興味深そうにシースを眺めたあと、従者と思わしき男に声をかける。


「ねえ、あの男のこと、調べてみてよ。もしかしたら、使える男かもしれないわ」

「かしこまりました」


指示を受けた男は、魔道具でシースの写真を撮る。そして、耳元に手を当て、どこかと念話を始めた。


「ようし、行き先変更。ちょっとあの男を追うわよ」


運転手の男は、静かに頷いて、車を走らせる。主人の突然の予定変更には慣れているのだ。

さて、自分が追跡され始めたことに気がついているのかいないのか。シースはメインストリートを少し外れて、ひときわ大きな建物の元へ向かっていた。

少し歩いて到着したそこは、治安組織の事務所だった。


「流石、噂に違わぬ立派さだね」


入り口に立つ警備員に目を付けられないように横目で確認しながら、シースは呟く。

治安組織とは、この街に存在する各企業が、人員や資金を提供し、共同で運営している組織だ。

犯罪者の取り締まりに加えて、道路の舗装や広場の清掃なども行っている。

この組織があるから、ウィーユの街は特定の指導者や貴族がいなくとも、治安が維持され、街としての体裁を保つことが出来ているといっても過言ではない。


シースは前の町では、かなり騎士団や私設警備員とやりあった経験がある。やりあったといっても、直接的な戦闘では無く、警備をする者と、それをかいくぐって泥棒を行う者という対立の仕方だ。

王女様に恋したときは、どうしても王女様の髪飾りが欲しくて、王城に忍び込んだこともあった。苛烈な警備をくぐり抜けて、実物を手にしたは良いものの、当然オーダーメイドであろうその品の代わりの髪飾りを用意出来なかったので、眺めるだけで城を後にした。

王城ともなれば、最高峰の警備レベルを誇る場所だ。流石のシースも、侵入するには骨が折れた。だが達成した。


ウィーユの治安組織はそれ以上の警備能力を有するという噂は聞いていた。

ゆえに、どうしても一度、自分の目で見てみたかったのだ。

まあ、二度と盗みを働くことがなければ治安組織と対立することはないのだが、この男は何故か治安組織を敵と認識して偵察しに来ている。


「騎士団より軽装だね…戦うよりも取り押さえることに特化しているのか。でもだからといって防御力が低いわけじゃない。防御魔法が2重…にかかっている…」

「君、どうかしたのかな?」

「ああいや、なにもありませんよ!いつもお疲れ様です!」


バレないように見ていたつもりだが、気づかれてしまった。


「個人のレベルも高いな…うーん、注意が必要だ」


一体何の注意をするつもりなのろうか。

シースはそう呟いて、怪しまれないうちに治安組織の事務所を後にした。

次に向かったのは、街の中でもひときわ大きな建物の中の1つである、紫月社の本社だった。

この街は、王制ではなく、複数の企業が共同で運営している。治安組織もその1つだ。

そんな企業の中でも大企業と呼ばれる特に影響力の大きな企業がいくつかある。紫月はこの街の中で最も大きな規模を誇る大企業の1つだ。


「こっちもすごいな、侵入するのは簡単じゃなさそうだ」


紫月は武器類の販売と、戦闘員の派遣を行っている。

街の外に出れば盗賊やモンスターなどの危険があるので、商人などは護衛を雇わなければならない。そんなときに活躍するのが、この紫月社だった。

他の街では冒険者が行うような仕事を、一手に引き受けているといってもいい。


「やっぱりこういうところに入社できれば給料も高いのかなあ。ハードルも高そうだけど…」


金持ちはモテる。

そう信じているシースは、大企業に憧れていた。

様々な人が出入りしている。

あの見るからに屈強な男はこれからモンスターの討伐に向かうのだろうか。あちらの不安そうな面持ちの老人は依頼人だろう。


「人を助ける仕事っていうのも、モテそうだよなあ。やっぱいいなあ紫月」


シースが元いた国にまで届くような評判。絶対モテる。


「採用試験今日だったりしないかな?でも俺弱いしなあ。強くなきゃ駄目か?」

「別にそんなことないわよ」


シースの独り言に応えた者がいた。


「あ、さっき紫月から出てきたお姉さん…。すみません、邪魔でしたか?」


思えば、かなりの間、入り口を見つめたりしていたかもしれない。

社内から出てきたところを見るに、注意されるのだろうか。

しかし、女性はそんなシースの気持ちを看破したかのように、優しく肩を叩いて、笑いかけてくれた。


「別に怒りに来たわけじゃないわよ。ただ、熱心に見つめてるなあ、と思っただけ。なに?紫月に入るためにこの街に来たの?」

「そ、そうなんです。ずっと憧れていて…皆の役に立ちたくて!」


美人のお姉さんに話しかけられて、さらっと嘘を吐いたシースだった。


「ふーん、そうなの。立派だね」

「ありがとうございます!えと、お姉さんは、紫月の社員ですか?」

「んー、そんな感じかな」

(そんな感じってなんだ?)


疑問に思ったシースだったが、今はスルー。なんか良い感じに仲良くなれている気がする。これはお近づきになれるチャンスだ。そう判断して、徹底的に話しを合わせていく。


「お姉さんすごいんですね。美人な上に、紫月の社員だなんて」

「美人だなんて、やめてよ~。おだてても何も出ないわよ」

「いえ、本心ですから」

「ふふふ、お上手ね」


気分よさげな女性を前に、シースは満足げだった。ここまで楽しそうに美人と会話したことが過去にあっただろうか。

長い黒髪に、ぴっちりとしたスーツ。耳の形から判断するに、人間だろうか。

人懐っこい笑顔を浮かべて、下からシースを覗き込むように見つめる。男心を分かっている。シースは既にデレデレだった。


「ねね、このまま一緒にご飯いかない?君の話、もっと聞きたいな」

「ぜひ!」


脊髄で返事をしていた。

流石都会。こんなにもトントン拍子で彼女が出来るとは。

逃すわけにはいかない。このビックチャンスを。


「じゃあ、そこのレストランでいい?」

「はい!」


今のシースであれば、どんなゲテ物料理が出て来る店でも、いや、食べられないものが出てくる店でもオールオッケーだった。

幸い、そこのレストランのメニューは普通だった。

席に着くなり、人間用のメニューを渡される。


「ここはご馳走するから、好きなものを頼んでね」

「いえそんな、むしろここは自分が払いますよ!」


シースだって、多少の持ち合わせはあった。

女性と食事した経験は数えるほどしかないが、こういうときは最低でも割り勘、基本は男性側が奢るのがマナーだろう。


「良いんだってば。年上の女性に恥かかせないで」

「分かりました、そこまで言うのでしたら…」


渋々引き下がるような素振りを見せつつ、シースの心の中の恋愛攻略本に、年上の女性には奢られるのも有りだということをメモした。


「ところで、自分はシースと言いますが、お姉さんのお名前を伺っても?」

「あ、名乗ってなかったよね。私は…アージェ。よろしくね、シースくん」

「はい!よろしくお願いします!」

「じゃあ、メニュー選んでて。私は水を持ってくるから」

「あ、ありがとうございます」


そう言って、アージェは席を立った。


「うーん、優しいし、美人…胸は普通…是非おつきあいしたい…しかもあれだよな、街の大通りで俺のことを見ていた女の人だよな…しばらくついてきてたみたいだし、俺に一目惚れしたのかも…」


この男はメニューを眺めながら、そんなことアホなことを考えていた。

やがて2人分の水を持って席に戻ってきた彼女から水を受け取る。


「ありがとうございます」

「いーえ。メニューは決まった?」

「え、あ、はい、これで」

「これ!?中々チャレンジャーねえ」


待たせてはいけないと思い、適当にシースが選んだ料理は、激辛カレーだった。


「うぅ…はい、好きなんです、辛いもの」


嘘だった。

全く食べられないわけではないが、そこまで得意な訳では無かった。だが、今更引き下がるわけにもいかない。


「じゃあ、私はこれにしよ。すみませーん」

「ああ…」


注文されてしまった。


(水なしで激辛はキツいって)


シースはアージェが持ってきた水を恨めしそうに睨みながら、料理がくるのを待った。

案の定、運ばれてきた料理は真っ赤っか。


「すごい色してる…あそこに布巾があったから、汗を拭くために持ってきたら?」

「だ、大丈夫です。自分、ハンカチ持ってます」


自前のハンカチをポケットから取りだして、机上に置いたシースは、まだ食べてもいないのに大量に湧く唾を飲み込んで覚悟を決めた。

スプーンで一口。


「辛い!!!!」

「おーーー、真っ赤だね。水、飲んだら?」

「い、いいえ、辛い成分は水で拡散するので、辛いものを食べているときに水は逆効果なんですよ」

「へえ、そうなんだ。知らなかったわ」


アージェはシースがそう言うと、少しだけ不服そうに自分が頼んだオムライスを食べていた。

一心不乱でスプーンを動かすシース。気がつけば、皿に盛られていた料理は綺麗になくなっていた。


「なんとか完食したね」


にこにこしながら、アージェはシースを見ている。

折角のお姉さんとのお食事会なのに、食べることに一生懸命で、あまり話すことができなかったシースは自分の迂闊さを恥じていた。


「これ、使ったら?口の周り真っ赤よ?」


アージェが濡らしてくれた湿ったハンカチを差し出す。

だがシースは受け取らず、


「大丈夫です、きれいなハンカチですので汚すわけにはいきませんから」


と言って、店に備え付けの紙ナプキンで口を拭いた。


「すみません、折角お話するために誘って貰ったのに、全然お話できませんでしたね」

「ううん、いいのよ」


やはりこの女性は優しいなあなどと考えていたシースは、次のアージェの発言で目玉が飛び出しそうになった。


「続きはホテルで、なんてどうかしら?」

「はい!?!?」


ホテルといえば、一般人には縁の無い、そういう行為をするためだけの施設だとシースは考えている。

実際は、普通の宿泊施設であって、そういう使い方をする人が一部いるというだけだが。


「そ、そそ、それはそういうことでいいんですか!?」

「ふふ、そーいうことよ」


余裕ありげにウインクして見せるアージェを見て、シースは自分の選択が間違っていなかったことを確信した。

ここまでのアージェの行動は自分が体を許すに相応しい男であるかどうかを試していたのだ!と、頭の中が煩悩まみれなこの男は、彼女が自分に危害を加えようとしていたことに対して、都合の良い判断を下した。

アージェは何故かシースに毒、あるいは薬物を盛ろうとしていた。

気づかれないようにしていたようだが、水は少し匂いがおかしかったし、しきりにシースに席を立たせようとしていた。ここまで来れば、湿ったハンカチなんぞ恐ろしくて受け取れるわけがない。

普通の感性をしていれば、相手が自分に危害を加えようとしていることは嫌でも分かる。

しかしこの男は、アホだったので何か自分に都合の良い事情があるのだろうと考えていた。

逆にアージェは焦っていた。


(こっそり盛った睡眠薬は全て避けられたし、隙も見せない。しかもこの余裕の表情…。想像以上にこの男、やるわね…。さすが『影無し』)


アージェは部下に調べさせたシースの素性を改めて思い出す。

王制の小さな国で恐れられていた謎の泥棒である『影無し』。

金品は盗まず、女性の私物を盗んでは代わりの品物を置いていく。

その被害は一般人のみならず貴族や王族にまで及び、影無しのを止められる者は誰1人いなかったという。

そんな半ば伝説となった泥棒の素性が、4年間の捜査の末ついに明らかになった。

それがシース・ヒルウッズである。

メインストリートで一目見たときから只者ではないとアージェは推察していたが、まさかそこまでの大物だとは思っていなかった。

シースのような人材を、アージェはある目的のために求めていた。

なんとしてでも、彼をこの手に収めたい。それこそ、卑怯な手段を使っても。

しかし、そんな素振りは見せずにアージェはスマートに振る舞う。


「じゃあ、行きましょ。ホテルに」

「はい!」


そんなアージェの思惑など知らずに、今日で大人になると信じて疑わないシースはウッキウキで彼女の後をついていった。

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