ペンギン仕掛けの目覚まし時計 7

織風 羊

第1話

 無人駅に降り立った。

北海道、稚内市、抜海村字クトネベツにある宗谷線の走る小さな駅。

最北の無人駅とも呼ばれている木造の駅舎。

抜海駅。


「しかし、何も無いな。て言うか、当たり前か」


と思う。


 周辺にはアスファルトの道が一本あるだけで、見渡す限りの雑草の平野が広がる。

更に歩けば抜海岩と呼ばれる、子供を背負った岩、と言う意味を持つ大岩があり、アイヌ語で、バッカイペ、と呼ばれている。


 重いバックパックを預けれるようなところも無い。

切符を改札に置いて少しこの村を歩いてみようと思った。

数分ほど歩くと、思ったことがある。

無人駅と同じように無人の村なのかと思えるくらいに人に出会わない。


 更に歩いていくと、小さな木造の橋が見える。

クトネベツ川の支流、鉄道の沢川に架かった橋である。


 川に降りれないものかとその橋の上から下を覗いてみる。

更に川の上流を遠く見つめてみる。

遥か向こうに聳える山に繋がっているのか? と思う。

ほんの少しだけ歩けば人一人が歩けるくらいの、これもまた小さな河原が見える。


 降りてみようか?

そう思うと橋を渡りきり、川の横に並んで走る小道をゆっくりと歩きながら、川へと続く降り道を探してみる。


 この道は?

獣道のように雑草が分けられてあるだけの道だが、確かに川に導いてくれそうな気がする。


 足は既に、その獣道に向かっている。

と、その時、目の前を飛び出してきた生き物に気を取られる。

あまりにも一瞬の出来事であったので、重い荷物と共に転びそうになる。

飛び出してきた生き物は、目の前で二本足で立ち、両手を前で交差させている。

何を聞こうとしているのか、ピンと伸びた細長い耳だけが、身じろぎもしない身体の頂点で左右前後に動いている。


 ニコリと笑って挨拶をすると体制を整えて、ゆっくりと川へと降りていく。


 河原に着くと、山の方角に向かって歩いていくが、少し喉が渇いてきた。

適当な大きさの石を選んで腰掛け、荷物を下ろす。

バックの中からコッヘルを取り出し、川の水を掬って、バーナーで湯を沸かす。

そこへ、インスタントの珈琲の粉末を入れて、一休みする。

すると、その時、


「なぁ、兎、見んかった?」


「へぇ?」


「いやね、兎探してんねんけどやぁ、見失ってもうてな。結構心配してんねん。ほら、キタキツネって兎、食べるんやろ?」


 一瞬、何処から声がしているのかと分からなく、周りを見渡してみる。

しかし、何処にも人影らしきものも見えない。


「何キョロキョロしてはんの? ワイやったらここやで」


 過去に開かれたいやせない傷がとうとう幻聴という形で現れたのかと思う。


「あのー、ワイ、お前の足元におるで」


 珈琲を入れた器を落とさぬように足元を見てみる。

すると、


「ぺ、ぺ、ぺ、ペンギン」


「やっぱ、ぺ、ペンギンになるねんなぁ、略してぺペンギン! って全然略されてへんよな。てか、どうしたん、珈琲な、カップからこぼれてるで、てかてか、まばたき忘れてない? てかてかてか、もしかして気ぃ失ってる?」

「なぁって、みっともないから、口くらい閉じようや・・・、そうかぁ、あかんわ、こいつ、まじ気ぃ失っとるわ」


 注:抜海駅・・・令和四年八月十一日に廃駅が来年まで先送りされたばかりである。

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