第19話 力無き者
ベーオウルフにとって本日二度目となる模擬戦が始まった。
エルフの男の次にベーオウルフに模擬戦を挑んで来たヒュマの男の実力は、誰が見ても明らかにベーオウルフより格段の相手だったが、ベーオウルフはそれでも勝つ希望を捨てないで全力で対戦相手である自分と同じヒュマの男に挑んだ。
しかし試合展開は一方的なモノであり、ヒュマの男は明らかに格下の相手を徐々にいたぶるようかのような攻撃をベーオウルフに加えつつ、あえてベーオウルフを取り囲む野次馬兼ヒュマの男の仲間達の元にベーオウルフを弾き飛ばすと、野次馬達は「俺達の元に飛びこんで来るから悪い!」と言わんばかりベーオウルフに攻撃を加えた後、対戦相手の元に強引に弾き出すかのように押し戻す。
こうして対戦相手の男の元に強引に弾き出されたベーオルフは、再び対戦相手であるヒュマの男から痛めつけるような嫌らしい攻撃を加えた後に再び周囲の仲間達の元にあえて弾き飛ばす。
この状況が続くのだが、もはやこれはただのリンチであって模擬戦と呼べるものではなかったで。
こうして周囲を囲んでいる仲間達共に、ボロボロになるまでベーオウルフを痛めつけたヒュマの男は、ボロボロのベーオウルフの腹に”ドゴォ!”という鈍い音が聞こえてきそうな強烈な一撃を加える。
その強烈な一撃に耐えきる事が出来なかったベーオウルフは、そのまま地面に膝から崩れ落ちて蹲り、これによってまたベーオウルフは模擬戦での負け越しの数を増やす事となる。
「おいお~い。お前こんな実力で本当に魔族とやり合って生き残れたのかよ?
こんな期待外れのガッカリするような実力しかないんなら、ベーオウルフなんて立派な名前が泣いちまうぜぇ?
いっそベーオウルフから『ガッカリウルフ』にでも名前変えてもらった方がいいんじゃねぇのか?」
地面に崩れ落ちたベーオウルフに、ヒュマの男はニヤニヤと小馬鹿にした嫌らしい笑みを浮かべながらベーオウルフを罵倒する。
(うるさい!)
もはや口から言葉を出す事すら出来ないほどボロボロになっているベーオウルフだが、その心にはまだ反骨心が宿っていた。
だがその反骨心をへし折るかの如く、先程までベーオウルフとヒュマの男模擬戦を観戦していた傭兵の一人が、ベーオウルフにとって屈辱的の暴言を放つ。
「そういやお前!元々はネリオの小隊に居たらしいじゃねーか?
実力のあるネリオじゃなくて、お前みたいな雑魚でよわっちぃ奴がのうのうと生き残ってるなんて可笑しな話だとおもわねぇのかよ?」
周囲を煽り立てるように男はあえてベーオウルフが生きている事を否定する言葉を口にした。
するとその言葉を皮切りに、次から次へと別の者達がベーオウルフの活躍を否定する言葉を口に出し始めた。
「まさかコイツ――ネリオが戦ってる隙にネリオを見捨てて逃げ出したりしたんじゃねーのか?」
「それあり得るなー!って事はサイクロプスを弱れせたのもコイツじゃなくてネリオが弱らせたんじゃねーのか?」
「って事は、ベーオウルフ様はネリオの手柄を横取りしちまったって事かぁ?」
見てもいないベーオウルフの戦場での行動を勝手に推測し、ベーオウルフが仲間を見捨たと良い出す者達まで現れる。
「おいおい!直接見てもないのにそんな事言うなよ!
って言っても、もし本当にコイツ等の言う通りだったとしたら、ネリオも浮かばれねぇよな。
だって部下に見捨てられた挙句、手柄まで横取りされて死んじまったってことだろ?
俺だったらそんな悲惨な死に方したんなら、死んでも死にきれねーけどな」
ある者は一度庇うような姿勢を見せたが、結局それもベーオウルフを小馬鹿にするための方便でしかなく、結局の所傭兵達はベーオウルフの功績を否定する事を言ってベーオウルフを小馬鹿にするだけであった。
「お前ら…ふざけんなよ!」
流石にやってもいない行動を平然とやったかのように決めつけるような数々の言葉に、我慢の限界を迎えたベーオウルフは怒りを露わにして、決着のついた戦いだろうが関係なしに好き放題言ってくれる傭兵達を殴り飛ばしてやろうと傭兵達に拳を振り上げて襲い掛かかった。
だが相手の名誉を傷つける言葉を平然と言い放てる心の廃れた者達であったとしても、腐ってもこの場にいる傭兵達は何度も死線を乗り越え実力を身に付けた来た現場叩き上げの傭兵達であり、そんな相手にベーオウルフの怒りに身を任せた突貫による分かりやすぎる攻撃ラインなど、何度も死線を超えた経験と実力のある屈強な傭兵達からすれば、簡単にあしらう事が出来るレベルの攻撃であった。
怒りに身を任せて殴りかかったベーオウルフの全力の一撃をヒュマの男は軽やかに躱すと、流れるような動きでカウンターによる拳の一撃をベーオウルフの顎に加えた。
モロにカウンターを顎に受けた衝撃で、ベーオルフの脳は激しく揺さぶられた結果。ベーオウルフの目は焦点を一か所に定める事もままならず、おまけに両足がガクガクと震え出した事でもはや立っているのがやっという状態だった。
そんな状態のベーオウルフにカウンターを決めた男は、容赦なく更なる追い打ちというな暴力を加えて、もはやボロ雑巾と呼べる状態にまで傷めつけらたベーオウルフは、そのまま力なく地面に倒れ込む。
地面に倒れ込んだベーオウルフは、もはや起き上がる所かそのまま禄に動く事も出来ない状態だった。
そんなベーオウルフの姿を見て模擬戦相手の男や周囲の者達は、”面白みがなくなった”と判断したようで
「結局この程度で終わりか?結局インチキ野郎は根性無のつまらないヤツだったな」
とベーオウルフの実力にあえてガッカリしたような言い方をするが、実際やっている事は単なる嫌がらせに過ぎなかった。
そして周囲がガヤガヤとベーオウルフの情けない姿にガッカリするような発言する中、一人の男が地面に倒れ込んだベーオウルフに近付くと、ベーオウルフ目掛けて唾を吐きかけそのまま頭を踏みつけニヤリと悪そうな笑みを浮かべつつ、ベーオウルフに向かって話し出す。
「良かったな!ココが戦場じゃなくて」
「確かに。ココが戦場だったら間違いなくお前死んでるぜぇ!」
「やっぱり運だけは良いんじゃねぇのか?コイツって」
「だな!良かったな。このまま寝てりゃ次の戦は負傷兵って事で出撃しないで済むかも知れねぇぞ?」
「あーなるほどな!こうしてインチキ野郎はまた戦場から上手い事逃げ出す訳だ」
「おいおい。馬鹿言ってんじゃねぇよ!
そんな事したってどうせ次の戦からは逃げねれぇよ。なんせ次の戦はこの要塞か、近くの拠点が戦場になるって話だろ?
そんな状況になりゃこの程度の傷じゃあ負傷兵扱いしないで、戦場に送り込むって」
その話を切り出した途端、先ほどのベーオウルフを罵って楽しんでいた者達の空気が突如ピリッとした張りつめた空気に変わった。
「...なんせ東の第一防衛要塞を破った魔族の軍団は、周辺拠点を潰しながらこっちに向かって進軍してるって話だもんな」
「噂によると東部の第一防衛線を落とした魔族軍団ってのは、相当な手練れ達で編成されてるって噂だぜ?
なんせ十年以上破られる事がなかった東の第一防衛防衛要塞を、一夜もかけず短時間で落としちまったらしいからな」
「おいおい、そんな奴らが相手じゃ流石にヤベーんじゃねぇの?」
「バッカ野郎!そんな相手を返り討ちにすりゃ、間違いなく大金星だろうが!
そしたらそこで寝転がっているインチキ野郎と違って、本物の武功があげられるってもんよ」
「ハハハ!なるほどな。そりゃ間違いねぇ」
傭兵達はしばらく談笑した後、地面に寝転がっているベーオウルフを訓練場に置き去りにしたたままゾロゾロとその場から立ち去って行った。
ベーオウルフはしばらく地面に倒れたまま動く事が出来ない様子だったが、なんとか動けるようなるまで回復すると体を起こし、フラフラと人が来なさそうな建物の裏手に向かって歩き出した。
「チクショウ!あいつら好き放題言いやがって。
俺だって欲しくて戸籍を得た訳じゃないんだ!勝手に正規軍の奴等が勝手に人の事評価して、勝手に一方的に戸籍与えただけだってのに!
俺だって今回与えられた報酬が自分に不相応だってのは分かってる!なんで勝手に寄越された報酬のせいで俺がこんな目に遭わなきゃいけないんだよ!!」
ベーオウルフは誰も見ていない場所で防壁を殴りつけ、己の内から溢れ出たドス黒い感情を口に出し怒りを露わにしていた。
実はベーオウルフはアレッサンドロ達に戦況報告を行って自分の宿舎に戻った後、改めてアレサンドロ達の元を訪れて、己の活躍は今回の報酬は受け取るに値しないとして報酬である戸籍取得の取り消しを願い出ていた。
だがその願いは既にアレッサンドロが手続きを済ませいる以上、簡単に撤回出来ないとして却下されたのだ。
それでも戸籍の取得を取り消す様にアレッサンドロにベーオウルフは頼み込んだのだが、アレッサンドロより
「お前は俺の顔に泥を塗りたいのか?そうじゃないのであればもらえる報酬は受け取っておけ!
別に受け取った所でお前が損をする物ではないだろ?そんな事より俺はお前が次の戦いで与えた報酬以上の活躍をする事を期待しているぞ。
なぁ、ベーオウルフよ!」
と言ってアレッサンドロはベーオウルフの申し出をスッパリ断ると、ベーオウルフを隊舎から追い出してしまった。
こうしてベーオウルフは望んでいない戸籍押し付けれてしまったのだから、ベーオウルフの怒りも最もだと言えよう。
「・・・あいつ等見てろよ。俺は絶対強くなってやる!
そしていつか俺を見下した奴等を絶対に打ち負かして見返してやる!」
散々愚痴を言い放ったベーオウルフは少し冷静になったのか、過去に起きた事をズルズルと引きずるのを止めて、今後の為になる事を口に出し己が強くなる事を己の心に誓った。
しかしその誓いを成しえる為の力を、じっくりと育てる時間と猶予は、残念ながら決意を新たにした傭兵の青年には訪れない。
そう!傭兵の青年は間もなく己の真価が試される戦場へと再び立つことになるのだから。
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