第29話 親子喧嘩
アノマーノはついに〈魔王城〉最上階最深部に位置する王座室へと辿り着いた。
この部屋の奥では、黒を基調とした色合いながら、実際に倒してきた武人の亡骸を埋め込んだ悪趣味な装飾によって彩られた禍々しき玉座に座る〈魔王〉ブリューナクが腰をかけ、肘をついて退屈そうに座っている。
3mの巨躯な背丈に全身が太く盛り上がった筋肉で出来ており、ハイライトのない黄色一色の瞳、こめかみから生える2本の太く曲がった羊角、白くボサボサした髪、そして銀と黒に覆われた希少な鉱石を原材としているのであろう鎧で我が身を覆っており、その姿は正しく“君臨する者”だ。
ただ視界に入れるだけでも相手を威圧させる
彼はこの世界の誰よりも強い。だから自身を直接守るための守護者を必要とせず、この部屋に1人で佇んでいる。
しかしてアノマーノは彼の放つ圧をものともせず、一歩一歩前進していった。
最初こそ自身の存在を前にひれ伏すと想定していたが、アノマーノは確実に距離を詰めていく。ついには彼女のを視界に入れたブリューナクは口を開いた。
「
衣服こそ違うが、アノマーノはあの頃から姿を変えてはいない。
明らかに見知らぬ者にとるような態度だ。
まさか自分のことを忘れたのではないか? もはや
「うむ。余こそは父上の娘、マデウス家次女のアノマーノ・マデウスであるッ!」
ようやくこの場に立てた。あの時自分を認めなかった男への仕返しができる。
「なるほど、やはりそうか……クリスフィアの話も事実だったわけか……」
だが、アノマーノの名乗りに対してブリューナクは黙り込む。
ギョッとした疑いの目でアノマーノを見つめ、ため息をついた後、言葉を続けた。
「まさかノコノコと帰ってきては我と勝負したいとは。ダメな娘をもったモノだな。勝てもしないというのに」
やはり、父は自分のことを認めようとはしてくれない。
きっとセレデリナを倒したことを伝えたところで信じてはくれないだろう。
昔からどこか頑固なところがある。
あの時もそうだ、ブリューナクはこうやって自分の我を通すがために、まともに話を聞こうとしない。
その傲慢さこそが強さを生んでいることはわかる。セレデリナだって似たような人間だ。
彼女の言ったように、強い
しかしそれがもし血の繋がった親であるならば……どうしても堪えきれない。
アノマーノは苦虫を噛み潰すような顔する。
……が、すぐに勇ましい揺るがぬ視線を向けてブリューナクにこう答えた。
何故なら、彼を倒してしまえばアノマーノの目的は完遂される。“あの人”に近づける。こんな嫌な父だからこそ倒せば心の凝りがすべて晴れる。むしろ好都合ではないか。
「なら、実力をもって証明してみせようぞ」
だから煽ってやる。こんな親に敬意を払う必要もない。
実際この言葉を受けたブリューナクは高笑いながらも求めた答えを吐く。
「ガーハッハッハッ! 面白い、実に面白いぞッ! 貴様との勝負を受け入れよう、今ここでッ!」
――これは開戦の合図だ。
ブリューナクは玉座の後ろに隠していた大剣を取り出し両手で握る。
であればと、アノマーノは先程の先頭から位置を変え、腰に掛けていた2本の手斧を取り出した。
そう、父であるブリューナクとの一騎打ち。この瞬間を待ち望んでいたのだ。
アノマーノの人生を懸けた大勝負が今ここに始まる。
***
「我が名は【アノマーノ・マデウス】ッ! 今この斧にて父を断ち、“世界の覇者”となる一歩を踏み出す者であるッ!」
アノマーノは己の名を叫ぶことで自身の周辺から黒い霧が発し、それが体にまとわりつきながらも体を覆う外装へと象られると霧は固形化し漆黒の鎧を身に纏う。
2本の木こり斧を手に持ち構えるその姿は双刃の騎士だ。
(次は武器に魔法を付与して立ち回るのだろう。何せ幼い頃に父上の戦いは見ておったのだからな)
名乗りを上げながらも、次の手を予想していたアノマーノ。
しかし、それは意外な形で崩されてしまう。
「我は【ブリューナク・マデウス】ッ! 今こそ愚かな小童を成敗せし〈魔王〉なり」
!?
同時に名乗りをあげたブリューナクもまた、黒い霧に包まれると……体にまとわりつきながら鎧を象り、彼を新たな姿へと変えた。
頭部は晒したまま、胴体は眩しくなるほどに純白な棘ひとつないプレート。しかも手足は肌を露出することなく、鉄で体を覆っているはずなのに身体にピタッと張り付くかのように錯覚するほど滑らかで、彼の筋肉かそのまま浮き出ているかのようだ。
これは鎧と言えるのか?
しかも力を求め続ける粗暴なブリューナクの存在とは相反する神々しさすら放っている。
「〈
新たな姿を見せたブリューナクに気圧されるアノマーノを前に、彼は自身の等身の倍はある大剣を地に突き刺しながら小さく笑い述べる。
同時に、彼の言葉の中でひとつ取っ掛かりがあった。
〈
おそらくこれは、魔法と成長を封じてきたこの呪いを表す言葉。
どこか謎が解けた気持ちよさこそあるが、同時に恨みも強くなってくる。
しかもなぜそれをそれを何故か父も使っているのか?
……まあいい、今は父上を倒すのが最優先なのだ。
心中で様々な思考が交錯していくが、今は一旦切り替え、アノマーノ目の前の勝負に専念することを選んだ。
「まずは我からだぁ! いきなり死ぬなどとつまらんマネはするなよォ!」
最初に動いたのはブリューナクだ。
思いっきり大剣を横に薙ぐッ!
ただそれだけの攻撃をした。
2人の間合いは約15m。明らかに武器のリーチにアノマーノはおらず、素振りの如く
「まずいのだっ」
アノマーノは何かを察したのか手の動きを見た段階でブリューナクの等身ほどの飛距離を飛び上がる。
すると………………背後にある遠く先の壁が崩れた。
「なるほど、流石は父上だ」
アノマーノはこの攻撃の正体を即座に見抜く。
それは、剣圧だ。
〈魔神斬〉。
一振の剣圧だけで風が吹き飛び遠く離れた壁を崩す業。
これに直撃した普通の人間はたとえ強固な鎧で身を固めていようと真っ二つに引き裂かれ即死するだろう。
固まった陣形の分隊であれば一瞬で全滅だ。
この業を持つものこそが、〈魔王〉ブリューナク・マデウスである。
「我は〈
自身の実力を一撃で示すブリューナク。
100年間対戦相手として立ちはだかったセレデリナが複数の魔法と武器を組み合わせた多様な業で攻めるテクニカルタイプならば、ブリューナクは圧倒的な力と質量で相手を押し殺すパワータイプ。
セレデリナとは相手をするにも勝手が違う。アノマーノがそれを理解するには十分な攻撃だった。
「まさか、この程度で余が臆するとは思うまいな?」
回避に成功した以上、次はアノマーノの反撃だ。
回避行動から着地するまでの間に左手に握っていた斧を縦に振りかぶりながら投擲し、ブリューナクを狙う。
更には着地する瞬間に地面を蹴って前へと飛び跳ねて接敵しようとする。些細な動作すら無駄をしない、これは100年前から変わらないアノマーノの基礎戦術だ。
「無駄ぁ!」
再び虚ろに向かって剣を振り回すと、剣圧を飛ばして接近しているアノマーノを迎撃せんとした。
どうやら〈魔神斬〉による剣圧は牽制に過ぎず、いうなれば小技だ。連発することも容易なのである。
二陣三陣と、扇を仰ぐかのように左右に大剣を振りかぶる。次は角度を上下左右と入れ替え、彼の前面180℃全てが対象となる超広範囲攻撃と化すッ!
よって、投擲した斧はあらぬ方向へと吹き飛ばされてしまう。
「いいや、読んでおったぞ」
だが、それら全てはアノマーノの戦術の内であった。
バコォンッ!
右手の斧を虚空に向けて縦に振り下ろすと、何故が大きな破裂音が鳴り響く。
一見何が起きているのかも理解できない状況ではあるが、そのままアノマーノは疾走し、移動の中で縦に振り下ろしては打ち上げてを繰り返す。
当然、一振ごとにまた破裂音が王座室に鳴り響いた。
「ほう、音で対応したか」
そう、ブリューナクが何かに勘づいた通り、アノマーノはあくまで色のない風の圧力であるはずの剣圧を耳を澄まして位置を読み解き、剣圧そのものが自分に直撃する寸前に斧を振ることで衝撃を相殺したのだ。
最初の投擲はどれだけの力を込めればそれが可能なのか。そもそも現実的な受け流しの手段なのかを見極めるための索敵が目的だったのである。
「まずは一撃」
防御を許さぬ素早さで斧を振るとブリューナクの右足に黒い線が入り、そこから壊れた蛇口のように血が吹き出る。
「ここまでやるようになっていたか!」
どうやらアノマーノはブリューナク相手にスピードで有利を取れるようだ。事実、回避行動を取られるよりも前に攻撃を通すことに成功している。
が、その程度でやられっぱなしになるようでは〈魔王〉は務まらない。
「では、我の本気を見せてやろう。――〈
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