第24話 最強の2人

 場面は代わり〈魔王城〉の門前。

 100人の門番兵たちに見守る中、バードリー&ヴァーノVSロンギヌスの闘いが始まっていた。



「おっと、アンタは大将の家族だ。確かに復讐したくて今ここに立っているが、殺す訳にはいかねぇ。ま、故郷領地が帰ってくるならそれぐらい割り切れるしな」



 加えてヴァーノが彼の言葉を無視して正当な現状説明を行う。

 この勝負の意味を彼に理解させるために。



「あー、ここまで付き合ってやったはいいけど、なんかかったりぃんだよなぁ」



 ……ただ、どうにもヴァーノの言葉は彼に届いていない。

 いや、理解はしてこの場に立っているのだろうが、気分が変わった様子だ。


 しかもそこで取った行動は意外かつ卑劣だった。





「門番兵ども、そいつらを袋叩きにしろッ! 倒せば中に戻って侵入者を迎撃だ」



 なんと、控えていた門番兵たちを観戦者から一転して自身の戦力とし、バードリーたちに襲いかからせたのだッ!

 確かに彼はマデウス家の長男であり兵を率いる権利はあるのだが、あまり紳士的ではない対応であろう――



「相変わらず、自分の手を汚すのが嫌いな卑怯者みたいだな」


「この数を相手にするのは慣れてるけど、ロンギヌスの野郎までいるのは手を焼いちゃうかな」



 これにバードリーは少し臆した態度をとる。数の差を覆すだけの力はあれど、〈魔王〉壹三の次男が1人混じっているならば話は変わってしまう。雑魚を捌きながらでは分が悪い。



「いいや、若の心配ってのは杞憂に終わるみたいだぞ」



 なのだが、ヴァーノはどうにも余裕を持った口ぶりだ。

 〈獣人種〉のオオカミ科なだけあってが鼻が利く。故に何かを察知していた。

 その正体は、数秒後にはハッキリとわかる。

 


「「「「「団長ーッ!」」」」」



 背後から、何かの集団がこちらへ向かって走ってきていた。

 数にして100人はいる。

 〈子鬼種ゴブリン〉から〈不死者グール〉、〈粘液生命スライム〉から下半身が巨大な蜘蛛と化した人間の〈蜘蛛人種アラクネ〉、夢を喰らう特殊な特性を持つ〈夢喰魔マキュバス〉まで種族は多種多様だ。

 『団長』などとバードリー以外の誰を指すのかと言いたくなるその言葉の主たちは当然――〈バードリー義賊団〉だッ!



「実は跡をつけていたんですよ」


「やっぱり団長の復讐が果たされる姿はこの目で見たいじゃないですか」


「俺らの団長なんだからよぉ、カッコイイとこ見せてくれよ」


「復讐が終わればお茶会での話題になりますわっ」


「負けたら次からは紅茶じゃなくコーヒーを飲んでもらいますからね」



 騒ぎ立てる者共を前に、少し気圧けおされ1歩下がる門番兵たちとロンギヌス。



「よっしゃぁッ! あそこにいる兵士どもは全部敵であのチャラチャラした奴がロンギヌスちゃんだよッ! だから、オレちゃんとヴァーノの復讐を邪魔しないよう雑兵共を抑えていてッ!」


「「「「「応ッ!」」」」」



 バードリーの指示に合わせ、門番兵たちへ次々と攻めかかる〈バードリー義賊団〉。

 彼らもまた、素手のアノマーノ相手に全滅した100年前から大きく成長している。

 クリスフィアからの教練きょうれんを持って、各々が心身共に新たなすべを身につけてきたのだ。

 なので、手練である門番兵相手でも1対1を保てる限りは対抗できる。食い止めるには充分な戦力だッ!



「跡取り野郎はならず者軍団まで抱えてんのかよ!!!!」


「こう見ると小物臭いねぇ、ロンギヌスちゃんよぉ」


「さ、やろうぜ。若」






***



 先陣を切るのはロンギヌスだ。



「〈ファースト・ポケットディメンション〉ッ!」



 彼が手を天に掲げると、宙に小さな穴が開く。穴は宇宙のような真っ黒な空間に白い光が点々と輝く空間であり、その中からボトリと1本の槍が落ちてくる。それを両手でキャッチし、突き刺す構え槍術の構えをとった。

 この〈ディメンションポケット〉は物品を保管できる異空間を呼び出す魔法で、武具の携帯等に使用されている。

 全ての動作が終われば、地を蹴る様に走りバードリーに向かって距離を詰めていく。



(やっぱりファースト級の魔法なら詠唱は破棄できて当然か……この調子ならきっとセカンド級も……なるほどね)



 そして、ロンギヌスは今にも刺突を狙わんとしていたッ!



「〈黒炎拳ノワール・フレイム・ストレート〉ッ!」



 そこに、バードリーは地を駆けながら魔法を唱え先手必勝の一撃を狙うッ! カウンター狙いの攻勢、これぞ〈黒拳流〉の基本戦術だッ!

 黒い炎を伴った2つの拳は鍛え抜かれた重厚な腕の重みとスピードによる物理的なダメージと同時に相手の総身を延焼させ、複数の痛覚をいたぶることで一瞬にして息の根を止める程の力を持つ。





「ここまで狙い通りなのは笑えてくるねェッ! お前の親父もそうだったッ!」



 しかし、ロンギヌスは突如として槍を横に握りながら防御姿勢をとり、バードリーの黒く燃える右の拳を柄で受け止める。

 これは素人でもバードリーの手は本来なら回避に切り替える場面であり、悪手にしか思えないのだが……



(カウンター狙いなことまで読まれてたかッ!?)



 バードリーすぐに察した、ロンギヌスの狙いを。



「ハハッ、こいつには魔法吸収作用がある。お前程度の魔法じゃ足元にも及ばねぇよ」



 彼の槍は邪槍莫耶じゃそう・ばくやという、柄から刃まで全てが真っ赤な特殊な槍である。特に属性付与魔法を受けた時にその力を大きく増大させ、なおかつ受け身の際は相手の魔法を吸収して無効化するという逸品。そこに何百年と鍛えた槍術が加われば、武道大会での優勝どころかそこいらの王の首だって容易に取れるだろう。


 この槍の柄に命中したバードリーの拳の炎が1つ、蝋燭の火のように消えた。

 明らかに魔法を主とした攻撃は目に見えて不利。嫌なことに、バードリーの拳に魔法を付与する戦闘スタイルはここに当てはまっている。

 

 もちろんそれは、例外のある話だが。



「『我が魔の力よ。己が肉体を強靭に強化し給え』〈セカンド・ビルドアップ〉ッ! おいおい、俺がいるのを忘れてぇか、悪代官様よォッ!」


 ここで、後ろに控えていた相棒が動き出す。

 ヴァーノは詠唱を必要としない固有魔法ユニークマジックの手軽さに任せ、バードリーを先に行かせることで自身の魔法を唱えるだけの時間を確保していたのだ。

 こうして得意の肉体強化魔法で筋肉を膨張させてゆき、遂には彼の着る紳士服を破裂させ、もはや体毛では覆い隠せないほどに筋骨隆々な肉体を上半身裸の狼男がそこに見参する。


「そおらよ!」


 同時にロンギヌスへと接敵し、背負っていたメイスを引き抜き――振り回したッ!


「げっふぅッ!」


 魔法によって大岩を正拳突きで崩せるほどに強化された筋力によって、40kgの鉄塊による一撃は従来の物理法則を超えている。それこそ後ろにある城を一撃で粉砕できるだろう。

 仮に邪槍莫耶じゃそう・ばくやで防がれようが、あくまで魔法で増強しているのは筋肉のみ、実質的にはただの物理攻撃である以上、まさに有効打となる。


 そんな一槌がロンギヌスの背中に直撃したのだ。


 これこそが真の狙い。

 勝負は決しただろう。

 2人は勝利を信じ、小さく笑った。





「ん、ロンギヌスちゃん、全然ピンピンしてるよ!?」



 ……だが、バードリーが気づいたように、何故か彼は膝を崩さずあくまで全身に走る激痛を食いしばって耐えている程度のダメージしか受けていなかった。


 本来なら肉塊と化し即死する一撃なのに。



「はぁ、はぁ、この服は鎧なんだ、顔面じゃなけりゃ耐えられる」



 そう、ロンギヌスの衣服はオリハルメンと呼ばれ繊維で編まれた特注品であり、あらゆる攻撃に対して一定まで衝撃や魔法のエネルギーを無効化する力が備わっている。

 自由に生きている分死ぬリスクを下げるようにと〈魔王〉ブリューナクがロンギヌスに与えたもの。


 つまり、邪槍莫耶じゃそう・ばくや共々ロンギヌスは武具に依存しつつも防戦に長けた武人なのだ。



「道理で。防御魔法なしで耐えられる鎧を貰えるなんて〈魔王〉の息子ってだけでやけに贔屓されてんな」


「まま、ヴァーノちゃん、攻め方を変えればいいんだよこういうのは」



 呆れるヴァーノに対してバードリーは切り替えるように指示する。

 そんな彼らを尻目に、ロンギヌスは魔法を唱えていた。



「今詠唱なしで使えるのは…… 〈セカンド・ウィンドエンチャント〉ッ!」



 使用したのは武器に風を付与する魔法だ。

 風による螺旋を帯びて、槍は刺突と回転による推進力の2つを持った究極の鋭器となる。



「多勢に無勢も慣れてんだよォッ!」



 槍を虚空へと向けて突くロンギヌス。

 空振りかと思われたが、その瞬間に槍に付与された風が破裂するように拡散し、瞬間的にロンギヌスを中心とした位置から暴風が吹き荒れる。



「オレちゃんたちの位置取りがッ!」


「……各個撃破狙いだな。チンピラみたいてぇだが、やはり〈魔王〉の息子なだけあるようぜ、こいつは」



 バードリーとヴァーノはその場から吹き飛ばされ、左右バラバラに10m先まで距離を離されてしまう。

 まずい、このままじゃヴァーノちゃんが狙われちまう。

 バードリーは瞬時にロンギヌスが行う次の手を予測した。



「つーことで、まずはそこの犬野郎から死んでもらうぜ。〈人族ヒューマンズ〉はここ魔族域に居場所なんかねぇんだよ。飛・螺旋槍スパイラルシュートッ!」






 そして、ソレは的中した。

 暴風は3秒程度で止まったものの、同時に槍は再び風による螺旋を纏っていた。それを確認すれば、ロンギヌスは己が武器を投擲する。……ヴァーノを狙って。




「まずいっ」



 横へ逸れようと踏み込むが時すでに遅し。

 槍はまず、纏った風の螺旋が右肩を抉り穴を開けた。

 〈ビルドアップ〉によって硬質化させた筋肉をも貫通するその螺旋は一筋縄では終わらない。

 続けて、刃がその穴に突き刺さると、肩を丸ごと貫通してしまうッ!



「ぐおおおおおおおおっっっ!?」



 しかも、槍を覆う風の螺旋はヴァーノの肩を貫く間回転を続け、肉を抉り潰しながらより穴を大きく広げていた。

 ヴァーノがあげるは苦鳴くめいそのもの。



「チッ。心臓を外したか」



 加えて、槍はロンギヌスの意思に合わせて動く性質を持つのか、自らの思考を持ち合わせているかのように彼の手元へと戻っていく。



「ヴァーノちゃん!?」


「若も俺も回復魔法は使えない。しかも他の仲間は雑兵共を抑えていると来たか。じゃあ我慢するしかねぇな」



 この程度の痛み、常に〈バードリー義賊団〉として野盗や小規模の軍隊と戦闘していれば日常茶飯事だ。出血死する前に勝って仲間に癒してもらえばいいだけのこと。ヴァーノは特に苦しい顔を見せることなく、むしろニヤける。



「俺のことは気にするな」



 この攻撃を前に、まるでバードリーに見捨てろと合図した。

 


 …………ように、ロンギヌスはその旨だと勘違いしたようだ。



「痛みはってことね。了解了解」


「ふぅ。てめぇの強みはよく分かった。じゃあ、俺若の手番だぜ」



 むしろ余裕げのある2人。

 なまじ人並み以上に戦闘経験を重ねてきた武人のロンギヌスは、この会話を前に何かを察し戦慄した。

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