S級異能のメンヘラ彼女、世界と戦う

ゆんちゃん

この章ではメンヘラ彼女がキレる

 俺の彼女は重すぎる。

 LINNEでの連絡は数秒で帰ってくるし、そのせいで俺の返信ペースも早くなり、自分の時間が作れない。オタクな俺にとっては致命的な話なのだが、彼女はそんな事お構いなしである。

 教室の窓から見える空はどんよりと曇っている。まるで俺の心を映すように。

「授業中でもLINNEの返信して! 好きなの!」

 と言われ、仕方なく机の下で先生に見つからないように返信をしている俺の気にもなってほしい。

「おい、さとる。この問題わかるか」

 先生から指名され、俺はスマホを机にしまってやれやれと席を立った。変数分離型微分方程式へんすうぶんりがたびぶんほうていしきの問題だ。こんなの朝飯前だ。

「よし、正解だ。もどっていいぞー」

「うっす」

 席に戻りスマホを再び取り出す。その間にも外は真っ黒な雲で急速に覆われていった。

『ねえねえ、クノミちゃんとモイメロだったらどっちが可愛いと思う?』『私はクノミちゃん!』『好き!!』『ねぇ』『ねぇー』『私の事好き???』『ぴえん』『(クノミちゃんが泣いているスタンプ)』

 これである。向こうも授業中だろうに、いつもスマホを見ているのだろうか?

『好きだよ』

『ほんと?』

『本当だよ』

『(クノミちゃんが喜んでいるスタンプ)』

 その瞬間、窓の外から日光が差し込んできた。雲が晴れ、青い空が広がっていく。

「おー、急に晴れたな」

 先生がそう言った途端、終了のチャイムが鳴った。


「悟くーーん!」

 帰りのホームルームが終わり次第、彼女は俺の教室に疾風怒濤の勢いで駆け込んでくる。他の生徒がいる前で華麗に抱き着きついてくるのはやめてほしいのだが、俺たちが付き合い始めてから毎日これをやっているので、みんなもすっかり慣れてしまっていた。

舞依まい、だからそれはいつもやめろって言ってるだろ」

 愛川舞依あいかわまいはぷくっと頬を膨らませると

「もう! なんでそんなこと言うの? 私は悟くんが大好きなのに!」

 こんなこっぱずかしいことを人前で言うので気が滅入る。

「おーう、吉田。相変わらずモテてんなー。羨ましいぜ!」

 クラスメイトの拓郎たくろうが揶揄うところまでがいつもの流れだ。

「なに? 拓郎くん。もしかして悟の事好きなの? もしかしてそっち系なの? 悟は私のものだから!」

「いらねーよ!」

「お前ら、いい加減にしろ」

 俺のツッコミに拓郎はタハハと笑う。これでは三バカだと思われてしまうではないか。他の生徒はクスクスと笑っている。これももう慣れてしまったことだ。

 舞依が腕に手を絡める。がっちりと万力で固定する感じで。

「帰ろ!」

 そう言って歩き出すと、舞依の髪からふわっと匂いが漂ってくる。女性らしい匂いだ。正直言って俺は女の子の生活習慣などわからないのだが、これはシャンプーの匂いも交じっているのだろうか?

 校門から出ても腕が解かれることはない。これは道の二股分岐に着くまでずっと続くのだ。

「舞依、いい加減腕を固定するのは止めないか? ちょっと周りの目が……」

いや! 好きなんだもん! 私は悟くんしか見えないから周りの目とか気にならないもん!」

 ううむ。とんでもない論理である。腕が胸に当たってるし……。というか、意識的に胸に当てていないか?

 舞依とは中学三年生の春に知り合った。いつものように家に帰って撮り溜めしておいた魔法少女アニメをみようと、下駄箱で靴を履き替えようとしたときに告白されたのだ。それが愛川舞依だった。舞依曰く、

「クラスが一緒になってから一日目に一目惚れをし、一週間は胸がどきどきして眠れず、一か月たったころにやっと告白をすることができた」のだという。

 当時の俺は漫画やアニメに忙しく、告白を断ったものの、どういうわけかそれから一週間くらいは大嵐が続いた。毎日毎日告白をされるものだから、俺は面倒くさくなって「いいよ」と言ってしまった。

 女は恐ろしい。

 だって、舞依の行動力といったらとんでもないものがある。当時の舞依の成績は平均より下くらいなのに、俺と同じ高校に行く! と言い、猛勉強をして、一年間で偏差値を三十も上げてしまった。その結果が今のこの状況だ。

 高校に入ってからの舞依はさらにはちゃめちゃだった。まず服装が変わった。私服はパステルピンクのフリフリしたかわいらしい服装だ。……正直、服装が自由だと言っても、これはやりすぎな気がするが。そして化粧も上達し、服装と似合っている。特にアイラインの鮮やかな赤が印象的である。光沢がツルツルの厚底のブーツを履くようになり、それが全体の印象をまとめ上げている。世間ではこういった服装が人気なのだという。

「ねえ。悟くん。話聞いてるの?」

「え? あ、あぁ。聞いてるよ。何の話だっけ?」

 雲行きが怪しくなっていく。言葉通りの意味である。空からはどんよりとした雲が急速に発達していく。まずい。このままでは。

「もう! だから、今度の休みはデートしようって!」

「デート? この前行かなかったか? ほら。この前の日曜日」

「え、あれはお出かけだよ? デートはもっと……恋人がするようなの!」

 キャーと言って、腕を組んでいないほうの手で顔を覆う舞依。

 デ、デートか。俺たちが毎週日曜にしていることはデートとは言わないのか。今この腕を組みながら歩いている状況もデートではないのか。週六日で腕を組まされている状況が恋人同士がすることじゃなかったら何なのだ。

「ねぇ。悟くん。行くよね……」

 その時、前方からパラリラパラリラとやかましい音が飛んできた。数台のバイクが地面が小刻みに揺らし、こちらに向かって走ってくる。そいつらは俺たちの脇を通り過ぎることもなく、見事に俺たちの周りを取り囲んだ。

「おうおう、そこのカップルよぉーい。真昼間っから随分とお熱いじゃねえの? ヒューヒュー。おい、金だせや!」

 暴走族の威勢のいい小男はバイクにまたがったまま、片方の手に鉄パイプを携えている。カツアゲだ。きっと真昼間から俺たちが腕を絡めていることが気に食わなかったのだ。

「聞いてんのか!? 金だせっつってんだろ!」

「金出さねえとどうなるかわかったもんじゃねえぞ!」

「耳なし芳一ほういちか? クソガキ!」

 周りの不良たちも威勢よく怒鳴り始める。困っているところに余計困らせに来ないでほしい。

「あんたら、帰れよ。俺は金なんか持ってないよ」

「はぁぁあ!?!? 嘘つくんじゃねえよガキ! 最近の高校生は金持ちだって相場がきまってンだ! つべこべ言わずにださねえか!」

「……さい」

「……は?」

 不良たちが鳴き止む。その声の主が誰だかを確かめるように。

「うるせぇっつってんだろ!」

 空気がビリビリと震え、大気に潤いが増していく。その声の主は舞依だ。舞依の頭上に、ハリケーンのようなどす黒い雲が渦巻く。

「な、なんだこの女! 正気か!?」

「お、おい! な、なんとか言ったらどうなんだ!」

「消えて……」

 舞依のただならぬ雰囲気を察知したのか、不良たちはたじろいだ。大慌てでバイクの向きを変え、逃げようとする。

 しかし、そのうちの一人がこちらに向かって悪あがきをした!

「こ、このっ! くらえ!」

 不良の投げた石は、舞依めがけて投げられたようだったが、手の震えからかコントロールが定まらず、俺の胸に当たった。

「────!」

 マズイ。あいつらは死ぬ。

 舞依の腕がわなわなと震え、大気も興味して震えるのが肌を伝わってくる。

「わ、私の悟くんに手出しするな! 死ね!」

 舞依が激昂する。腕を絡めていない左手が振り下ろされ、不良たちめがけて、空から濁流が襲い掛かる!

 読者の皆様は既にお気づきだと思うが、想像の通りである。舞依は超能力者だ。本人次第で天候を操作することができる。しかし、それは本人の気分によるところが大きく、俺のメッセージ一つで空が晴れたり曇ったり嵐になったりするのはこういうことなのだ。ちなみにトルネードのように空から濁流が降り注ぐのはよっぽど怒っているときだ。

「舞依! 抑えろ!」

 とっさに出た俺の言葉で、濁流の勢いが弱まる。舞依は力を弱めたようだった。

「ヒィィーーーー!」

 情けない断末魔と共に、濁流に飲み込まれながら不良たちは逃げて行った。

 舞依は機嫌悪そうに不良たちの背中に向かって舌を出していた。

「しかしなぁ」

 威力を弱めたと言っても、これはちょっとやりすぎではないだろうか? 奴らが投げた石は幸い俺の胸に当たっただけだし、弱いし、痛くもなんともなかったのだが。幸い周りに人は誰もいなかったが、遠くから見たら災害に見えるかもしれないし、SNSで拡散されたらマズイのではないだろうか。

「もう! 悟くん甘すぎ! ああいうのはあれくらいがいいんだよっ!」

 そういうものなのかなぁ。

「ところで、デートの話だけど……」

 あ、すっかり忘れていた。

「ねえ、いいよね? ね? 悟くん。ねえ。いいよね?」

「……も、モチロンだろ。行くに決まってるぜ!」

 パァッっと顔が明るくなる。雲も亜光速で霧散する。ここで断ったら危うく街を沈めるところだった。危ない状況だったのだ。

 お互いの家の分岐路に到着した。「ね、今日悟くんの家に行っていい?」という舞依の提案を退け帰らせた。それをするのにも一時間はかかった。断るごとに不機嫌になっていくのがわかったが、それは俺がキスをすることで無事に収まった。

 その後は一日中晴れたままで、夜空の星々も綺麗に見えた。

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