フリー取材旅紀行-ディープタウンへ-
鴻上ヒロ
フィリピン編① 歓楽街の路地、カラオケ店の素敵な女性たち
国内外の風俗店・歓楽街・ディープタウンをレポする企画を、友人が社長をしている企業が立ち上げた。友人のよしみということもあるのか、度々仕事をくれるので僕個人としては非常に助かっている。
その企画の一環として、その会社のディレクターと僕とカメラマンとガイドを引き連れ、フィリピンへ向かった。仮にディレクターを斎藤ちゃん、カメラマンを田中さんとする。ガイドさんはガイドさんで。
斎藤ちゃんは女性でこんな企画のディレクターを任されて可愛そうだと最初は思ったが、斎藤ちゃんはどうやら少し頭のネジが外れているようで、案外ノリノリだった。この旅で一番楽しそうにしていたのが、斎藤ちゃんだ。
フィリピンに到着するなり食事をとり、少しの時間を稼いでから仕事が始まる。仕事は、とりあえず街を歩き回って面白そうな場所を見つける単純なものだった。フィリピンでも有名な歓楽街のメイン通りを練り歩き、ふと路地を見る。
フィリピンの風俗と言えば、カラオケが人気だ。カラオケと言ってもただ歌うだけじゃなく、女の子が席について一緒に歌ったり飲んだりしてくれる。日本で言うラウンジに近いところだが、ラウンジよりも密着度が高い。
そして、ホテルに連れ込むことができる。日本にも昔、お持ち帰り可能なスナックがあったらしいが、世代ではないので見たことはない。
いかがわしいカラオケ店は通りの表にドアを作らず、路地に面した部分にドアを作っていた。ドアの前に露出度の高い女性が立ち、路地から表通りを歩く我々にアプローチしてくる。
日本のガツガツとした客引きに慣れていた僕からすると、ここの客引きは大人しかった。
だが、キャストが表立って客引きをするというのは非常に効果的なように思う。
その後しばらくしてから、一軒のカラオケ店に入り、取材が始まった。取材ということをバカ真面目に伝えるとたいてい嫌な顔をされるものだが、「日本?ならいいよ」ということで了承してもらえた。国外だとノーダメージなのだろうか、取材ということでサービスをソフトにするのだろうか。
色々考えていると、両隣に女性が座る。僕から見て左側に胸の大きな同年代のように見える女性、右側に小柄で可愛らしい女性が座った。斎藤ちゃんを見てみると、斎藤ちゃんもかわいい女性に囲まれてご満悦の様子。やはり、あの子が一番楽しんでいる。
カメラマンは許可を得たことで水を得た魚のように写真を撮りまくり、僕はなぜかフィリピンで人気のある日本の少し前の流行ソングを歌う。
しばらくしてママさんらしき人物が出てきたので、許可を取って色々聞いてみることにした。僕は英語が達者ではなく、フィリピン語なんてチンプンカンプン。当然、ガイドさんが通訳することになった。
「この店はいつから?」
「5年前くらいかな」
「5年!日本なら結構長い方ですが、フィリピンだとどうですか?」
「長い方ではないと思う。ここは老舗が多いから」
「なるほど。入れ替わりが少ない中で新規出店って、大変でした?」
「大変じゃないよ、お金あれば」
たしかにそうだ。思わず笑ってしまう。僕が笑っていると、気分をよくしたのかママさんが色々語りだした。
「日本に旦那がいる。仕送りしてくれる。だからお金ある」
「旦那さんとはどのように出会ったんですか?」
「日本のフィリピンパブで働いてて、相手は客だったよ」
フィリピンから出稼ぎに来る若い女性が、客と結婚する話は結構聞いたことがあった。フィリピンの女性からすると、日本人男性は一部を除いて金持ちに見えるのだという。彼らに仕送りをしてもらうことで、フィリピンに帰った後の生活が楽になるのだそうだ。
単純に生活のために使うことが多いのだと聞くが、この人はそのお金を貯めて店を出したのだという。野心などとは無縁なメンタルを持つ僕からすれば、この女性は気持ちのいいほどに野心家に見えた。
こうなると、ここで働く女性はみんな色々あるのかもしれない。そう思い、僕の席についてくれた二人とも話をすることにした。胸の大きな女性を仮にA、小柄な女性を仮にBさんとする。
「二人はここで働きはじめてどれくらい?」
「私は1ヶ月! 1番人気よ。嘘じゃないよ」
「私は1週間。まだ新人だけど1番人気。嘘じゃない」
二人ともが1番人気と言い張っているのが面白くて、飲んでいたお酒を少しだけ吹き出してしまう。二人が大笑いしながらハンカチで拭いてくれ、思いがけず場が和んで話が聞き出しやすくなった。
「みんな1番人気って言うんじゃないの?」
「みんな自分が1番だと思ってる」
「揉めたりしない?」
「揉めることもあるけど、自分にとっては自分が1番だよ」
「Aさんの胸は揉めるけどね」
Bさんはおとなしい印象があったが、意外と冗談を言う子らしい。本当にAさんの胸を鷲掴みにして、BさんはAさんに軽く振り払われていた。
「私にはこれがあるから、1番」
「Bさんはどうして自分が1番?」
「私はかわいいから、1番」
「たしかに、二人とも1番だ…」
「みんな、どこか1番」
Aさんは、さっきからたまに良いことを言う子だった。僕にとっては、このメンタルこそが1番の輝きのように思える。自分のここがいい、ここが好き、だから自分が1番だと言えるのはとてもすごいことだ。しかも、相手の1番を否定しない。これは見習うべきなのかもしれない。
その後、今いるキャスト全員の1番を教えてもらった。
「私は歌がうまいから1番」
「私は酒が強いから1番」
「私はエッチがうまいから1番」
「私はチップが多いから1番」
最後の子は、キャスト全員からツッコミをくらっていた。どうやら、実際の業績を言うのは彼女らにとっての禁止カードらしい。業績だけじゃなく、自分の容姿や内面・技術などから、自分自身が1番なのだと誇りを持つことが大事なのだろう。
取材も無事終わり、僕はAさんから、カメラマンはBさんから店外交渉の猛攻撃を受けたが、仕事ということで何事もなく店を出た。
「Bちゃん、俺が一番だって!モテ男はつらいでー!な!」
カメラマンが上機嫌に言った。
だが、あの場で一番モテモテだったのは、間違いなく斎藤ちゃんだったことをカメラマンは知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます