第136話.浸透

明而陸軍前線司令部。

ルシヤの方策が明らかに変わった事を受けて、阿蘇大将を中心に対応について話し合いが行われていた。開戦時にはルシヤは攻撃を集中していたのだが、今はそうではない。兵を分散させて、各所で突撃が行われている。


「戦線に広く攻撃が行われている。ルシヤの狙いはなんだ!?」

「兵を分散して無駄にしているとも思えましたが、存外に苦戦を強いられている模様です」

「もはや敵の狙いは高地の奪取では無い。進路を変えておる。どういう狙いか、穂高はどう見る?」


阿蘇将軍が人差し指を私に向ける。

ルシヤの最初の攻撃は、陣地の西端の高地に対する砲撃と突撃だった。緊要地形であるとの判断から、戦力を集中投入しての占領に向けての攻撃である。これはいい。

しかし今回の攻撃では戦線の広い範囲で、同時多発的に小規模な突撃が行われている。

狙い、意図は何だ。


「前線は長く広い。脆弱な点を見つけて突入する算段でしょうか」

「ふん。このような攻撃ではまともに指揮も取れんと思うが、やれているというのだから斬って捨てる訳にもいかん」

「そうですね。指揮はある程度前線の士官に任せているのでしょう。防御の強固な場所を迂回して我が陣地内部に浸透するべく、小部隊単位で広く展開していると考えられます」


ふん、と鼻息を一つ。阿蘇大将の癖だろう。

彼とは数回しか会合していないが、良く私に意見を求める。重用してくれているというのは単純に嬉しいが、古参がどう思っているのかは言うまでもない。


「しかし、小規模な部隊が陣地を一つ突破したとて、占領する程の兵力が無いだろう」

「防御拠点の占領は第一義としていないのでしょう。染み込む水のように前進して、占領せずにそのまま突き抜けて後方部隊に攻撃を加える。後方の指揮通信が破壊されれば、我々は後退せざるを得ないが、もう退がるべきスペースがない」

「ふん。馬鹿の全軍突撃かと思ったが、そういう狙いであればわかる。単純だが対策というのは難しいな」


一点突破だというのならば、こちらも戦力を集中させれば良い。だがバラバラと突かれれば、対症療法を取るよりない。


「前線が広すぎるので、こちらの兵力では完全に防ぎきるのは難しいでしょう。場当たり的ではありますが、ある程度の塹壕内の侵入は考慮に入れましょう。そして、すぐに予備部隊を投入して穴を埋める他ないかと」

「傷口を埋めながら、講和会議まで、六月十二日まで持ちこたえればこちらの勝ちと言うわけか」

「はい。現状維持であれば、ルシヤは雑居地から手を引くでしょうから……これは希望的観測かもしれませんが」

「ふん。だが、大方の予想はそうだな」


それだけ言うと阿蘇大将は、どかりと椅子に座り直して煙草に火をつけた。紫煙が眼帯をしていない方の目にしみた。


「ところでルシヤの突撃隊には正規の兵ではない者も多数いるという報告も上がっているが」


話を振られた一人の士官が、慌てて書類を差し出しながら言った。


「はい。ルシヤの兵隊は爆弾を腹に抱えて、刀一本で乗り込んでくるという話でした」


眉間の谷を深めながら、阿蘇大将は低い声で問う。


「刀一本で、だと。小銃も無しにか」

「はい。そう聞いていますが」

「ふん。抜刀隊の真似事か、列強が聞いて呆れるな。我が軍の方がよほど先進的ではないか」


ふん、と将軍は鼻で笑っているが、そう楽観視できるものでもない。死を恐れぬ兵隊というのは厄介である。

金のない明而陸軍の武器弾薬には限界がある。切れ目なく突撃を続けられて消耗戦になると弾薬がもたないだろう。


「狙撃隊も防衛に回しますか?」

「いやまだ出さん。カンだが、もう少し後で使うべき時期というのがくるはずだ。それまで待て」

「カンですか」

「俺のカンは良く当たる」


狙撃隊は温存されている為、装備に消耗はない。二十五名の狙撃隊と八挺の雪兎型狙撃銃はいつでも投入できる。

焦る気持ちが無いわけでは無いが、阿蘇大将の命令に背いてまで戦場に出る事はできない。


「まぁ待っていろ、貴様らの出番はあるさ。それよりも今は戦闘より戦術だ。俯瞰した視点で、貴様の知恵を借りたい」

「はい。了解しました」


そうまで言われては、無理を言うわけにもいかない。いつか来るらしい阿蘇将軍の命令を待ちながら、私は参謀の真似事をするのであった。

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