第112話.崩壊
「まだ繋がらないのか?」
「応答しません」
この観測施設を預かる谷川少尉の問いに、通信兵が応えた。
緊急事態だと言うことで、手隙の者はこの部屋に詰めている。私や吾妻、ウナもその一員である。
あの清国の観戦武官がこの場所を去って数日。突如として、各部隊への通信が寸断されてしまったのだ。
どことも連絡がつかない状況下で、砲撃の音は日に日に近くなっている。
「連絡員は?」
谷川少尉に聞くが、彼は首を横に振った。帰って来ていないと言う事だ。
この観測所は、前線部隊や他の観測所と有線にて繋がっている。それがどこも応答が無いと言うのは、どう考えても良い方向に事が進んでいるとは思えない。
「穂高どうする?」
「そうだな……状況が掴めん事にはな」
吾妻が私に問うた。我々三名は、この観測所の小隊の指揮下には無い。浅間中将から直接命令を与えられているからだ。よって吾妻は私に問うているのだ、我々は、穂高狙撃隊はどうするのかと。
思案を巡らせていた時、突如轟音とともに地面が揺れた。
誰ともなく、伏せろと叫んだ。その場にいた全員が、頭を抑えて地面に伏した。木製の扉が吹き飛ばされて、壁に無数の穴が開いた。
突風のような風が、部屋の中を掻き回して暴れる。
大地は揺れたが地震では無い、これは敵の砲撃だ。
ランプが地面に落ちて破れる。書類の束やら何やらが、空を舞って散り散りになっている。
ドォン!!
ドォン!!!
榴弾が破裂する音か、それとも砲が火を噴く音なのか。やっと音として理解できたそれが、耳を突き抜けていく。火薬の音の合間合間に、どこからともなく悲鳴とも言える叫び声が聞こえてくる。
手近にいたウナの頭を引き寄せて、腹の下に抱えた。
数回破裂音がして、少し間があって数回。幾度目かのその音を聞いたあと、谷川少尉が立ち上がって何か言おうとした。
いや、言ったのか?
大きく口を開けて何やら叫んでいる様子だが、音が全く入ってこない。耳がやられたのだろうか。
直後ふっと、辺りが暗くなったかと思うと、天井が文字通り振ってきた。
……
気づけば、暗闇。
いくらか意識を失っていたらしい。砲撃の音も振動も、もはや感じない。どうやら小屋が吹き飛んで、生き埋めになったようだ。
ウナは……手の中にはいない。崩落のおりに離れてしまったのだろう。
手足は少しだけ動くスペースがあるようだ。しかし、身体を捻るような隙間は無い。
どちらが上でどちらが下かも分からん。
唾を吐いてみると唇を伝って頭の方へ流れて行ったので、頭を下にして埋まっているようだ。
「……っか!」
誰かいないか、そう叫んだつもりであったが声が出ない。胸が圧迫されているのか、喉が悪いのか。
いくらかもがいていると、背中側の瓦礫をずらして隙間を作る事が出来た。そこから光が漏れて来ている。無我夢中で体勢を変えて、それを目指して動き出す。
簡素に作られていた屋根が幸いして、瓦礫の山から這い出る事が出来た。
やっとの事で立ち上がり周囲の状況を確認する。
そこで見た光景は、変わり果てた施設の姿だった。立っていた屋敷は崩れて瓦礫の山になっており、馬小屋は吹き飛んでそこにいるはずだったモノは影も形もない。
糞(くそ)。心の中で毒突く。
立っているのは、支えるものを失った柱が数本。ぽつんぽつんとただ残されているだけだ。
いや、何かいる。
静かに風が吹いてもやが晴れると、私と同じように数人の男がそこかしこから立ち上がっていた。
「無事だったか」
そう言ったのは吾妻だ、ウナも一緒にいる。
お互いに無事を喜ぶが、必ずしも状況は喜ばしいものではないようだ。辺りにはまだ生き埋めになっている者、負傷しているものが大勢いる。
「救助するぞ」
そう言って、瓦礫をめくり上げた。
……
「何人残った?」
「二十……二十一です」
曹長が答えた。いつも谷川少尉を補佐していた男だ。件の谷川少尉は遺体で見つかった。
運良く即死を免れたものの、木片などが身体に突き刺さり負傷を負った者も居る。一瞬にして地獄に早変わりだ。皆、ここが戦場であった事を思い出した。
「そうか、曹長は残った者の指揮をとれ。負傷者を連れて中隊本部へ帰還せよ」
「はい」
彼は覇気のない様子で応えた。
「気持ちはわかるが疲弊を顔に出すな、部下が見ている。貴様が指揮官だ、気張れよ」
「中尉殿は」
「私は部下二名と共に別行動を取る。すぐにルシヤの兵隊がここらに来るだろう、それを叩く」
砲撃を行なったと言う事は、この辺りに何があるのか向こうに知られたと言う事だ。ならばその後に兵隊が来るのが道理である。
すでに瓦礫の中から、必要な装備を発掘している。ウナが妙な嗅覚を発揮して、それらの位置を特定できたのは大きかった。
雪兎も、弾薬も無傷で掘り出す事ができている。
「三名だけでですか?」
「少ない方がいい。数を残してもすり潰されるだけだ。少数でこそやれる戦い方というのもある」
「了解しました」
ポンと彼の背中を叩いて勢いをつけた。
「それと、戦死者の遺品。何か持っていけるものを拾って行ってやってくれ。皆を弔ってやりたいが、今は無理だ。ルシヤが来るからな」
「はい」
ぐっと雪兎を握る。手に冷たい手応えが返ってきた。近づく奴は生かして返さん。心の中に黒いものが渦を巻いているのを感じた。
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