第111話.二者択一

戦争というものは、経済や金融と切り離せない関係性にあると言える。武器も弾薬も食料も、何もかも一切合切。全てに資金が必要だ。

道を拓き、線路を敷き、電線を引いて人馬を運ぶ。何をするにも金が必要なのだ。

私の両の眼と引き換えに、その一助になるのであれば……。


「タカ!」


大きな音を立てて扉が開け放たれた。

その直後、話は聞かせて貰った!とばかりにウナが飛び込んで来た。


「ダメだ、タカ!話を聞いちゃダメだ」

「お前どうして」

「良いから。ともかく目玉なんて渡しちゃダメだ。死んだ後に目が見えなくなるぞ!必要なんだよ、それは」


芝植えが、音の聞こえない舌打ち一つ。感情の読めない顔で、ウナの言葉を遮る。


「駄目だ駄目だ、駄目駄目駄目。坊っちゃん、我々の話の邪魔をしてはいけないよ。これは大人の取引なんだ邪魔を……」


言い終わる前に、ギッと板の間を蹴ってウナが跳ねた。静止する間も無く、ウナは芝植えの顔を殴りつけた。拳と顎が接触して不穏な音を響かせた、もんどりうって芝植えは床に倒れこむ。


「俺は兵隊だよ!坊っちゃんじゃない!」


追撃しようとするウナを止める、今にも噛み付きそうな勢いだ。あごの下をさすりながら、男は起き上がった。


「っつ、一体何だ君は。日本の陸軍というのは狂犬を飼ってるのか?」

「ウナは坊っちゃんでも犬でもない、うちの兵隊です」

「ならばちゃんと管理したまえよ。僕は首輪が必要な野犬だと思うがね」


ウナがするりと私の手を抜け出して、芝植えに飛びかかった。


「うるさい!」


叫び声と共に鼻の頭を殴りつけた。鈍い音が響いて、せっかく立ち上がった男は再び尻餅をついた。


「もういい、やめろ!」


ふぅふぅと荒い息を吐くウナを止める。流石にやり過ぎだ。胡散臭い男とは言え、清国の観戦武官だ。外交問題になる。


「大丈夫ですか。芝植え殿」

「……ああ。大丈夫だよ」


鼻を抑えながら立ち上がって、そう言った。


「残念だけど交渉する雰囲気じゃあ無くなったようだね。今日のところはお開きにしよう。僕の提案、考えておいてくれたまえよ」

「わかりました」


そう言うと、彼は黙って元来た扉から出て行った。ウナを座らせて、一息つく。

あの場面、完全にあの男に呑まれるところだった。妙な説得力があり、言うがままを信用してしまう。何にせよ「はい」か「いいえ」どちら二つに一つではなく、取引の裏を読まねばならんな。


「タカ、その。ごめん」

「いや良い。私は助けられたのかもしれん」


しかし何の為に目玉を?動機が分からんのが気持ち悪い。あの男の存在と、私の眼球を欲しがっていると言うのは覚えて置いた方が良いだろうな。


「あっ!」


落ち着いた頃にウナが叫んだ。


「何だ」

「折角作ったクマの骨の首飾り」


拾い上げて見せて来たそれは、あわれにも砕けてしまっていた。地面に転がしておいていたので誰かに踏まれてしまったのだろう。

アイツが壊して行ったとウナは騒ぐが、証拠も何もないので後の祭りである。


「俺はアイツ嫌いだな。悪いやつの匂いがする」

「そうだな。印象は良くないが、しかし印象だけで分別するのも良くない。計った上で、対応を決めねばな」

「ふうん」


そうして、胡散臭い芝植えとの初接触が終わったのだった。

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