第92話.未知ノ超生物

ある日の昼前、妻の明子から便りが届いた。

近況報告と、私の身を案ずる言葉。そして甘みに不自由しているだろうからと金平糖(コンペイトウ)を送って来た。気配りに感動しつつ、その選択は流石だなと思った。

金平糖というのは非常に日持ちがよく、かつ味が良い。飴玉よりも湿気に強く、保存食としては最良の一つである。

平成の頃は非常食の乾パンなどにも同梱されていることがあり、これには唾液を出して乾パンを食べやすくするという意味もある。ちなみに自衛隊の糧食にも乾パンと金平糖があったりするが、これは陸軍からの伝統的な携帯口糧である。

一粒を取り出して口に入れると、優しい甘みが口中に広がった。何というか懐かしい甘さである。

そして本題というか、大きなニュースは後に記載されていた。なんと、明子が子を身籠っている事がわかったというのだ。名前をまた考えないといけないなんて書いている。

そうか。まだ何の実感もないが、そうか。


ふふっと一人、部屋の中で小さく笑った。何故なのか、それはわからない。嬉しいのだろうか、それとも。

椅子に腰掛けながら机の上に目を向ける。動物の骨で彫り物でもしてやろうとして置いたままの道具が散乱していた。寝具はピシっと音が鳴るように正確に折り畳まれている。ふわふわと部屋の中を視線が彷徨った。ここだという目線の置き場がないまま、椅子が軋んだ音を立てた。

その時、突如大きな音を立てて木製の扉が開いた。元気よくウナが飛び込んできた。


「おいタカ!いるか!?」


飛びかからんばかりの勢いの彼に、何事かと問うた。


「なぁゾウってなんだ。ゾウって知ってるか?」

「ゾウとは、どのゾウだ。日本語には同じ音でも意味の違うものがいくらでもある。像か象か増なのか……」言い終わる前に、私の言葉を遮るようにウナが言う。


「さっき雪兎の話をしてさ、タニガワが言うんだよ。あんな大きな鉄砲、ゾウでも撃つんじゃないのかって」

「それは象(ゾウ)だな、象さん。動物の」

「そのゾウだよ!それ、タカは知ってるか?」

「ああ、知ってるよ大きい動物だ。そうだな、ウナの知っている動物で言えば羆(ヒグマ)の何倍もある大きさだ」

「雄の大きいやつよりも大きいか?」


羆の雄の大きいやつか。まぁ規格外の大きさのものであったとしても、アフリカゾウには敵うまい。


「そうだ、目方で言うなら十倍はあるだろうな」

「十倍って、嘘だろ」


本当だ、と言ってやると目を丸くして驚いた。その反応が随分と良いので話に乗ってやる事にした。


「あとはそうだな。鼻が長くて、牙も長い。そうだな、どちらもお前の身長より遥かに長いだろうな」

「牙が!?雪兎よりも大きいか?」

「ああ。大きいだろうな」


虚空を見上げて何やら想像しているようだ。羆の十倍、牙と鼻がこんな大きい、などとブツブツ言っている。天狗などと言う言葉が聞こえた気がするが、気のせいだろう。


「なぁ、色は赤いか?」

「いや赤くはないな。そうだな灰の色が一番近いかな、灰色」

「ええ……」


どうやら積み上げていたイメージがリセットされたようである。ちょっと面白くなってきた。新たな情報を与える。


「ああ、そうだ。体表に生えている体毛は薄い。それに巨大な耳を持っているな」

「毛がないのか?」

「そうだな、完全に無いわけではない。まばらに生えている感じか」


ウンウンと話を聞いて整理しているようだ。


「羆(ヒグマ)の十倍の大きさで、でかい牙、耳と鼻があって、身体中が灰色で毛は生えていないって、怪物じゃないか!本当にいるのかこんな生き物」

「ああ、いるよ」


彼は大げさに二、三歩後ずさりして見せたあと、こんな感じか?と彼は絵を描いて持ってきた。

それは灰色のサイクロプスのような怪物。鼻と耳が異様にでかい。牙も生えている。

どうだとばかりに様子を伺っているが。


「違うな。つぶらな目玉が二つだ。鼻はもっと長くて、それを腕のように動かして物を掴んだりする」

「鼻で物を掴むのか!?」

「そうだ、鼻を使って水も飲む」

「……!」


彼の頭は混乱の極致に陥ったようである。どうやら相当恐ろしいモノを想像しているらしい。


そうやってしばらくからかったあと、正しいイメージを絵に描いてやった。それを見た彼はウンウン唸りながら、どこかへ走って持っていってしまった。

皆に見せて回るのだろうか。

私の下手くそな絵が回覧板のように回ると考えると、少しだけ後悔したのだった。

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