第86話.問題

「どうした、何が問題だ」


そう言いながら案内された部屋に入ると、ちょうど兵らが少年を抑えているところだった。大の男二人がかりで、12、3歳の少年を取り押さえている。


「離せ!離せッ!!」

「貴様、暴れるな!大人しくしろ」


どうしてこうなった。

事の顛末はこうだ。私の運び込んだ少年は、気がつくと同時に暴れ始め、介抱していた兵に対して二、三発食らわせて大立ち回りを披露してくれていたというのだ。

取り押さえている中の一人、彼の鼻の辺りに血が滲んでいた。


「おい鼻血が出ているぞ。やられたのか?」

「急に暴れましたから、不意にやられました」


なんだかんだと騒いでいる少年に声をかける。


「お前がやったのか?」

「やった!俺をこんな所に閉じ込めて、どういうつもりだ!父のもとへ帰せよ!」

「父のもとへ、か。何も覚えてはいないのか?路肩に転がっていたのお前を拾ってやったのは私だぞ」

「でたらめを!」

「良く思い出してみろ。なぜあんな場所で転がっていたのか、私もそれに興味がある」


そう言いながら、懐中から取り出した飴玉を一つ手渡してやった。


「毒などは入っていないよ。やってみろ」


赤い飴玉をジロジロと、色んな角度で見回したあと口に運んだ。ぱっと眉間のシワがとれて言った。


「うまい」


素直なその声に頷いたあと、白湯を用意してやった。体が冷えて良いことはないからな、内側から温めるのも必要だ。


「お前はアイヌの民か?」

「アイヌ?何言ってるんだ?お前もアイヌだろ」

「要領を得ないな、どういうことだ」

「倭人の言うことはわからん!アイヌは古い言葉で人って意味だ。お前も人間だろ?もしかして違うのか、もののけか?」


周りの者と少年の話を統合するとこうだ。この明而では、北部雑居地は古くルシヤと日本に分割統治されており、アイヌ民族という概念は存在しない。

古来よりこの地に先住する民はいたが、それぞれルシヤ国民と日本国民として同化しており、その生活様式も同一化したためである。

しかし一部、産業革命以降の鉄火に頼らず山野を渡り狩猟などで生計を立てて暮らす集団もあった。それをニタイの民と呼ぶ。

この少年は、そのニタイの民であった。


「それで、お前の家族はどこだ?」

「父と母とははぐれた。里から黄金(こがね)の煙(けむ)に追われてみんな逃げた、みな急いでいたからどこへ行ったかはわからない」

「行くあてはあるのか」

「ない。帰る里はもうない」


ズズッっと白湯をすすりながら少年は言った。

おおよその話はわかった。つまりは山地にあった集落から彼らの一族は、毒ガスによって追い立てられたということか。

あの死の雲の発生は我々にも責が無いとは言いきれない。


「お前の父母の居場所もわからんか、生きていればまた会うこともあろう。しばらくここで休むと良い。無策で外を彷徨えば、凍死するのが関の山だからな」

「少尉殿?」


何か言いたげな兵に、片手を上げて静止する。


「私に部屋が一つあてがわれている。そこで共に過ごせば良い。無論無理に監禁しようと言うのではない、好きな時に立ち去ってくれて構わん」

「いいのか?」

「良い」

「なんで俺を助ける?」

「お前はルシヤの陣地の程近くに住んでいたというではないか。それは貴重な情報源になる」


にやりと笑ってそう言った。そこらの兵に聞こえるように言い切った。

実際にはこの少年を拾ってやったところで、情報としては大した意味は無さそうだ。では死ぬことはない、そう思ったからであろうか。それもはっきり分からない。

彼は少し困惑したような表情を見せていたが、どうすることもできないと悟ったのか頷きながら言った。


「じゃあ世話になる」

「よし、良いだろう。それでお前の名は何というのだ」

「……」


しばしの沈黙。重ねて問う。


「お前の事を何と呼べば良い?」

「みなは俺をウナと呼んだ」

「よし、ではウナ。お前は自由だが、ここにいる限りは私の指示に従って貰う。了解して欲しい」


理解は得られたようで、ウナはぺこりと頭を下げた。


「聞いての通りだ。この少年は、ウナは現地協力員として明而陸軍で保護する。上への連絡は私からしておくので、丁重に扱ってやってくれ」


そう宣言した。

しばらくの共同生活が始まることとなる。

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