第81話.攻勢作戦

内地と比較すると、この大地は拓けた広さに感動をするがそれでも日本だ。山地と、森林に覆われた土地が大部分を占める土地柄である。

塹壕戦線も、広大な平地を持つ大陸のように羽を広げていくわけでもない。要するに、山地や森林の所為で塹壕を掘るにしても、要塞を築くにしても、どこにでも、どれだけでもとはいかないのだ。当然の話だが、その土地によって戦い方というのは変わってくる。


川を挟んで東西に国境線が引かれており、その付近の平地には塹壕があり、それを射程に収めるように砲兵の陣地が築かれている。

しかし、その前線を少し外れると山と原生林。

人の手を感じるのはか細い道と鉄道だけ。手付かずの自然地帯が続いている。細々とした集落くらいはあるだろうが、それだけである。

前線の塹壕地帯さえ突破すれば、大掛かりな陣地などは無く、セヴェスクまで攻め入る事も可能となるだろう。しかしそれは向こうも重々承知のはずである。

そしてそれはこちらも同じ事。だからこそ、ルシヤも攻め込んで来たのだ。やれると思って攻めて来た。海上からの増援、補給をあてにして攻めて来た。

逆手を取って、返す刀で王将を取る。

明而海軍は敵の港を封鎖し、補給路を断った。これは万難を排して攻めるべきである。

そして浅間中将の到着が、軍の雰囲気を一新した。師団司令部はもとより、末端の卒に至るまでにわかに燃えている。


すぐに総攻撃とも言える、明而陸軍の攻勢が始まった。その目標は完全に、雑居地内のルシヤ軍の排撃。各兵科が協同し、一つの目標の為に動きだした。



……



吶喊(とっかん)がおこった。

黒い制服の男たちが明而陸軍の兵らが、雪を分け泥濘みを踏み固め、波となって群がって行く。

蟒蛇(うわばみ)が顎門を大きく開けて待つように、待ち受けるはルシヤの機関銃と銃剣。


「「突撃ーッ!!」」

「「うおおおおっーー!!」」


各小隊長の号令、兵らが我先にと小銃を持って走りだした。ぎらりと光る銃剣を銃の先端に取り付けた者達が殺到する。


しかし。


パパパパパパッ!ルシヤの機関銃が咆哮をあげるたびに兵が倒れ伏した。

いくつもの閃光が走る。縦横に配置されたルシヤの機関銃が、空を切り裂いて飛翔する銃弾が、兵らを引き裂いていく。

ばぁっと赤い物が広がった。膝を砕かれ動けぬもの、頭を穿たれ即死の目にあった者。


「行けっ!」

「行けよっ!!」

「遅れてくれるな、死ぬべきは今ぞ!」


怒号と鉛弾が飛び交い、黒煙が上がった。

まったく戦闘は熾烈を極めた。高々数メートルを進むのに何十人と死ぬのだ。

これが後世に残れば、馬鹿な攻撃だったと言われるだろうか。敵の機関銃陣地に正面から突撃するなどというのは犠牲者を増やすだけの愚策であると。


死体が死体を踏み越えて進んだ。そうして数時間。

敵兵の二倍も三倍も犠牲を払いつつも、ついに明而陸軍はルシヤの塹壕地帯の一部を占領することに成功した。

すぐさま穴だらけの陣地に日の丸の旗が掲げられる。血と泥に塗れたそれが、大きく音を立てて風になびいた。



……



一報を受けた時、我々の詰めている司令部はにわかに活気付いた。

先に続けて戦闘に勝利し、敵の陣地を勝ち取ったのだ。あの、子供も震える強国ルシヤ相手に我々明而陸軍の力は十分に対抗できるレベルにあると言う事が証明されたのだ!

中将は報告を受けると、負傷者と捕虜を後方へ移送し、さらに前線を強固にすべく兵員を送り込むように命令を出した。


勝利に沸き立つ日本軍は、その命令を風のように素早く、完全にこなした。

鉄道は札幌から幾度となく往復し、心臓から送られる血液の如く物資を送り続ける。官も、民もなく皆が協力した。

国家の危機に国民がひとかたまりとなって事にあたっているのだ。


鉄道の駅々には、尽きる事なく毎日食事や毛布などが送り届けられ、兵らに手渡された。

特別に徴収したのではない。そこに住む住民らが、戦いに向かう男達に飢えぬように凍えぬようにと持ち込んだものだ。

そうして戦う者は決意新たに前線に送り出され、それを支える者は献身的にそれを見送った。


空恐ろしい程の団結の力だ。目に見えない力が大きくうねりを持って北部雑居地を、日本全土を覆い尽くした。日本の全てが、この戦いに集中していくのを肌で感じる。


万難を排して、この一戦に全てを。

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