第76話.陥落「天城視点」

あいもかわらず前方からはルシヤ兵が押し寄せ、左翼側面から奇襲を受けている。

轟音と共に機関銃の掃射が唸り、敵兵を吹き飛ばすも、次から次へと新たな敵兵が入れ替わって現れる。


ルシヤ兵らの体力も気力も限界の筈だ。

側面から出現した敵兵も、雪積もり流る川を泳いで渡るなど、正気の沙汰ではない。だから虚を突かれた。

しかし、しかしだ。ここを持ちこたえれば、耐え切れれば、この極寒の環境は彼奴等にも容赦なく牙を剥く。

そうなれば濡れ鼠の露助など、手を下さずとも皆凍えて死ぬだけだ。すべからく自らの策に溺れて溺死する。


「ここが正念場だ!何としても持ちこたえよ!今この瞬間を堪(こら)えれば、勝利は我が軍にある!」


軍刀を振りかざして声の限りを尽くした。その俺の声に、部下らが応える。

機関銃も一挺が追加で稼働できるようになった。すぐさま左翼からの攻撃に対応するために、その機関銃を充当する。

正面の突撃には三梃、左翼からの横撃には一挺の機関銃が睨みを効かせて防衛にあたった。轟音が轟く度に、群がる敵兵が蹴散らされた。


この機関銃というのは優れもので、一度引き金を引くだけで自動的に連続して銃弾を吐き出せた。その発射スピードは、一般的な小銃の三十倍とも四十倍とも言われる。

強固な陣地はルシヤを完全に抑えたように思われた、しかし。


そう、しかし。

日本軍の猛射に陰り。


「早く銃身を交換しろ!」

「おい何か噛んだぞ、泥か。銃弾(たま)が出ない何とかしろ!」

「今やってます!」


頼みの綱に不調、不具合が発生する。


十分な力を発揮出来ずに、その暴力的な射撃が弱まり始めた。

この極寒の気候、先日からの悪天候、それに兵の練度不足。それら条件が重なった為におこった不調。

新兵器(きかんじゅう)だけが悪いのではない、日本兵だけが悪いのではない。実践で使用された事のない兵器というのは、いざ使われて始めて問題が見えて来るものだ。


だが、それは戦闘においては致命的である。


『『オォォオオオオオオッ!!』』ひときわ大きな声がおこった。機関銃の不備を悟ったのか。弾幕が甘くなった瞬間、機を見たとばかりにルシヤ軍の足が早まった。


パパパパパッ!!


小銃の一斉掃射に吹き飛ばされながらも、鉄条網(じゃばら)に殺到する敵兵。その一番前方の者が、棘を物ともせず、巻き取るように倒れ込んだ。

そしてなんという事か、倒れた人間の上を敵兵が歩きはじめた。鉄の荊を無効化する為に、前列の者が犠牲となり、肉の橋を架けたのだ。


下敷きになった者を、躊躇なく足場にして前に進んで来る。殺到だ。黒い雪崩が前方から押し寄せた。

頼みの機関銃(つるぎ)でも押し留められない、もはや決着は白刃(つるぎ)によって着けられるだろう。


「着剣せよッ!」

「「着剣ッ!!」」


俺の命令が復唱され、全ての兵が白兵の準備を行った。怯える者は一人もいない、ここに居るのは腹をくくった侍だけだ。


「白兵!来るぞォッ!!」


一番乗りとかち合った、誰かの叫び声が聞こえた。


「「うおおおおおおおっ!!」」

『『ウウゥゥラァァァァッ!!』』


ルシヤ兵が塹壕の中に飛び込んで来る、軍刀(サーベル)の一振りでその首筋を引き裂いた。


「迂闊な!」


赤いものを吹き出して派手に倒れる敵兵を見送る間もなく、次の敵が飛び込んできた。返す刀で次の敵と相見える。


悲鳴にも似た絶叫がそこかしこであがっている。

「ぎゃっ」ひときわ近くで聞こえた声に振り返ると、大きな男が銃剣で味方を刺し殺している。


「おのれ!」


その大男に真正面から、刃を真横に水平に突き出す。

それを避けられずに、いや避けようともせずに敵兵は銃剣で突き返してきた。ぐぃっと肩口に何かが押し込まれる感触。


相打ち。


こちらの刃は向こうの右胸に、肋骨の間を縫うように突き刺さり……パキンという金属音とともに、軍刀が二つに折れた。

ぺたぺたぺた、と音を立てて血が泥まみれの地面に吸い込まれる。


粗悪品だな。

そう頭の中で文句を言いながら、使い物にならない半分の長さになった軍刀を捨て、ピストルを手に取ったその時。


ゴッ!!


衝撃と共に視界が明滅した。背後を振り返ると小銃を握りしめた敵兵の姿。どうやら後頭部を銃床でしたたかに打ち据えられたようだ。

そのまま、前のめりに倒れ込む。

そして、泥の中で意識を手放した。

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