第51話.裏側
情報がないというのは、目隠ししたまま喧嘩をするようなものだ。上層部には正しい情報と、正しい判断力が備わっていることを祈る。
我々には命令が降りてくるだけで、それ以上は無い。というのはルシヤ軍の動向だけでなく、我が国の動向も我々のような末端には伝わってはこない。
何も知らされていないというのもまた語弊がある、世間並みということだ。新聞で得られる情報が殆どで、軍に籍を置いているから民間より俯瞰(ふかん)できるか、というとそうでもない。
噂くらいは流れてくるが、裏の取れない本当の噂程度なので、情勢は新聞屋の方がまだ良く知っている。
そう言った中で、知る限りの情報から整理した現状はこうだ。
ルシヤ帝国は以前の大火事より兵を送り、雑居地北部の「浦地衣歩似(ウラジイポニ)」を事実上占領した。
日本側は、大国と事を構える事は避けるべきだと外交での解決を目指していたが頓挫。
ルシヤの主張を受け入れば、雑居地全てが占領されるのも時間の問題とも思える。しかし国力の差から要求を通す事もできない。
引くも地獄、進むも地獄。まさに国難に瀕していた。
もはや日本国が日本国として生き残る道は、開戦。それも早期決着、早期講和こそが唯一の生きる道である。
ルシヤ帝国との力の差は歴然としており、帝国側は我が国には戦争という手段を取るはずがないという奢りがあった。その間隙(かんげき)を突き、「先制攻撃すべし」という決断がなされたのだ。
これは安易な決定ではなかっただろう。
誰がこの戦争で我が国の勝利を確信できたのか、およそ陸軍も海軍も大臣もみな苦心の末の決定であった。
窮鼠猫を噛むという、我々は鼠である。今まさにこの瞬間に噛みつかねば、無情な時間の流れは歯も爪も取り上げて、ただ死を待つだけになる。
「やれる」と思う人間はいないが「やらねばならぬ」と思う人間はたくさんいたのだ。
さあ我々の出番である。
部隊は鉄道が運行可能な限り北上し、以降は徒歩(かち)でルシヤ帝国の勢力圏を目指すのだ。
兵たちはぞろりぞろりと、規則正しく道をなぞる。
それはまるで蟻の行列のような。
それとも黒い身体を持つ蛇のような。
そういう途切れない黒い列が繋がって、北に北に伸びていった。
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