第41話.兵科

「おい穂高(ちび)!どうやった?」

「ああ、歩兵科に決定したよ」

「希望通りか、良かったな!」


そう言って肩を叩くのは吾妻と吉野だ。

事務所の前には学生が屯(たむろ)していた。真っ黒な頭をぞろぞろ揃えて、どうだどうだと聞いてくる。


私達にとって兵科の決定は、学生史上最大のイベントなのである。ここでの配属が、軍人としての一生を左右すると言っても過言ではないのだ。

ちなみに吾妻は歩兵科、理系の吉野は砲兵科に内定している。彼らも希望通りの兵科である。


「良いよなぁ。俺は輜重(しちょう)兵科だよ。これで一生、裏方で決まりってか」

「おいおい腐るなよ、馬に乗りたかったんだろ。乗れるじゃないか、それに後方支援も重要な兵科だと教諭も言っていただろう」

「ちぇ」


輜重(しちょう)兵に決まった十円ハゲの男と、霧島が慰めあっている。彼らの言うように明而の輸送は馬力に頼っている。

当然馬を使うし、乗馬にも秀でていなければならない。輜重(しちょう)兵の将校は、サーベルを佩刀(はいとう)し騎兵銃を背負う。その姿格好は騎兵と何も変わらない。


「お前らは良いじゃないか。俺なんか工兵、穴掘りだよ」


そう言って、一人が円匙(えんぴ)で土を掘る真似をしておどけて見せる。どっと笑いが巻き起こった。何だかんだと事務所の前で騒いでいると、中から岩木教諭(じゅうけんせんせい)が赤い顔で飛び出して来た。


「貴様らッ!事務所の前で何事かッ!!」


廊下に響き渡る怒号。久しぶりの大声に内臓が痺れる。一瞬で廊下が静まり返った。

ああ今から「教育」が始まるな。学生連中が、そんな覚悟をしたその時、近づいてくる足音が聞こえた。


カッカッ……カッカッ……。


現れたのは高尾教諭だ。

彼は私達の中でも最も重症であったため離れた病院に入院した。それで便りでしか近況を知らされていなかったのだが。

もう退院したとは、聞かされていなかった。


「久しぶりに来てみれば、また問題か」

「おお高尾!退院したのか」

「おかげさんでな、もう動くには支障は無い。腕はこの通りだが」


そう言って見せたのは鉛色に光る右腕である。今回の雪山訓練で指腕を切断の目にあった者には、お上から義手義指が下賜されたらしい。


「穂高……」


ずいっと人を掻き分けて、高尾教諭が私の前に立つ。

その顔は、ブラックジャックのように皮膚の色が半分違う。顔面も凍傷になったということだから、そのせいであろう。


「穂高、世話になった」


そう言って無事な方の手(左手)で握手を求められた。こちらも一歩、歩み寄り左手に右手を添えて握り返す。

手のひらから熱い体温が伝わって来た。それは皮の下の、その血潮を感じるようであった。


「教諭(せんせい)も、ご無事で何よりです。それにあのままでは私もただ死ぬ他無かった。それを救ってくれたのはこの連中(れんじゅう)です」

「そうだな。皆も助かった」


そう言って僅かに頭を下げた。

瞬間、わあと声が上がり高尾教諭を一斉に黒い制服が囲んだ。先生、先生と再会を喜ぶ声が聞こえてくる。


これで全員が北部方面総合学校に戻ってきた。漸(ようや)くあの事故に区切りがついた、そういう実感が湧いて来たのだった。

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