第42話.未明ノ火
兵科の決定から、また数ヶ月。
私達はついに第三学年へ進級した。この北部方面総合学校では、三年生で卒業と共に見習士官として職務につくこととなる。
卒業時には、私は二十一歳。
同期では吾妻(でかいの)が二十三歳、吉野(かんさいべん)が二十歳である。皆、入学前の経歴も年齢もバラバラだが、卒業時に二十代前半の者が殆どのようだ。
ある日の夕刻。
私は米と麦を混ぜた粥(かゆ)を啜っていた、おかずは漬物のみ。見る人が見れば質素な食卓だと感じるかもしれない。
寮と言っても、座っていれば三食出てくるような便利な施設ではなく、部屋は机が一つあてがわれているだけのスペースだ。各自で自炊しなければならない。
だからこのような食事風景は、ここの学生に限ればごく一般的なものだ。
およそ皆、飯や粥のような主食に一菜をつけて一食としているのが殆どである。
食事にこだわりのない人間は、茶碗一つと箸一膳以外、他の食器はなにも持っていないというような者もいる。
茶碗以外にも日曜大工でちゃぶ台に木の皿と、そういうモノをいくつもこさえた私のような者は珍しい。
ちなみにこの時代、ちゃぶ台というのは一般には普及しておらず、各個人で使用する箱膳(はこぜん)を食卓とするのが普通である。
その静かな食事を邪魔するように、雷のような音を立てて階段を駆け上がる音が聞こえた。
直後。
「穂高、聞いたか!穂高!」
ノックもせずに開け放たれた戸から飛び込んで来たのは吾妻だ。随分急いで来たのか、呼吸も乱れている。
「どうした、藪から棒に。油虫(ごきぶり)でも出たか?」
「いや、そんなものは見たことがない。冗談を言っている場合ではないんだ」
そういう吾妻は妙に真剣な表情だった。少しばかり気にかかったので、向き直って話を聞いてやる体勢を取った。
「どうした?」
「北部のルシヤ人街が大火事だそうだ」
「それは大変だな」
日頃聞きなれぬ街の名前に、対岸の火事かと脊髄反射でパッと返事を返した。
「人ごとじゃあない!お前、ルシヤ人に嫁いだ姉がいるんだろう」
「そうだが、しかし……」
言いかけて口を閉じた。
そう言えば二人の姉が住んでいる街は、火事が起こっているという街に程近い。火勢によれば影響が無いとは言い切れない。
「確かに姉が住んでいる街に近いが……そんなに規模が大きいのか?その火事は」
「昨晩起こって、まだ鎮火していないらしい」
「丸一日になるのか」
かなり広範囲に渡っているようだ。
ふぅんと息を吐くように一人言って、座りなおした。姉らは大丈夫か。気になる、気になるがどうしたものか。
吾妻は高尾教諭からこの話を聞いたそうだ。彼の勧めもあり、夕飯を片付けて直接教諭に聞きに行くことになった。
事務所で帰り支度をしていた高尾教諭(ぎんのうで)を捕まえて話を聞いた。
しかし、情報は吾妻に聞いた内容と殆ど変わらなかった。雑居地北部のルシヤ人街から出火して、未だに消し止められていない。わかっているのはそれだけだ。
教諭にルシヤ人に嫁いだ二人の姉のことを話すと、「何か情報が入ったらまず教えてやろう」と言ってくれた。
その次の日の夕方、私宛に電報が届いたと高尾教諭から呼び出しがかかった。
「ブジヒナン」との事であった。つまるところ影響はあったが、避難できたので人的被害は避けられたという事だ。
電報は明治時代から始まった通信サービスで、一文字いくらでカタカナ文字を送ることができる。前世平成でも数は減ったものの、冠婚葬祭などに利用されてる。
さてそんな一報を受け、一つ安心する事が出来た。しかし何か、胸の奥にもやもやとするものが残っている。
勘というべきか。
そう、嫌な予感が払拭できずにいたのである。
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