第31話.入山
山中。
木も何も雪に埋まる白の砂漠を歩く。想定より雪が深く、足を取られるのには難儀した。
しかし幸運な事に、風雪は小康状態を保っているようだ。僥倖である。寒さは全く感じない。歩いている間は暑いくらいである。汗をかかないように歩調に気をつける。
小休止を挟んで数時間、昼食の時間となった。
各自が、懐から取り出した握り飯を食う。身につけていたため、飲料水と食料は凍結の憂き目にあっていない。
雪山ではしっかりカロリーを取るのは勿論、水分補給も重要である。極寒の中でも人間は水分を消耗していくからだ。
「しっかり準備したおかげで、余裕があるな。穂高の言うようにしたので靴にも雪が入らん」
「せや、まぁ白い原っぱの散策みたいなもんやな」
吾妻と吉野が言った。
そこかしこからは学生の笑い声が聞こえてくる。雪が珍しいわけでもないだろうに、雪玉を作ってみたり遊んでいるようだ。立ったままの昼食会であるが終始和やかな雰囲気である。
「このまま何事も無ければ良いが」
完全にお日様が隠れてしまった空を見上げて、一つ大きく息をする。先頭の方からにわかに整列し始めた、どうやら出発するらしい。再び二列縦隊を取り、荷物をまとめる。
「出発ッ!!」
岩木教諭の号令に答えるように皆が「出発!」と声を上げた。
しかし天候に恵まれたのは、ここまでだ。
進めば進むほど、風雪は強くなっていった。もはや一寸先の視界が取れず、地平と空の境がわからない程である。ゴォォという音が耳の横で渦を巻く。
下を向けば腰まで雪に埋まろうかという足元。上を向けば白い空。いよいよ自然の脅威が牙を剥いてきた時、小休止の合図があった。
「凍傷の者は無いか!?小休止の間も、手の摩擦を怠るな!足先は靴の中で動かしておけよ!」
すぐに大きな声で注意喚起をしながら、学生らに声をかけていく。
「立ったまま隣の者と会話しろ!応答がおかしい者がいれば連絡してくれ!」
凍傷や低体温症の者が出た場合、すぐに気がつくように、お互いで気を配るように伝えて回る。すでに吹雪に圧倒されて元気の無いものが何人か居るが、肩を叩いて励ましていく。
「穂高(ちび)ぃ、これはきっついで!このまま進むんやろか!?」
「わからん。教諭の判断次第だ!」
雪の日の車の屋根のような帽子を揺らして、吉野が泣き言を漏らす。風の音に掻き消されるので、自然に大声で会話する事になる。
「なんとかならんのか!?この雪は!」
「わしに言ってもしようがない、神さまに祈れよ」
小休止は良いが、吹きさらしの斜面に棒立ちでは休息にはならない。時間が経つごとに体力だけが失われていく。
「おい、穂高!岩木教諭が呼んでいるぞ」
割り込むように、一人の男が声をかけてきた。招きに従い、岩木教諭の元へ行く。
「おう。穂高これを見ろ」
目の前に地図が広げられた。風で飛ばないよう握りしめて、くしゃくしゃになったそこには筆で何やら書き込まれている。白い手袋の指先が、その上をなぞった。
野営予定地と示されたそこは、平時なら一時間ほどの距離である。現在地が正しければの話だが。
「予定を遅れている」
「そのようですね。この吹雪では進行速度には限界があります」
「野営予定地まで行けば小屋もある故、吹雪を凌げようが……」
徒歩一時間の距離、無理を押して進めば辿りつけるかもしれない。しかし視界明瞭でないまま進めば道に迷う可能性もあるだろう。
地図を覗き込みながら、続けて岩木教諭が言う。
「この状況。甚だ進行困難の為、本日はここで露営しようと思うが、どうか?」
「やむを得ないでしょう。風雪に晒されている時間が長引けば、体力の消費も大きい。雪洞を掘り、天候の回復を待つのが良いかと」
「そうか。では貴様に露営の監督を任せる、やれるな」
「できます」
吹き荒ぶ吹雪の中。
この地で一夜を過ごす事が決定した。
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