第22話.授業風景

外国語の授業。

ルシヤ語(ロシア語)は外国人講師、つまりはルシヤ人を雇っている為に、会話術に特化した講義を受ける事が出来た。まず、この北部雑居地ではルシヤ人を見かける事が多いので講師には事欠かないのであろう。


問題はもう一つの外国語、英語である。

こちらは日本人で、英国から帰国したばかりの高尾(たかお)教諭が教鞭を執っているのだが。これがまずい。


どこぞの英米文学を持ち出して訳していくのだが。本人すら読み解けぬ事がままある。

そういう場合は決まって「この部分は各自で解釈する事」と言って終わる。

それはそれで良いのだが、英文に対する見解を述べよと言う試験を課すのだから、これは困難を極めた。


その時は寮の学生連中が寄り集まって、「ここはこうでは無いのか」と井戸端会議をするのだ。私や吾妻は、この集会に参加してどうにかこうにか訳文を完成させるのだ。

しかし、あの関西弁の吉野は氷砂糖を賄賂(ワイロ)にして、会議の参加者に後日、訳文を譲り受けるのだった。甘味には皆飢えているのを考えると、袖の下としては良い選択だ。

吾妻はそれを見て文句を言っていたが、私はどこの世にも、そういう世渡りの上手な者がいるものだと感心した。


そして最も、学生の恐れる授業が「運動」であった。ただでさえキツいのに、あの銃剣親父が指導に当たるのだ。


「ッつけい!!」


岩木教諭の号令で、学生が整然と動く。

びしっと音が聞こえるような動きで、「気を付け」の姿勢を取った。


「今日より銃剣術の指導に当たる!良いな」

「「はいッ!」」


兵式体操でしごかれたおかげで、五十名からなる一期生も、乱れぬ団体行動が出来ている。横列の前を右に左に歩いた後、岩木教諭が口を開いた。


「おい、貴様。戦争で勝敗を決めるのは何だと思うか?」

「はいッ!戦略と戦術です」


ある学生がそう答えた瞬間、岩木教諭の動きが止まった。「来るぞ」と思った。


「貴様ぁっ!どこでそんな立派な言葉を覚えて来たのか?貴様のような人間が戦略などというモノを考える必要はない!」


鼻が触れあいそうな距離で怒鳴った。それでも、直立不動で立っているあの学生は大したものだ。


「我々は、お上から頂いた命令通り戦って、この銃剣で露助(るすけ)を一人でも多く刺し殺せば良いのだ」


露助(るすけ)と言うのはルシヤ人の事だ。この教諭が好んで使う言葉である。ルシア人教諭もいるのによくやる。


「良いか!銃剣の使い方を教えてやる。まずは目で殺し、その後声で殺し、最後に突き殺せ!わかったな、やれッ!」


そう言って木銃を構えたまま、三十メートル先の案山子(カカシ)を睨む練習をさせられる。


「そんな眼力(がんりき)で死ぬか!もっと睨みつけろ、親兄弟の仇だと思えッ!」


そう言って近くの学生の尻を木銃で叩いた。


「睨めっ!」

「「はいッ」」

「もっとだ!目を血走らせろ!」

「「はいッ!!」」


眼球が乾いて涙目になった時、「良し」の声がかけられた。


「今ので五名は死んだ。次に声だ、やれ」

「「うおおおおおーっ!」」


大きな声を張り上げる。五十名の男子が一斉に声を出すと、かなりの声量である。


「その程度では、昼寝中の赤子にしか効かぬぞ!もっと声を上げろ!」

「「うおおおおおおおっ!!」」

「まだ気迫で負けている。あいつに妹が犯されて殺されたと思えっ!!」


そう言って教諭は案山子(カカシ)を指差す。彼自身も鬼の形相で、口の端に泡を吹いている。


「声を出せえッ!!」

「「うおおおおおおおおっーーッ!!」」

「良し!」


「良くやった。今ので愚かにも皇国に楯突いた哀れな案山子(カカシ)は十名死んだ」


右も左も、真っ赤な顔で息を荒げている。かくいう私もそうであろう。


「最後に銃剣による突撃方法を指導する」

「「はいっ!」」

「良いか、戦場では小銃の引き金は引くな。なぜなら銃口からは、くだらない言い訳しか飛び出さんからだ!」


今度は私の前まで来て叫ぶ。教諭は目を合わせたまま続けた。


「鉛弾(なまりだま)というのは、全く信用できない。日本男子たる我々は、自らの肉体でもって突貫撃滅するが本分!」


私が鉄砲を撃つ生業をしていたのが、耳に入ったのだろう。嫌味にも取れるし、相変わらず距離が近い。


「良いか!」

「「はいッ!」」


木銃を構えたまま声を上げて肉薄し、案山子(かかし)に突き立てろという指示を受けた。

随分大雑把な指示であったが、皆素直に受け入れた。順番に案山子兵(かかしへい)に突撃していく。


私の順番が来た。

大声を出したからか、場の雰囲気からか。気分が高揚しているのが分かる。


「うおおおおおおッ!」



結局その日の戦果は、案山子兵(かかしへい)八十名にのぼった。新兵としては、良くやったのでは無いだろうか。

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