短編集

群青ロラレ

ギターは捨てた

 君のせいは。

 なぁ、どうだろう。

 

 「君は性が分からないと言っていたよね。今はどう?」

 

 付き合うんだったら、女性の方がいいよね?

 いや、どんな君でも好きだよ。そう言った記憶。

 

 君のせいは。

 ねぇ、どうだろね。

 

 「君はsayの意味が分からないと言っていたよね。今はどう?」

 

 ネットで調べりゃすぐ出てくるじゃん。

 って突っ込んだ記憶。

 

 君のせいは。

 はぁ、どうだろ。

 

 「君はせいは分からないと言っていたよね」

 

 長いかも、短いかも。あ、やっぱり分かんない。

 どっちだよって突っ込んだ記憶。

 

 「君は綺麗だったよ」

 

 夕立の中で撮った写真を見る。寝ぼけ顔の君が、逆光であまり見えない。これは失敗作だな。

 

 「君はさ、あいつのことどう思ってたの」

 

 真夜中、常夜灯の下、君が笑っている写真。手前には、知らない男が映っている。これも失敗作だな。

 

 「君のせいだよ」

 

 もう俺はあの頃の自分ではなくなってしまった。顔も、目つきも。 

 

 『ギターは捨てた、僕が捨てた、雨の中君みたいに濡れてさ』

 

 「もう演奏家じゃないんだよ、俺は」

 

 君はそんな俺に憧れていたっけ。

 でももうギターは捨てたんだ。

 

 「もう作詞家じゃないんだよ、俺は」

 

 君はそんな俺を褒めていたっけ。

 でももう筆は捨てたんだ。

 

 『止められたかもしれないのに、虚空が零れ落ちていくだけなんだ』

 

 「俺、久しぶりに持ったなぁ、これ」

 

 ホテルの部屋の淡い光の下で、きらめく銀を見る。ほら、こんなので人は天国に行くかの境目に行くんだ。

 

 『待って、その言葉だけでも僕は嬉しいのに。引き止めてくれる君を嬉しいだなんて馬鹿げてるよ』

 

 「そろそろ出ようかな、じゃあね」

 

 帽子を被り、部屋を出る。

 ドアの隙間から、妙にデカくしたテレビの音が聞こえる。

 

 『でもどうして、君が憎いのだ』

 

 俺はドアの向こう側にあるであろう、テレビに向けて手を振った。

 

 『今お聞きいただいたのは、亡くなった丁字なずなさんの曲、「ギターは捨てた」です。光源さ──』

 

 突如として、その声は途切れる。重なるように響く爆発音。もうきっとあのカメラは使い物にならないさ。

 

 さぁ、行こう。

 俺はスキップしながらフロントに向かった。

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