クレイジーソルト

朝霧

 バイト先から帰ってきたら、自分ちのドアの前で見覚えのある細身の男が蹲っていた。

 足音に気付いたのか顔上げた男は一言。

「肉」

「残念。今日は鮭です」

 二ヶ月ぶりに見た顔にそう言うと、男は大きく舌打ちした。


 適当に切ったタマネギとキャベツと、奮発して買った刺身用の鮭をフライパンの中にブチ込み、クレイジーソルト適量、ピザ用チーズを適量散らして、加熱。

 冷凍庫から適当な大きさの冷凍ご飯を二つ取り出してレンジでチンし、ほかほかになったそれのラップを剥がして茶碗のなかに放り込む。

 ちゃぶ台に鍋敷きを置いて、その上にフライパンをドンと置く。

 お米入りの茶碗と箸入れ、鮭用の取り皿とコップとほうじ茶入りのお茶入れ容器とポン酢と薬味も置いて、両手を合わせていただきます、と。

 お腹が空いていたのか肉じゃないとぶーたれていた男はガツガツと鮭と米を消費する。

「キャベツも食べてくださいよ」

「やだ。芯のところ固くて嫌い」

「私も好きじゃないから芯のところは結構細かくしたんですけど」

「それでもやだ」

 我儘め、そう思ったけど言っても無駄なので溜息一つで諦める。

 その後は特に何も会話せず黙々と食べていたけど、男が急に顔をしかめた。

「どうかしました? 刺身用のだから骨はないはずですけど……」

「なんかたまに土みたいな味するんだけど……うええ今すごいモロだった……」

「あー……クレイジーソルトに入ってるハーブのどれかはよくわかってないんですけど、たまにありますよね……なんか微妙に土臭いというか……」

 いつか特定してやろうと思ってもう何年経っただろうか?

 以前調べた時にカビが原因だという話を見て慌てて買い直したけど、結局変わらなかったのでなんかのハーブが土っぽい味なだけなのだろう。

「この味やだ、きらい。今度からそのクレイジーソルトってやつ使わないで」

「うーん、この前買ったばっかりなんですよね……」

「捨てればいいじゃん」

「ちょっとお高いやつなんですよね……いない時だけ使いますよ」

 どうせまたふらっといなくなるのだろうと思ってそう言うと、男は頬を膨らせた。

 成人を迎えてからもう数年経ってるくせに、妙にそういう仕草が似合うのは一体どういうことなのか。

 同い年の私が同じ顔をしたら絶対に気色悪いのにな、この世は理不尽だ。

 とはいってもああいう子供っぽい仕草をしたくなることはもうないので、別にどうでもいいか。


 お風呂から上がったら、休みのお楽しみに取ってあった桃のお酒を勝手に開けられていた。

「それ、私の……」

「名前書いてないお前が悪い」

 べえっと舌を出されたのでイラッとした。

 まだ半分ほど残っている瓶を男の手から抜き取ってラッパ飲みする。

「あ、ばか」

「たまにしか来ない男のために、わざわざそんな手間隙をかける手間なんてねーんですよ」

 あっかんべーをすると男は少しだけ呆気にとられた顔で私の顔を見上げていた。


 後頭部に嫌な硬さが、額に妙な温もりを感じたので目を開ける。

 というかなんで自分は目を閉じていたんだっけ?

 目を開けると男の顔が見えた、下から見てるのに普通に見栄えがいいそれになんだか妙に腹が立って、右手をグーにしたところで男がこちらに視線を向けた。

「あ、起きた。おまえさあ、酒弱いんだから一気飲みはやめろって前も言ったじゃん」

「……うるさい」

 呂律がうまく回らない、意識もあんまりしっかりしていない、というか普通に眠い。

 ふかふかまくらとふわふわ毛布ともちもちクッションが欲しい、それさえあれば爆睡できる。

 目を覚ましたのもいま枕がわりになっている何かが硬くて寝心地が悪いからだろう。

「おふとん……」

「つれてけって? 自分の足で頑張りな、自業自得だ」

「やだたちたくない……このまくらやだかたい……」

「人がせっかく膝貸してやってるのに生意気な」

「野郎のひざ枕にじゅようなんかねーんですよ……」

 感謝されたかったら太ももムチムチの巨乳美女に生まれ変わって出直してこい、と思ったけどそれを言うと後々いじられそうなので黙っておいた。

 眠気がすごいけど、このかたい枕で寝たくはなかったので頑張って起きることにした。

 動こうという気力が一切湧いてこなかった。

 もういいかこのまま寝てしまおうか、でも後々なに要求されるか、いいやもうどうでもいい全部未来の私に丸投げしよう、とか思っていたら男がこっちの頬をゆるくつねってくる。

「おい、ねるな。しかたねーな……何してもいいっていうなら、おふとん連れてってやってもいいぞ?」

 にぃ、と笑う男の顔はぼやけている、何を言われているのかも実はあんまり理解できない。

 だけどこの顔の男に『肯定』するとろくでもない目に合うのはわかっていたから、首を横に振る。


 ハッと目を覚ました、いま何時でここはどこ?

 いつもの枕と布団と毛布の感覚がある。

 なんだ布団か、結局一人で辿り着けたのだろうかと思ったけど、マイフェイバリットクッションの感覚がない。

 代わりになんかデカくてかたいものを抱えている感じがする。

 なんだこれ。

 ぺたぺたと手探りでそれの正体を探っていたら、それが急に動き出した。

「ぴ」

 変な悲鳴をあげつつそれから離れた。

「…………うっせ」

 それが人語を話したので、ようやくその正体不明のそれが男であることに気付いた。

 何故同じ布団で寝ているんだと思ったけど、男用の布団はずっと押し入れの中だった。

 寝る前に出しておこうと思ったのに、酒飲んでそのまま眠ってしまったらしい。

 というか結局あのまま寝てしまったのか、それでそのまま布団に運ばれた、と。

 何してもいいなら、とかいう交換条件がついていたはずだけど、なにされた?

 服はちゃんと着ているようだ、手や口、その他身体に違和感はなかった。

 珍しい、何もされていないのか、と思いながら起き上がって布団から出ようとしたら、腕を掴まれ引き摺り込まれた。

「ぎゃ」

「にげんな。さむい」

 そのままガッチリホールドされてしまった、身動きが取れない。

「はなしてください……」

「やだ」

 しばらく逃げようともがいていたけど、もがけばもがくほどきつく抱きしめられるので諦めた。

 それでそのまま不貞寝する様に目を閉じたら、何故か頭を撫でられた。


 目を覚ましたのは午前11時頃だった。

 男はとっくにいなくなっていた。

 テーブルを見るとチラシの裏側に『たまに土味だったけどうまかった。次は肉』とやけに達筆な文字で書かれているのを発見する。

「次は肉と言われても……その次がいつになるのかわからないとどうしようもないんだけどな……」

 一人で呟いても、返事なんてない。

 ちなみに今日は唐揚げで、一昨日はハンバーグだった。

 あと一日どっちかにずれてれば肉だったのに、運のない人だなあと思いながら苦笑した。

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クレイジーソルト 朝霧 @asagiri

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