優等生会長の表裏

きりんのつばさ

第1話

「おはようございます会長」


「はい、おはようございます」


 と朝からシワ1つない制服に身を包み爽やかな笑顔を浮かべて返事をするのは我が学校の生徒会長、三浦薫子。品行方正・学業優秀という生徒会長になるべくして生まれたような人間。本人曰く運動は“少し苦手”とのことだが運動部の連中と比べてなので出来る方なのである。なお両親は地元でも有名な名家だ。

 

「ふぁぁ眠い……」


「大和君、貴方は副会長なのだからしっかりしなさい」


 “大和君”というのは俺、生徒会副会長であり大和圭吾のことだ。今日は生徒会の面々が朝から校門で挨拶をするという意味があるんだかないんだか分からない事をしている。ただ我が校の生徒会長サンの容姿は学校でトップクラスなので先ほどから挨拶をされた生徒は心なしか笑顔が多い気がする。

 

「だって朝は普通眠いだろ? それにしてもお前はよく朝から元気だと思うが」


「何を言っているんですか私は生徒会の会長ですよ? 会長は他の生徒の模範にならないといけませんからね」


 と模範的な返答をしてくる。上の立場になると思ってもない事でも建前で言う事もあるだろうが彼女の場合は本心で言っているのだろう。


「模範素晴らしいっすね~ふぁ……」


 本日2度目のあくび。そう言えば昨日は遅くまでゲームをしていたのだ。


「こら、あくびをしないの。めっ、ですよ」


 指を口に当てて注意をしてくる。今のご時世に“めっ”なんかを使う奴がいるんだなぁと思うのと同時に周りの男子生徒から恨みの視線を向けられて心臓に悪い俺。


「はいはい、分かりましたよ」


「返事は一回です」


「へいへい」




「ちょっと大和君!!」


  その日の夜、かかってきた電話に出ると興奮気味の声が聞こえてきた。相手はもう分かっている。


「何だよ生徒会長サン」


 電話の相手は我らが生徒会長三浦薫子である。朝の落ち着いた声音とは一転、かなり興奮気味の声である。


「今日また授業中寝てましたね!!」


「心から申し訳ないと思います」


 俺は出来る限り申し訳ないと思いながらそう言う。ただ電話の相手の彼女はそう思っていない様だ。


「絶対思っていませんよね!?」


 これでも結構心を込めて言ったのに中々に辛辣な会長サンである。


「てか、そう言うなら俺が今日授業中理不尽に教師に当てられた際に隣で笑っていただろうが」


「あれは大和君が授業中寝ていたのが悪いんです、“理不尽”ではなく“至極当然”です。

 あぁ~中学の時の大和君が懐かしいですね、何事も真面目でお人好しだったあの頃の可愛かった大和君。

 先生の言う事に対して元気で“ハイ!!”って言っていて可愛かったなぁ~」


「おまっ……思い出したくない過去を持ってくんじゃねぇ!!」


 実はこの生徒会長サンとは同じ中学の出身。そして1年間、同じクラスにいたので当時の俺がどういう人間だったのか知っている。その頃から彼女は変わらず模範的な生徒であったが俺は今の俺とは正反対の性格だった。まぁ今の落ちぶれた性格になったのには色々と事情があったのだが今はどうでもいい。


 電話越しの会長サンは俺に仕返しが出来て大層笑顔を浮かべているだろうが、俺個人言われてばかりなのは気に食わないので反撃に転ずることにした。


「てかそっちは化けの皮が剥がれなくていいよな~猫かぶり会長サン」


「化けの皮ってどういう意味ですか!! 知ってますかあの“優秀な生徒会長”を演じるのは大変なんですよ!!

 そのストレス発散にはジャンクフードが必要なんです!! ちなみに今日の相棒は1リットルコーラです!!」


「多っ!? てかコーラが相棒って学校の連中が聞いたら卒倒するぞ……」


「いいですよ~だ。絶対言わないですから!! やってられないです!!」


 と電話越しに飲み物を飲む音が聞こえる。多分今日の相棒と言っていた1リットルのコーラを飲んでいるのだろう。

 

 この会長サン、見た目や言動はザ・模範的な清楚系委員長系である。だがたまに今のような色々ぶっ飛んだ面が出てくるが俺が思うにこっちが素だと思う。


 俺達の関係のはじまりは中学生の時に、俺が彼女の荒れている場面を見てしまったのがきっかけである。どうやら帰宅しようとした際に教師から結構理不尽な作業を押し付けられてしまったらしく教室で普段彼女が言わないような暴言を言っていたのを忘れ物を取りに戻った俺が偶然聞いてしまった。前日、親から色々と言われていたのがあり朝からストレスが溜まっていたところに教師から作業を押し付けられてしまい思わず溜まっていた暴言が出てしまったとのこと。

 

 聞かれた最初こそどうしようかとあたふたしていた会長サンだが、なんか彼女の中では吹っ切れてしまったみたいで俺の前では今の様に少し口調が悪くなる。それからというものたまに電話で彼女の愚痴を聞くようになった。学校では生徒会長、家では名家の娘として色々と大変なんだろう。


「というか大和君、今は学校じゃないんですから役職で呼ぶの止めてください」


「善処します、会長サン」


「……私の話聞いていました?」


 やや不機嫌になった生徒会長サン。個人的に彼女のからかうのが好きだが怒らせるとなのでこれぐらいで止めておく。


「にしても薫子はすげぇな。学校のみんなから信頼されてさ。

 あっ、嫌味ではないからな」


「ふふ、分かってますよ。

 ーーでも皆さん、私を頼りすぎなんですよ!! 先生も先生です!! 普通生徒としっかり関わるのが教師としての仕事じゃないんですか!? それを生徒会長の私に頼むなんて……!! しかも私が幾ら頑張っても無給ですよ、無給!! あぁーーもうやってられないです!! 私飲みます!! 」


 と再び電話越しに飲み物を飲む音が聞こえる。どうやら今日は余程溜まっていたようだ。


「あっ、どうしましょう……相棒のコーラが無くなっちゃいました……」


「えっ、早っ!?」


 まさかの開けて数分で1リットルのコーラを飲み終えたらしい。飲むスピードに俺が驚いていると電話越しにごそごそと何かを探す音が聞こえてきた。


「まぁもう1本開けちゃいましょう~2代目相棒です」


「あるんかい……」


「ねぇ大和君は何を飲んでいるんですか?」


「麦茶」


「という名のコーラですか? 私、分かりますよ~」


「いや本当に麦茶だが」


「うわっ……裏切者」


「おい、何だよその態度」


「私がコーラという健康の天敵と呼べる物をこんな遅い時間に飲んでいるのに大和君は麦茶で優等生気取りですか、ひきます。

 酷いです、この裏切者め」


 現在夜の1時。

 確かにこんな時間にコーラなんか飲んだら健康に悪いだろう。だが麦茶を飲むだけでここまで言われる所以が分からない。


「私頭に来ました。ポテチ1袋開けちゃいます、食べちゃいます」


「いや良く分からん……はぁ待ってろ、俺もポテチ探してくる」


「流石優等生の大和君、偉いです」


「お前絶対そんなこと思ってないだろ」


「えぇ~気のせいですよ」


 なんて会話をして電話が終わったのはそれから2時間後の午前3時であった。




 土曜日、俺は休日にも関わらず学校にいた。いつもは生徒達の声で賑やかな場所も部活がある生徒の声だけなのでいつもより静か。そんな中俺は目的地に向かって足を動かす。別に約束をしていたわけではないし、確実にいるという確証はない。だが何となくだがいる気がする。


「どうせいるんだろうなぁ……」


 なんて言いながらも俺は目的地の部屋の前に到着。そのまま俺は部屋の扉を開けた。


「あっ、大和君」


「おいっす会長サン、7時間ぶりだな」


 そこには我らが生徒会長、三浦薫子が驚いた表情を浮かべていた。机には結構な量の書類が広がっており、どうやら1人でチェックをしていたようである。


「何となくそんな気がしたが……昨日の残りか?」


「はい……昨日で終わると思ったのですが予想を超えて確認事項が多かったので終わらなくて今日で終わらせてしまおうと……」


「どれを見ればいい? さっさと終わらせるぞ」


「えっ……いいですよ!? 大和君のせっかくの休日を潰すわけにはいかないですし……」


「せっかくここまで来たんだから何かしてから帰らないと来た意味がない」


「……では、その右の束からお願いします」


「ふい」


 と俺は席に座ると彼女に言われた書類を手に取りチェックを始める。書類を見ているとチェックの内容自体は簡単だが項目の数が多い。そして残っている量を1人で見るとなるとかなりの時間がかかりそうである。


 

 そして丁度時計の針が一番上を回った頃……


「大和君、これで終わりです」


 ようやく全ての書類チェックが完了した。


「ふぅ……終わったか……」


 椅子の背もたれに上体を預けて倒れる。結構な時間集中していたので疲れがどっときた。


「手伝っていただきありがとうございます」


「別にいいってこと、これからどうすんだ?」


「最初は図書室で勉強してから帰ろうと思ったのですが……予想以上に疲れたので帰ろうかなと」


「それがいい、無理禁物」


「大和君は?」


「特に用がないから帰ろろうと思ったんだがこのまま帰るのはなんかなぁ……」


 元々彼女の手伝いをしようと思い、来ただけなので手伝いが終われば残る必要はない。ただせっかく学校まで来たのでこのまま帰るのはなんとなく消化不良である。


「でしたら!!」


 といきなり前に詰めてきた薫子に驚く。彼女は無自覚なのかもしれないが容姿に優れている。そんな彼女の整っている顔が目の前にいきなり来たら誰だって驚くだろうと思う。


「お、おぉ」


「今日のお手伝いのお返しをさせてください」


「いや別にお返しが欲しくてやってないからな? まぁ飯行くか」


「はい、いきましょう」


 と俺達は駅前のファーストフード店に行くことにしたのである。




 ファーストフード店に向かう道中、俺達はなんでもない会話をしながらいつも見慣れた道を歩いていた。彼女との付き合いは中学から数えて5年ぐらいだが2人でどこかいくのは久しぶりだ。クラスや生徒会の打ち上げで一緒に外食はあったと思うが、その際は他の面々もいるので2人きりではないし、俺らが一番話すのは電話のため言い方が変だが生の薫子とこうやって2人で歩くのは久しぶりである。まぁ今のこの状況が学校の男子に知られたら嫉妬ややっかみなどでロクな目にあわないと思うので自ら言うつもりはないが。


「こうやって2人で歩くの久しぶりですね……」


「中学の時はたまに買い食いして帰ったな」


「ありましたね……無理難題を押し付けられてその帰りにコンビニでアイスやチキンなどを食べてましたね。

 ーーもしかして私の今のジャンクフード好きって大和君のせい?」


「“おかげ”の間違いじゃないのか? てか俺のせいにすんなや」


「えぇ……そうですかね?

 ーー少しづつ貴方色に染められていく……酷い人ですね大和君は」


「人聞きの悪い事を言うんじゃありません」


 なんて言う会話をしながら目的地であるファーストフード店に到着。中々混んでいる店内で2人分の席を確保し終えると列に並び、お互いセットを注文して席に着く。薫子はあまりハンバーガーを食べることになれていないのか食べる事に苦戦していた。何でも出来る彼女が変なところで苦戦しているのを見て、思わず動画を撮ろうとしたらジト目で睨まれて渋々断念。まぁバレない様に苦戦しているところを写真は撮ったのは秘密である。



 

「ふぅ、美味しかったです」


「俺は楽しかったな」


「……動画撮ってませんよね?」


「あんなに撮るなって言われたら撮らないっての」


 。写真は撮ったが。かなりレアな写真なので彼女のファンに売ればかなりの高値で売れるだろう。無論売らないが。


「本当ですか? 貴方の日頃の行いの事もあって素直に信じられないです」


「信頼低いなぁ俺……」


「そもそも大和君ももう少し学校でしっかりしたらどうですか? 意外と何でも出来るんですからーーん?」


  と薫子は自分のスマホを取り出した。画面を見るや否さっきまでのジト目から一気に表情が曇っていく。


「どうした?」


「……」


「会長サン?」


「あ、あぁ!! どうしました大和君?」


 と慌てた様子の薫子。明らかにいつもの彼女ではない。


「いやそれ俺のセリフだ。お前がどうしたっての」


「い、いやべ、別に……何でも……ない」


 彼女がこんな表情をする理由は大体わかる、それは彼女の家のことだろう。聞いた限りあまり家族との関係は上手くいっていないようだ。名家には名家なりの事情があるのだろう。他人の家庭に口を出すつもりはない。家族というデリケートな事に他人の俺が触れる訳にはいかない。が、今にも泣き出しそうな今の彼女を見過ごすことができようか。


「おい薫子」


「な、何でしょうか?」


 俺が怒っていると思っているのだろうか声を掛けたら怯えた表情を浮かべる薫子。


「もう少し俺に付き合え」



 

 高校の最寄の駅から電車に揺られること1時間程、俺達はとある場所に来た。


「ほい、着いた」


「海ですか……?」


 俺達が来たのは毎年夏になると海水浴客が沢山くる海岸だった。今は5月であり、海水浴の季節ではないので海に来ている人はあまりいない。時間的に日が海面に反射して眩しいと目を細めていると隣の薫子はその海を物珍しそうに見ている。あまり海に来たことがないのだろうか。


「そうだ、海だ」


「綺麗ですね」


「入るか?」


「えっ? でも着替え持ってきて……」


「馬鹿、足だけだっての」


 と俺は靴を脱ぎ、ズボンを捲ると海に入った。少し冷たいがその冷たさが心地良いぐらいである。


「ほら、お前も来いよ。中々楽しいぞ」


「は、はぁ……」

 

 戸惑いながらも薫子はローファーと靴下を脱ぐと、恐る恐るといった感じで海に足を付けた。


「冷たいですけど……なんか心が落ち着きます」


「それに関しては同意する」


「ふふ」


 最初こそおどおどしていた会長サンだったが時間が経つにつれ笑顔で歩くようになっていた。その笑顔を見て、ここに連れてきて良かったと心から思う。ファーストフード店でのハンバーガーを上手く食べれていない顔も良いが、今の上機嫌で浅瀬を歩く表情も撮れるなら撮っておきたいものである。


「~~♪」


「上機嫌だな会長サン」


「えぇなんかどうでも良くなってきました。連れてきてくれた大和君には感謝です」


 何か吹っ切れたような表情の薫子。その笑顔は夕日を反射する海面よりも眩しく見え、思わず目を逸らしてしまった。


「そう思うなら明日から俺の仕事を減らしてもらえると助かるんだけど……」


「それはそれ、これはこれです」


「ですよね~」


「あのですね……」


「ん?」


「もう少し歩いてもいいですか?」


「気の済むまで歩け、どうせ俺は暇人だ」


 自分で言っておくのもなんだが暇なのである。平日は生徒会の仕事があったりするが休日は基本的に暇なのだ。


「ありがとうございます、では行きましょう!!」


「へいへい」



 その後、俺と薫子は海辺を歩きながら日が沈みかけてオレンジ色から徐々に紺色になっていく海辺を眺めていた。


「夕日がきれいです」


「だな

 ーーなぁ会長サン」


「何ですか?」


「何かあれば言え」


「はい?」


「俺はお前の家庭事情は分からんし、首を突っ込む気はない。ただ教師から雑用頼まれたら俺に言え、何か愚痴を言いたければ電話しろ。それぐらいは俺でも出来る」


「……」


「お前に何かあるとな、皆が心配する。それ会長のお前に何かあると副会長の俺に仕事が回ってくるのは勘弁してくれ」


「フフッ……」


「なんだ」


「いえ、貴方って不器用ですね」


 と笑いながらそう言う。自分でも言い方が不器用だと思うがけっこう考えてこれなので察して欲しい。だが不器用に関しては薫子も中々だと思う。


「お前が言うかよ」


 今日の生徒会の仕事もそうだが、何もかも全て1人で全部抱え込む。抱え込んでしまうのは性格もあるだろうが、このまま溜め込み続けたらいつか壊れてしまう。そんな性格になってしまったのは彼女の今まで置かれた状況的に仕方ないのかもしれない。だが文句や愚痴ぐらいは俺に言ってくれてもいいのだ。


「えぇそうみたいですね。不器用な副会長サンに心配されてしまうぐらいに」


 馬鹿にされた言い方な気がするがいつも電話越しに聞く声に戻って一安心。


「さぁそろそろ帰りましょうか」


「だな、お前の家門限厳しそうだしな」


 前に門限が厳しいとボソッと聞いた記憶があったので思い出す。彼女は“えぇ”と頷く。


「そうですね、流石に今日は自習目的で学校に行っていたのでそろそろ限界ですね

 ーーなんて言い訳しましょうか?」


「図書館で昼寝をしちゃいましたかとか?」


 俺がそう言うと薫子は苦笑いを浮かべる。


「……それは流石に無理がありますね。まぁ聞かれたら“生徒会の仕事で遅れました”とでも答えておきます」


「まぁ嘘はついてないな」


「ですよね、午後はデートっぽかったですけどね」


「ん? デート……?」


「あ、あぁ……い、今のは冗談ですよ!! 冗談、なんちゃって~」


 どうやら会長サンは口を滑らせてしまったようなのである、あまりにも慌てているのか顔が真っ赤である。

 

「あっ……ほ、ほらデートっ“男女が日時や場所を決めて会うこと”を言うだろ? 今日の俺達は時間こそ決めてなかったが場所は……まぁ決めて会ったよな!?」


 何事も無かったかのようにしたい彼女に合わせて俺も場を和まそうとするが上手く言葉が出てこない。彼女のデート発言で俺までおかしくなってしまったようである。


「え、えぇ私達言わないでもお互い思っていることが通じるんですね!! さぁ帰りましょう!!」


「お、おう!!」


 なんか最後は変にギクシャクしてしまったが中々に楽しい休日を過ごせたと思う。


 ただ……。


「で、デート……ッ!? 私と大和君が……!?」


 隣で顔を真っ赤にしてぶつぶつ何かを言っている薫子をいつもの様に茶化すことが出来なかったのは何故なのだろうか。自分の事は自分が一番分かっているつもりなのだったがどうやら自分でも分からないことがあるらしい。


 



――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 薫子視点

 

「ただいま戻りました」


 そう言って家の玄関を開ける。声こそかけたが返事はかえってこない、返事がないのはいつものことなので慣れた。靴を脱ぎ、自室の部屋に行く。部屋に入ると制服を脱がず、そのままベットに倒れ込む。いつもなら制服を脱いで部屋着に着替えてから倒れ込むが今はデートの余韻に浸っていたい。


「やってしまいました……!!」


 帰る直前の失言“午後はデートっぽかったですけどね”を思い出しては恥ずかしさで死にたくなる。あの瞬間までは良い感じだったのにあの発言で全て吹き飛んだ、まぁ飛ばしたのは自分だが。珍しく彼も慌ててしまい帰りの電車は少しおかしい雰囲気になってしまった。


 

 しばらく自分の失言に悶えて落ち着き、次に来たのは悲しいという感情だった。

 多分彼は今日の事を私が落ち込んでいたので連れ出しただけとしか思っておらず、デートなんて絶対思っていないだろう。だけど別にそれでいい、それで私の気持ちなんて知らなくていい。だけどそう思う反面、本当の気持ちを知ってほしい思う私もいるのも事実である。


「はぁ……面倒ですね私」


 最初に彼に会った時、私は彼が羨ましかった。

 何事にも意欲的で元気な彼が私には眩しく感じたのが記憶にある。教師やクラスメイト達は私の事を“模範的な学生”と思っているだろうが、。両親に言われるがまま模範的な生徒を演じていた私には個性というものが何もなかったのである。だけど無個性の私に彼は声をかけてくれた。私がジャンクフード好きなのは彼との思い出補正があるからだ。ジャンクフードを食べていれば彼との思い出を振り返れるから。


「こういう女性を“重たい女性”というんでしょうか……」


 いっそ彼が小説の中の登場人物だったら良かった。だって彼らは自分の手が絶対届かない場所にいるから。幾ら私が憧れ、恋焦がれても絶対叶わない。相手に自分と同じ気持ちを抱いて欲しいという望みをしなくていい。叶うかもしれないという高望みをしなくて良かったのに彼は悲しいことに同じ世界の人でクラスメイトだ。もしかしたらを願ってしまう。


「……」


 天井に手を伸ばす。ある意味彼は空に浮かぶ星と似ている。私を輝かせてくれるが幾ら私が手を伸ばして掴もうにも絶対届かないからだ。彼がいるからこそ私、三浦薫子のモノクロの人生に初めて色が付く。白と黒としかない世界でも彼がいる場所には鮮やかな色が添えられる。


「貴方は知らないんでしょうね」


 貴方との関わりを増やしたいがために嫌がる貴方を無理やり生徒会に入れさせたこととか。夜中にかける電話は“色々と溜まっているから”という名目でかけているけど実際はただ貴方の声が聞きたいがための電話であることとか。貴方が授業中寝ていたら注意するのに当の自分は貴方の寝顔を横目で見ていることとか。私は貴方が思っているほど高尚な人間ではないこととか。


 でもそれでいい、貴方は私が思っていることなんて知らなくていい。どうか貴方はいつまでも私にとっての星であってほしい。色が無い私の世界に色をつけてくれる人間でいてください。何もない、何の面白みもない私の世界には大和圭吾君、貴方がいてくれたらいい。


 別に貴方が私以外の誰と付き合おうと結婚しようと構いません、だって貴方の人生は貴方の物なのだから。


「あ、あれ……どうして涙が……?」

 

 あぁ……でもやっぱり、そうは思えない自分もいるのは確かなようである。だって貴方の隣に私以外の女性がいるのを想像をするだけで涙が止まらなくなってしまうのだから。


「お願い……私から……離れていかないで」

 

 これからも私と付き合ってください。

 特に用がないのに電話するのを許してください。

 貴方の困った顔を見たいがために困らせてしまうのを許してください。

 私の思いには気づかないでください。

 

 ーーどうかどうか、これからも私のつまらない人生に色を添えてください。

 


 

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