気になるあの子は死んでも死なない

蒼井青葉

第1話 さっきの続きを

 俺は今、くっそつまらねぇ国語の教科書ではなくある一人の人間を見ていた。


 「あぁ、今日もきれいだな・・・竜胆さん」


 あ、やべ。声に出てた。教師にバレると面倒なので慌てて口を押えた。


 竜胆陽りんどうひなた。彼女は今、俺の左斜め前の席で窓の外を見つめていた。

 いや、教科書を見なよ・・・って俺が言えた義理ではないな。


 サラサラの純黒ビューティービューティーな黒髪を風になびかせながら外を見つめる彼女の横顔は何というか美しかった。っていうか美しい以外に出てくる言葉などない。


 「次、竜胆」


 国語教師の言葉で竜胆さんは教科書を持って席を立った。そして、鈴が鳴るようなきれいな声で教科書をすらすら読み始めた。


 あぁ、耳にいい、よすぎる・・・


 俺がうっとりしている間に読み終わったようで、竜胆さんは席に座って再び外を見た。


 うーん、竜胆さんって外見てること、多いよな・・・


 ま、俺も好きだけど、ぼーっと外を見るの。


 窓の外に目を向けた。見えたのは大きな入道雲と青空と、住宅街だった。


 いつもと変わらない日常の風景だった。


 ***


 放課後。特にすることもないのでさっさと帰り支度を済ませ、昇降口から外に出た。夕方だというのに空気はじめっと湿り気を帯びており、汗で制服が肌に張り付いていた。

 駐輪場から自転車を持ってきて、押しながら帰路に就いた。何となく歩いて帰りたい気分だった。


 あるよね、何となく・・・な日って。


 周りには俺と同じように帰路に就いている生徒たちがたくさんいた。皆わいわい楽しそうにおしゃべりしているが別に全然うらやましくなどない。断じて。


 しばらく歩いて住宅街を抜け、大通りに出ると信号に引っかかった。足を止めて前方を見てみると、交差点の向こう側の歩道を歩く一人の人間の後ろ姿が見えた。


 「あれ、竜胆さん・・・?」


 後ろ姿が似ている人は多くいると思うので断定はできないが俺の記憶が正しければ、向こうにいる彼女は竜胆さんだ。


 家、こっちのほうなんだっけ・・・?


 信号が青になったので歩を進めた。少し速足で。竜胆さんは脇道から路地裏に入っていった。俺も後を追った。断じてストーキングをしているわけではない。ただ、気になっただけだ。


 彼女と俺の距離は50メートルほどあるが周りに人が少ないので後を追いやすかった。彼女は時折周りをちらちら見るような仕草を見せたので陰に隠れてやり過ごした。俺と彼女はしばらく道を進み坂を上った。


 ここら辺に家があるのだろうか。


 そんなことを考えていたのだが、竜胆さんが道の突き当たりを左に曲がり、彼女の姿が俺の視界から消えた瞬間、


 ズドーン、という鈍い音がした。


 「は・・・・・・?」


 何だ、今の音・・・・・まさか、銃声!?


 自転車を放り捨て、急いで彼女の後を追うと・・・


 「り・・・・・竜胆・・・さん・・?」


 曲がったすぐそばに頭から血を流して倒れている竜胆さんの姿があった。


 「お、おい!竜胆、おいって!!」


 背中をさすってみるも、反応はなかった。


 ちょっと待て。嘘だろ。


 とにかく救急車を、と思ってスマホを取り出したところであることに気が付いた。


 「血が・・・・・」


 彼女の頭から流れ出していたはずの血が頭の傷の方に吸い込まれはじめていた。


 え、は・・・・・!?


 俺は理解できない光景にぽかんとしていた。


 その間にも不思議な現象は進行し、流れ出たすべての血が傷口に戻り終わった後、竜胆さんの細い体がビクンと跳ねた。驚くべき現象は続く。


 「う・・・いったぁ・・・」


 なんと目を覚ましたのだ。俺は思わず腰を抜かし、その場にへたり込んだ。


 ゆっくりと立ち上がった竜胆さんは地面にへたっている俺を見た。


 「・・・・・・・・・・・・・」

 「・・・・・・・・・・・・・」


 じっと見ている。え、待って動悸が・・・


 「・・・・・・・・見た?」


 『見た』とは、言うまでもなく今の現象のことだろう。


 「・・・え、見てないなぁ・・・」

 「嘘でしょ」

 「はい、見てました・・・」

 「はぁぁぁぁぁ、見られたぁぁぁぁ」


 突然竜胆さんは顔を手で覆い、叫び始めた。どどど、どうしたのだろうか・・・


 「え、えっと・・・竜胆さん、だよね」

 「そうよ、私は竜胆陽」

 「知ってるかもだけど、俺は黒百合コウスケ」

 「・・・ごめん、知らなかった」


 あ、そうなんですね・・・


 「と、ところでなんだけど・・・」

 

 彼女は無言でじっと俺を見つめている。先を促しているのだろう。


 「信じられないんだけど・・・・・」


 と俺が言ったところで彼女は「はぁ」とため息を吐いた。


 「そうよ。私、不死身なの」


 さらっと言った。まぁ、さっきの光景を見せられたら何も言えない。


 「やっぱりですか・・・」

 「でも、、気がするんだよね」

 「え・・・・・?」

 「時々、夢に出てくるの。傷ついた私の前に現れた白いローブをまとった人が」

 「・・・・・・うん」

 「その人が私に『助けてあげようか』って。多分、これは私の記憶、なんだと思う。けれど、いつこんなことがあったのか思い出せない。思い出そうとすると頭が痛む」


 こめかみを押さえながら、きれいな顔を歪ませながら彼女は言った。


 「そう、なんだ・・・・・」


 とてもすぐには信じられる話ではなかったけれど、ありえそうな話だとは感じた。普通の人間は不死身ではない。なら、誰かにそうさせられたとか何かしらの理由があるはずだ。


 それにしても、彼女は一体どういう人生を送って来たのだろうか。そして彼女に不死性をもたらしたというその人は何者なのだろうか。疑問だらけだ。


 もうひとつ、聞いておきたいことがある。


 「竜胆さんは、もしかして・・・狙われているの・・・?」


 俺がその質問を口にしたとき、彼女は少し驚いたような顔をした。それからすぐに悲しそうな、辛そうな表情になった。


 「何も、できやしないわよ・・・」

 

 言葉にはどこか諦めがにじんでいた。


 「・・・そうかもしれない。けど、君が俺に話してくれることで何か力になれることがあるかもしれない。すべては、可能性の話だけど」

 「・・・・・・・・・・」

 「俺は、君が何か悩んでいるなら、苦しんでいるのなら・・・・・力になりたいんだ」

 「・・・・・どうして?」


 彼女は疑念の籠った視線で俺を見ながら言った。


 『どうして』か。うまく言葉にできそうにない。


 「俺は・・・・君が、」


 思いを口にしようとした瞬間、


 「危ない!!」


 突然竜胆さんが俺に飛び掛かった。直後、音と共に弾丸が近くをかすめた。 


 やっぱり誰かに狙われてるんじゃん!!


 「近くで見るとやっぱり竜胆さんの顔きれいだな」とか思っている場合ではない。

 俺は彼女の体を弱い力でゆっくりと起こしながら自分の体も起こした。そして、彼女の手を取った。


 「逃げよう!!」


 俺がそう言って走り出すと、無言でついてきた。


 向こうに自転車がある。それで逃げるしかない。

 ただただ全速力で来た道を戻り、自転車にまたがった。


 「後ろに乗って!!」

 「・・・う、うん」


 竜胆さんは一瞬、戸惑ったような表情を見せたがすぐに言われるがまま後部の荷台に横向きで座った。自転車の2人乗りなどしたことがないが案外スムーズにこぎ出せた。普段から鍛えていたからだろうか。


 とにかく遠くへ逃げないと。


 そう思い、俺は学校近くの公園を目指した。


 人通りが少ないところは危険だろうと考え、すぐに大通りに出た。信号で止まる度に後ろを見たが、だれかにつけられているとかそういった気配は感じなかった。


 撃たれたとき、周りを見たが近くに人の姿は見えなかった。多分、遠くから狙撃されたのだろう。


 10分ほどこいで、ようやく公園にたどり着いた。ボールで遊ぶ小学生。ランニングをしているご老人。ベンチで座っておしゃべりに興じている学生たち。いつもと変わらない日常の風景があって、少し安心できた。


 俺は入口の近くに自転車を停め、ブランコに腰かけた。竜胆さんも隣のブランコに座った。


 「黒百合くん」

 「え、あ、はい」


 彼女の方から話しかけてくるとは思っていなかったので少し驚いた。


 竜胆さんは言った。


 「さっきの続きを、聞かせて」


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る