風に吹かれて

クロノヒョウ

第1話




 夏の野外イベントでアコースティックギターを手に、広いステージでひとり、弾き語りのライヴを終えた時だった。


「アンコール! アンコール!」


 観客からの拍手と声援に、照れたようにしながら俺はお辞儀をした。


 下を向くと涙がこぼれそうになった。


 拍手と声援と共に、あの時と同じ風が吹いてきた。




 ――風馬ふうまと知り合ったのは、小さなライヴハウスだった。


 五組の出演者が三十分の持ち時間でセッティングをしてライヴする。


 俺が四番目で、風馬が五番目だった。


 出番が終わり、ステージの袖ですれ違いざまに風馬が笑いながら俺に言った。


「お前、歌はうまいけどギターが下手くそだよな。オレと反対」


「な……」


 言い返す暇もなく風馬はステージでセッティングを始めていた。


 風馬の言ったことは正しかった。


 バンドが解散したばかりの俺はギターを練習し始めたばかりだった。


 俺はそれを風馬に指摘されたのが気になって、その後の風馬のステージを見学した。


 風馬は少し強面だった。


 背が高く、心配になるくらい痩せすぎているのがまた異様な雰囲気を漂わせていた。


 ところが演奏が始まると自分で言っていた通り、風馬のギターは本当にカッコ良くて、どこか優しくて、輝いていた。


 歌は確かにうまいとは言えなかったが、それでも風馬が弾くアコースティックギターの音を聴いているだけで心地よかった。


 その日の打ち上げで居酒屋に行った時、風馬は俺の隣にきて嬉しそうに言った。


「な? オレたちは二人でひとつだろ?」


 風馬の言いたいことは俺にもわかっていた。


 風馬のうまいギターと俺の歌があれば、俺たちはきっと最強だ。



 それから俺たちは毎日のように会って練習した。


 風馬とは偶然にも同じ歳で、話しも合ったし音楽の趣味も似ていた。


 風馬は見た目と反して心が純粋で綺麗だった。


 争いごとが大嫌いで優しくて、いつも笑っていた。


「笑っていれば、自分も周りもみんな平和なんだよ」

「辛くても苦しくても笑ってようぜ」


 それが風馬の口ぐせだった。


 そして何より風馬のギターの伴奏で歌うのは本当に気持ちいいものだった。


 二人でたくさんライヴをした。



 一年程経った頃からだった。


 風馬は体調が悪いと言って、会えない日が多くなっていった。


 久しぶりに会ってライヴをしても、すぐにまた体調を崩していた。


 入院する時もあった。


 お見舞いに行くと、もともと痩せていた風馬はさらに細くなったように感じた。


 病状を聞いても「飯が食えなくてさ」と言って笑うだけだった。


 入退院を繰り返すことがしばらく続いていた。


 その間、俺はひとりでステージに立つことが多くなっていた。



 そしてあれは夏の夜だった。


 今日は体調がいいからと風馬が練習したいと言ってきた。


 ドライブがてら俺は風馬を乗せて高原にある野外ステージのある広場に行った。


 誰もいない広場のステージに二人で上がり、しばらく夢中で演奏していた。


 一時間は歌い続けただろうか。


 夢中になっていた俺たちの手を止めるような、生ぬるい風が辺りを包み込んだ。


 俺はハッとして風馬を見た。


 久しぶりに楽しくて風馬の体調のことを忘れていた。


「大丈夫か? 風馬」


「ああ、大丈夫。気持ちいいな。風」


 風馬はいつものように笑顔だった。


「うん」


 俺たちはギターを置いてステージに座り込んだ。


「オレさ、いつも笑ってんじゃん?」


 風馬は顔に風を受けながら気持ち良さそうに目を閉じていた。


「ああ、うん」


「本当はさ、それじゃダメなんだよな。それじゃあただ笑ってごまかして逃げてるだけなんだよな」


「そう……かな?」


「現実から目を背けてる」


「でも、それは逃げてるんじゃないと思う。ちゃんと現実を受け止めてるから笑えるんじゃねえの? 風馬にはちゃんと現実が見えてるよ。そんな気がする」


「はは、なんだよそれ」


 風馬はあきれた顔で俺を見た。


「俺たちは、風に吹かれてんだよ」


「は?」


「今、風に吹かれて気持ちいいなって思ってる。それが現実。な? ちゃんと見えてるだろ?」


「お前何言ってんだよ……ははっ」


 風馬は笑っていた。


 そして小さな声で呟いた。


「いつか、ここでライヴ出来たらいいな……」


「……うん」


 それが風馬との最後の夜だった。




「アンコール! アンコール!……」



 なあ風馬。


 お前は病気と戦って苦しみながらもいつも笑ってくれていた。


 俺はお前がいなくなるって心のどこかでわかっていたはずなんだ。


 どんどん痩せていくお前から目を背けていたのは俺の方だったんだよ。


 風馬、見てるか?


 あれから俺はいつも笑うようにしてたぞ。


 現実から逃げたんじゃない。


 お前とここでライヴするために、戦うために必要だったからだ。


 だから辛い時もちゃんと笑ってたぞ。


 そして今、風に吹かれて気持ちいいと思ってる。


 どうだ?


 あの時と同じ風、お前も感じてるか?



 涙をこらえながら頭を上げて真っ直ぐ正面を見つめた。


 拍手と声援が止んで静かになる。



 俺はボブ・ディランの「風に吹かれて」を歌った。


 友の笑顔を、風と共に感じながら、笑いながら。




           完



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