犬養さんと猿渡さんは今年も犬猿の仲? 1
「ちょ、ちょっと……?」
私は頭を抱えた。これはどういう状況だ?
「どうしたの? 子ザルちゃん」
「子ザルって言うなっ」
すぐ隣にいる猿渡さんに向かっていつものように切り返したが、私はすぐに目を伏せる。
「子ザルちゃんがダメなら、佳乃(よしの)って呼べばいい?」
「それもダメ!」
せっかく目を背けて考えようとしていたのに、思わずガバっと猿渡さんの方を見てしまった。目の前には素っ裸の猿渡さんがいる。というか、大きくはないが形の良い二つの膨らみが、私の顔のすぐ近くにある。そんなものを目の前でちらつかされたら、集中して考えごともできないではないか。
「まあ、まあ、落ち着いて」
猿渡さんは、のんびりとした口調で言うとタバコをくわえた。そして、そのタバコは煙を上げることなく、根本の方から減っていく。
「って、チョコかよ!」
いかん、ついついいつもの調子でツッコミを入れてしまった。
「いやぁ、カロリー消費したから補給しないとね。子ザルちゃんもさっきまでグッタリしてたし、食べる?」
「いらんわっ!」
ホント、これ、どうなってるの?
なんで猿渡さんは素っ裸なんだ?
どうして、私も素っ裸なんだ?
つか、ここ、どこだよ!
一体、どういう状況だよ。
なんで、こんなことになってるワケ?
***:***:***:***
四月、私―犬養佳乃は、きれいなお姉さま方にチヤホヤされる日々を夢見て入社した。
そんな私の淡く清らかな夢を打ち砕いたのが、同期入社の猿渡雫である。
パソコンが一切使えなかった私は、お姉さま方にも見捨てられて途方に暮れる日々を過ごしていた。
一方の猿渡さんは、賢いワンコ系キャラとしてお姉さま方にかわいがられ、社内ハーレムを着々と構築していった。
もちろん私だって、ただ指をくわえてそれを眺めていただけではない。
背が高くボーイッシュな印象の猿渡さんに対抗すべく、小柄な体形を活かしたフェミニンな愛らしさに磨きをかけた。さらに、パソコン教室にだって通って仕事面でのスキルアップも目指したのだ。私、すごくない?
そんな私に厄災がふりかかった。
私が通っていたパソコン教室の巨乳インストラクター牛倉ひつじ先生が、結婚を機に退職することになったのだ。魅力的な牛倉先生が退職するのは、私にとっても辛いことだ。だが、問題はそんなことではない。実は、この牛倉先生、猿渡さんの彼女だったのだ。
簡単に言ってしまえば、猿渡さんは牛倉先生に二股をかけられた上にフラれてしまったということだ。人の不幸を笑うなんてダメなことだと思う。だが、社内ハーレム合戦のライバルである猿渡さんにダメージを与えられたかと思うと、浮かれずにはいられなかった。
だから、ほんの出来心で、猿渡さんをからかってやろうとしたのだ。
そうしたら、猿渡さんは激怒したのか、こともあろうに私にチューをしやがった。ただのチューじゃない。ガッツリベロチューだ。
怒ってベロチューするとか、どんな思考回路だよ。
そりゃあ、傷心をからかうような真似をした私も悪かった。だけど、だからといって私の初チューを、壁ドンからのアゴクイで奪っていいという話にはならない。
しかも、その日以降はことあるごとに、チュッチュされるようになってしまったのだ。
ランチの時間に偶然二人きりで顔を合わせたら、いきなりチュー。
残業で、他の社員の姿が見えなくなったらチュー。
珍しく早く出社して目が合ったらチュー。
トイレで二人きりになったときなんて、そのまま個室に監禁されるところだった。
ともかく、ひと目を盗んで、あっちでチュー、こっちでチューと狙われ続けたので、私はすっかりチューを避けるのがうまくなった。もしも、チュー避け選手権があったら優勝できるんじゃないかと思う。
チュー避け選手権とは、オフェンス側がチューをしようと迫り、ディフェンス側がチューを避けるゲームだ。チューをされたら、オフェンス側に一点入り、うまく避けられればディフェンス側に一点入る。さらに、その美しさやフォームなどによって芸術点も加算される。これ、オリンピックの正式種目にならないかな?
ともかく、猿渡さんのチューは嫌がらせだかゲームだかなので、私のチュー履歴からは抹消された。あれは私の初チューでもないし、毎日のようにチュッチュと狙われているあれもチューではない。全てノーカンである。
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