第63話 謁見(ミナリー視点)

 師匠を起こして王立魔法学園の制服に着替えた後、私たちは学生寮の前で待機していた豪奢な馬車に乗り込みました。馬車の車内に居るのは私と師匠とアリシア、そしてロザリィとニーナといういつもの面々です。


「まさか昨日の今日で女王陛下に呼び出されるなんてね」


 師匠を挟んだ向こう側、アリシアがふかふかの座椅子に背を預けながら窓の外を見つめて溜息を吐きます。


「そ、それだけ王国にとって重大事件だったって事ですよね……?」


「そうですわね……。25年前の帝国との戦争でも、王都での戦闘はなかったと記録されていますわ。それが昨日は王都で戦闘が起こってしまった。それも、王国魔法師団の現師団長が襲われるという前代未聞の形で」


「姉さまが助けに入らなければ、今頃母さまは……」


 想像するだけで胸が苦しくなるような、もしもの話。馬車の中に重苦しい空気が漂い始めて、


「よしっ!」


 それを打ち消したのは、師匠が手と手を打ち合わせた音でした。


「暗い話はもうおしまい! それよりお腹空いちゃったぁ」


 くぅ、と師匠のお腹が可愛らしい鳴き声を上げます。師匠は気恥ずかしそうにはにかんで、馬車の中から重苦しい空気は一掃されました。


「まったく、姉さまったら」


「じ、実はわたしもお昼を食べてなくてお腹ぺこぺこちゃんです……」


「ニーナもですの? でしたら、城の者に食事を用意させますわ。それから、今日はお泊り会なんてどうかしら? 帰りも遅くなってしまうでしょうし」


「お、お城でお泊り会ですか!?」


「わぁっ! 楽しそうだね、ミナリー!」


「そうですね」


 なんて他愛のない話で盛り上がっている内に、馬車は城門を抜けて王城の正面扉へ到着しました。馬車から降りた私たちを出迎えたのは、軍服を着た亜麻色の髪の女性です。


 はて、どこかで見覚えがあるような……?


「お、お母様……」


 私の後に馬車を降りてきた師匠が、女性を見て身を強張らせます。


 そうでした、師匠のお母さんです。どこかで見たと思いましたが、師匠のお母さんとは半年ほど前に出会った事があります。あの時は奇怪なお面をつけていてほとんど顔を見る機会がありませんでしたが、こうして師匠と見比べてみるとそっくりです。


 師匠とアリシアの母親……というより、ちょっと歳の離れたお姉さんに見えます。


「待っていたわ、アリス。それに、ロザリィ様とアリシア、ニーナさん。……それから、ミナリーさん」


「お久しぶりです、師匠のお母さん」


「アメリアよ。アメリア・オクトーバー。ごめんなさい、この前は自己紹介をしていなかったわね」


「え、えぇっと……? いつの間にミナリーとお母様は知り合ってたの……?」


 師匠は戸惑った様子で私とアメリアさんに問いかけてきます。どう答えたものかとアメリアさんの方を見ると、彼女はイタズラをする子供のような笑みを浮かべて唇に人差し指を当てていました。


 なるほど。


「ヒミツです」


「えぇっ!? 師匠すごーく気になっちゃうよぉっ!」


 教えてよぉと抱き着いてくる師匠をテキトーにあしらいつつ、わたしたちはアメリアさんの案内で謁見の間へと通されました。荘厳な作りの扉を前に、ごくりとニーナが喉を鳴らします。


「こ、この扉の向こうに女王陛下がいらっしゃるんですね……!」


「はぁ、憂鬱ですわ」


「こらこら、気持ちはわかるけど口に出すもんじゃないわよ」


「あはは……」


 溜息を吐くロザリィをアリシアが窘め、師匠はそれを見て苦笑します。むぅ……。どうやら3人だけで通じる何かがあるようですね。気になります。


「陛下、子供たちを連れてきました」


 アメリアさんが扉の向こうに呼びかけると、扉はゆっくりと内側に開きました。部屋の中央へ足を進めた私たちの視線の先、王座には誰も座っていません。


「あ、あれっ? 誰も居ませんよ?」


 ニーナが首を傾げて疑問符を浮かべます。一方、師匠は「相変わらずだなぁ」と苦笑してアリシアは「まったくもう」と呆れた様子、ロザリィにいたっては「頭痛がしてきましたわ……」と頭を抱えていました。


 そしてアメリアさんは慣れた様子ですまし顔です。


 いったい女王陛下はどこに消えたんでしょうか。まさか扉の陰に隠れてこちらへこっそり忍び寄ってくる白銀色のドレスを着た金髪の女性が女王陛下だとは思えませんが……。


「だーれだっ?」

「うひゃいっ!?」


 その女性はニーナの背後に立つと、ニーナの視界を掌で奪って尋ねます。


「だ、だだ誰ですかぁ!?」


「ヒント、この中の誰かのお母さんです!」


「え、えぇっ? し、師匠さんとアリシアさんのお母様はアメリア様で、えぇっと、ロザリィ様のお母様は女王陛下だし、だけどわたしのお母さんは行方知れずで……」


「ちなみに私の母でもありません」


 師匠と旅に出て以来、会っていません。今もまだスークスで暮らしているのか、それすらわかりません。


「ということは、え、えぇーっと……?」


 消去法で答えは絞られるのですが、ニーナはその現実を受け入れられないのか混乱した様子で答えに窮しています。


 それを見かねて、ロザリィは溜息を吐きながら助け舟を出します。


「わたくしのお母様ですわ」


「な、なぁーんだ。ロザリィ様のお母様……――って女王陛下じゃないですかぁっ!!」


「だいせいかぁ~い!」


 ニーナから離れた女王陛下は華麗なステップでクルクル回りながら移動し、すちゃっと王座に腰掛けます。


「わたくしこそがこのフィーリス王国の女王――シユティ・マグナ・フィーリス。初めましてですね、ニーナ・アマルフィアさん。そして、スークスの神童、ミナリー・ポピンズさん」

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