第55話 満を持して
「くくくっ。あははははははははははっっっ!!」
ふらふらと立ち上がったクロウィエルは自身の体を抱いて高らかに笑った。
「なんじゃ、これは。儂の体に魔力が漲っておるわ。これほどの魔力は初めてじゃ。あの餓鬼どもの仕業かのぅ。期待なんぞしておらんかったが、殊の外やりおるではないか……!」
「この魔力は、まさか……」
ミナリー……?
間違えるわけがない。五年間ずっと一緒に過ごして、片時も忘れたことがない最愛の弟子の魔力。それが今、クロウィエルの体から溢れ出している。
もしかして、ミナリーに何かあったの……!?
すぐに学園へ転移したい気持ちが溢れそうになるのを必死に抑え込む。
ダメ……、ここでクロウィエルを抑えなきゃ大変なことになる!
彼女は魔力を得た人間の姿になり、魔法を使うことができる。それはつまり、ミナリーの姿でミナリーの魔法を好きなだけ使えるということ。その危険性は、この五年間ずっとミナリーと一緒に居たわたしが一番よく理解している。
「くくくっ! あぁ、そうじゃ。この体では少々勝手が悪いやも知れぬのぅ。これだけの魔力を出力するには、相応の器が必要じゃ」
クロウィエルはくるりとその場で回って見せる。姿を変える時の動き……!
まさかミナリーの姿になるつもりじゃ……!?
なんて身構えたわたしの前に姿を現したのは、大好きな弟子の姿ではなくて。
漆黒のワンピースを着た背の高い大人の女性。赤髪は腰の位置まで伸びて、頭の角はより長く、背中の翼はより大きく。さっきまでのクロウィエルの姿がそのまま成長したような姿だった。
「ふむ……。この体は儂の体じゃったのか。道理でシックリきていたはずじゃ。人間だった頃の記憶なんぞほとんど残っておらぬのにのぅ」
「クロウィエル……!」
「む? なんじゃ、小娘。まだおったのかのぅ」
自分の成長した体を眺めていたクロウィエルは、まるでわたしの存在なんて眼中になかったかのような反応をする。彼女はやや面倒臭そうに右腕を上げて、
「お主はもう用済みじゃ」
「がは――ッ!?」
手のひらを軽く払う。たったそれだけの動作で、わたしは凄まじい衝撃に吹っ飛ばされていた。
背後の岩肌に叩きつけられそうになって咄嗟に〈風壁〉を発動してダメージを緩和する。それでもかなりの勢いで岩肌にぶつかり全身に激痛が走った。
「ぐふっ……」
肺から強制的に空気が吐き出され、血の味が喉の奥から溢れ出てくる。痛い……けど、意識は何とか失ってない……!!
今の攻撃、魔法を発動させた感じじゃなかった。まさか、魔力……? ただただ魔力をぶつけられただけで、吹っ飛ばされた……!?
「くくくっ、体の奥底から魔力が溢れ出してきおるのぅ。これだけの魔力があれば、魔王様の復活も容易いはずじゃ。……いいや、それももはや不要かのぅ? 今の儂は魔王様を超える力を得た魔人……否、魔神なのじゃから」
「……返して」
「む?」
ゆっくりと、体を起き上がらせる。痛い、全身がすごく痛い。どこかから出血しているのか、足元にぼたぼたと血が滴り落ちていた。視界も少し霞む。言葉を口にするたびに血の味が舌の上に広がる。
それでも、
「ミナリーの魔力を、返して!!」
あの子の魔力を悪用させたくない。
ミナリーは優しい子だ。あれだけの才能と魔力を持っていながら、それをひけらかそうとしなくて。余程のことがなければその力を人に向けようともしない。
その気になれば近衛魔法師団でも、冒険者ギルドでも、富も名声も権力も好きなだけ手に入れられるのに。
『共に魔法の深淵を目指すんですよね? 師匠がそう言って私を弟子にしたんじゃないですか』
そう言ってミナリーはわたしの傍に居てくれた。
「わたしの自慢の、大好きな弟子の魔力を――あなたなんかに、好きにさせてたまるか!!」
――魔力開放。
出し惜しみはしない。躊躇もしない。手は絶対に抜かない。最大魔力、わたしが今出せる全力を叩き込む!!
「凍てつき眠れ――〈
体内から魔力がごっそり抜けて、固く握った杖がバシィッと音を立てて砕け散った。
解き放った魔力は全てを凍らせる絶対零度の世界を生み出す。生命も、そうでないものも、全てが凍てつく死の牢獄。いかなる存在も、〈氷獄〉の中では等しく氷に閉ざされる。
「褒めてやるのじゃ、小娘。人の身でよくぞその領域に足を踏み入れた。――じゃが、魔人から魔神と成った儂はもうその領域にはおらぬのじゃ」
「――ッ!?」
クロウィエルが持ち上げた手の先に炎と化した膨大な魔力が迸る。
その魔法は……っ!!
「〈
火の系統魔法の一つの到達点。膨大な魔力を業火に変え、飲み込む全てを焼き尽くす究極の魔法。お母様ですら使用には十秒ほどの時間が必要なのに、それを一瞬で……!?
氷獄と炎獄。二つの魔法がぶつかり合い、世界が白く染まった。
火と氷の魔法は互いに反発しあう。二つの魔法がぶつかり合った結果、爆発した。荒野が消し飛びそうなほどに。
「あ……っ」
ダメだ、魔力がもう……。爆風を防げるだけの魔力が残ってない。なまじ残っていたとしても、わたしの手に杖はなかった。
「ごめん、ミナリー……」
わたしは死を覚悟して、ぎゅっと目を閉じる。
「何に謝ってるんですか、師匠?」
「だって、わたし死んじゃった」
「それは謝ることですか?」
「だって、わたしが死んだら一緒に魔法の深淵を目指すって約束……果たせなくなっちゃう。ごめん、ごめんね、ミナリー……!」
「……はぁ。師匠、そろそろ目を開けて現実に戻ってきてください」
「……へ?」
ぎゅっと閉じていた瞼を開く。すると目の前には、ミナリーの背中があった。
「おはようございます、師匠」
「あ、あれっ? わたし、死んでない!?」
「当たり前です。私が師匠を殺させるわけがないじゃないですか」
「あ……」
ミナリーとわたしを包み込むように、〈風壁〉が発動している。凄まじい爆風と衝撃を、ミナリーの〈風壁〉はびくともせず耐え抜いていた。
「お疲れさまでした、師匠。後は弟子の私に花を持たせてください」
「……体調はもう大丈夫なの?」
「お陰様で。師匠のキスが効いたのかもしませんね」
「――~っ! ミナリーのバカっ!」
ソッポを向いたわたしにミナリーはクスっと笑って、手に持った杖を軽く振るった。
「〈暴風の
巻き起こった暴風は爆発の衝撃で立ち込めた砂煙を一瞬で消し飛ばし、巨大なクレーターができた荒野の景色が澄み渡る。
クレーターの向こうで、クロウィエルがわたしたちの姿に眉を顰めた。
「あの爆発で無傷じゃと……? その女はなんじゃ?」
「あなたが今回の黒幕ですか? 見たところ人間ではなさそうですが」
「如何にもじゃ。儂の名はクロウィエル。魔王サタナエルの第三の僕……じゃったが、それももはや過去の話じゃな。儂はこの膨大な魔力を得て魔人から魔神へと至った。もはや魔王様を復活させる必要もあるまい。儂が魔王様の代わりに、この世界を支配すればよいだけの話じゃからのぅ!」
「……なるほど、つまり手加減の必要はない相手ということですね」
「何をするつもりじゃ?」
訝しげな表情を浮かべるクロウィエルの前で、ミナリーは小さく息を吐く。
そして、
「――〈魔力開放〉」
ミナリーの体から世界全てを飲み込みそうなほど莫大な魔力が溢れ出した。
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