第56話 圧倒
◇◇◇
「――〈魔力開放〉」
「……ッ!?」
突如として放たれた途方もない魔力の奔流に、クロウィエルはただただ戦慄することしかできなかった。
なんじゃ、何なのじゃこやつは!?
銀色の髪をたなびかせ、真っ赤な瞳を光らせる。見てくれは王立魔法学園の制服を着た、ただの少女だ。その少女から膨大な量の魔力を感じる。その総量は、クロウィエルの体内で滾る魔力を遥かに超えていた。
ありえんのじゃ。こんなこと、あってたまるものか!!
魔王も、魔神も凌駕するほどの魔力量。それをたかが王立魔法学園の一生徒が持っているなどというバカな話があってたまるものか。現実的に考えて、そんなことがあるわけがない。
だとすれば、
「くくくっ。小賢しいのぅ。魔力を多く見せる幻覚魔法とは。儂の感覚をここまで狂わせるとはなかなかのものじゃが、そのような張りぼてにいつまでも騙される儂ではないのじゃ!!」
クロウィエルは自分にそう言い聞かせながら魔力を練り上げる。おそらく幻覚魔法で時間を稼ぎ、逃げる算段を立てるつもりなのだろう。これだけの魔力を得た以上、もはや逃げようが何しようが構うことはない。
だが、
「幻覚かどうか、確かめてみますか?」
「望むところじゃ! 消し炭になるとよいわ!!」
クロウィエルは自身の体に宿った魔力に酔いしれていた。神にも届く力を得たという自信と慢心が、思考から逃げるという選択肢を奪い去る。
小娘の一人や二人、蹴散らさずして何が魔王じゃ! 消し炭にしてくれるわ!!
「〈炎獄〉!!」
アリスの〈氷獄〉にぶつけた時よりも遥かに魔力を込め、地獄の業火を叩き込む。
ミナリーは迫る業火を前にして、
「〈
杖を軽く振るう。たったそれだけの動きで、〈炎獄〉が凄まじい暴風に消し飛ばされた。
「は、え……?」
なんじゃ……? なんじゃなんじゃなんじゃ!? はぁああああああああああああ!?
もはやなんと言葉にしていいかもわからない。クロウィエルの頭は完全にパニック状態だった。
ありえん、ありえんじゃろ!? 杖をちょっと振っただけで儂の〈炎獄〉が消し飛ばされたんじゃが!? 儂は何か悪い夢でも見ておるのかのぅ!? そうじゃ、きっとそうに違いない! これは悪夢に違いないのじゃ!!
「どうしたんですか、クロウィエル。これで終わりですか? ……なら、こっちから仕掛けさせてもらいますが」
「の、望むところじゃ!」
半ば自棄になってクロウィエルが叫んだ直後、ミナリーの足元の地面が爆ぜた。そして、人間とは思えない物凄い速さでこちらとの距離を詰めて来る。
魔力による身体能力強化じゃと!? それに、火魔法を加速に使っておるのか!?
「じゃが、魔法使いが接近戦なんぞ!! 〈吸魔の書〉よ、生意気な小娘の魔力を吸い取ってやるのじゃ!!」
クロウィエルは持っていた魔導書に命令し、ページの合間から大量の蔓をミナリーに向かって殺到させる。魔力を奪うため、というよりは迎撃ついでに少しでもミナリーの魔力を削ってしまいたい。そんな意図があったのだが、
「〈
「なぬ……っ!?」
ミナリーの手に光り輝く氷の剣が握られたと同時、〈吸魔の書〉から伸びた蔓がバッサリと切り裂かれた。
「なぜじゃ!? 蔓に触れた瞬間、魔力を吸い取って剣は消えるはず――」
言葉にして、クロウィエルはようやく気付く。
「まさか、その剣には魔力がないのかのぅ……!?」
「これは剣の形をした切れ味がいいだけのただの氷です」
「そんなもので儂を殺せると思わぬことじゃな!!」
「思ってないですよ。ただ、その本は封じさせてもらいます」
「なんじゃ!?」
〈吸魔の書〉の斬られた蔓の断面、そこからミシミシと音を立てながら氷が広がっていく。
魔法……じゃが、氷の剣に魔力はなかったはずじゃ! そもそもこやつは杖を持っておらぬ。まさか杖なしで魔法を使っておるのか……!?
「だとしても蔓は魔力を吸収するはずじゃ!! それを凍らせることなんぞ!」
「凍らせているのは蔓ではありません。蔓の表面に付着した水です。この蔓は触れたものの魔力を奪いますが、水に魔力はありませんから。魔力を含んだ冷気との間に水があれば、魔力が奪われることはないんです」
「お主、〈吸魔の書〉を分析しおったのか!?」
「はい。ちょうど一冊手に入りましたから、隅々まで調べさせてもらいました」
「くっ!!」
このまま〈吸魔の書〉を持ち続けていれば腕まで凍らされる。クロウィエルは惜しみながらも魔導書を手放し、ミナリーから距離を取るべくバックステップを踏んだ。
「〈蒼炎の大槍〉!!」
逃げると同時に放った魔法は、
「〈風壁〉」
ミナリーの風魔法によって軽く防がれてしまう。
なんなのじゃ、こやつは!?
魔力量から魔法に至るまで規格外な少女に、クロウィエルは勝ち筋を全く見出すことができなかった。儂は魔人も魔王も超えた魔神なのじゃぞ!? こんな小娘に負けるじゃと……!?
圧倒的で絶望的な力の差が存在していることを、もはや認めざるを得ない。
だが、
「そのような馬鹿な話があってたまるものかぁああああああああああああっっっ!!!!」
クロウィエルは魔力を爆発させた。もはや後も先もない。たとえこの体を構成する魔力を使い果たしたとしても今この場でこのバケモノを消し飛ばす。
「滅びるのじゃ‼ 〈
「無駄です。〈
ミナリーの魔法はクロウィエルを包み込むように風の巨大なドームを作り上げた。その内部では全てを吹き飛ばす破壊の暴風が吹き荒れ、それ以前に、
「儂の魔法が――」
クロウィエルごとドームの内部に閉じ込められた。彼女の魔力のほとんどを使って作り上げた煉獄の業火は、行き場を失ってドームの内部で荒れ狂う。炎は風と同化し、ドームの内部は獄炎の暴風が吹き荒れる地獄となった。
「馬鹿な、こんな……あんまりじゃぁああああああああああああああぁぁぁ……――」
泣き叫ぶクロウィエルの声は、炎と暴風の中に溶けて消えていった。
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