第48話 クロウィエルの分析

   ◇◇◇


 唐突に降って沸いた王立魔法学園の女生徒を、クロウィエルは注意深く観察していた。


 確か、アリス・オクトーバーじゃったな……。


 存在自体は認識していた。今年の新入生第四席。彼女が持つ桁外れの魔力量はクロウィエル自身にも匹敵するほどだ。数百年と生きてきたクロウィエルが知る限りでは、彼女ほどの魔力量に至った人間は他にいない。


 ……あれはさすがに見間違いじゃろうからのぅ。


 入学式の壇上からちらりと見えた、クロウィエルから見ても常軌を逸した魔力量の少女。さすがに見間違いだろうと改めて意識を向けた時には、平均程度の魔力を持つ普通の女生徒だった。そんな彼女の二つ隣に座っていたのが、アリス・オクトーバーだ。


 クロウィエルは初めからアリスをターゲットにしていた。自身に匹敵するほどの魔力量だ。愛しの魔王様を復活させる糧として大いに期待できる。


 アメリアから魔力を奪い始末した後に、クロウィエルは王立魔法学園に行きアリスや他の目星をつけた生徒から魔力を奪うつもりでいた。


 くくく、こちらから探しに行く手間が省けたのぅ。


「お母様、大丈夫ですか!?」


「馬鹿者! 敵から意識を外してはいけません!」


「ご、ごめんなさいっ!」


 駆け寄ってきた娘をアメリアが一喝している。どうやら彼女からはアリスがクロウィエルへの注意を怠ったように見えたらしい。


 違うのぅ。


 今のタイミングで踏み込んでいたら間違いなくやられておった。


 隙を見せたようでそうではない。彼女の手には杖が握られ続けており、その切っ先は背中を向けながらもクロウィエルを捉え続けていた。迂闊に接近いていたら至近距離から先ほどの氷魔法を食らうことになっていただろう。


 そうなったらいくら人間よりも丈夫な魔人の耐久力といえどもただでは済まなかった。


「アリス、あなたがなぜ……いいえ、何でも構いません。私のことは捨て置きなさい。今は目の前の敵に集中するのよ」


「は、はい! 角と翼の生えた女の子……?」


「彼女は魔人クロウィエル……。気をつけなさい、アリス」


 クロウィエルは状況を冷静に分析する。構図としては二対一……いいや、もはやアメリアには立ち上がる力すら残されていまい。となれば、クロウィエルとアリスの一騎打ち。魔力量はイーブンだが、魔法の威力はおそらくアリスが上だろう。打ち合いとなればクロウィエルに不利か。


 ならば、揺さぶってやるだけじゃ。


「早くアメリアを治療してやった方がよいと思うんじゃがのぅ。儂の魔法を至近距離で食らったのじゃ。かなりのダメージを負っておる。待っておるから、早く〈ヒール〉をかけてやるのじゃ」


「聞く耳を持てば奴の思うつ――ぐふっ……」


「お母様!?」


 アメリアは咳き込みながら再び血を吐き出した。やはり内臓には相当なダメージが入っているのだろう。このまま放っておいても死にそうじゃな、とその様子を見てクロウィエルは思う。やはり目下の敵はアリス・オクトーバーただ一人だ。


「どうした、〈ヒール〉してやらぬのか?」


「…………ごめんなさい、お母様。もう少しだけ我慢してください」


 アリスはこの場でアメリアを治療しようとはせず、杖を構えてクロウィエルと相対する。


 冷静な判断じゃな。もう少し動揺を誘えるかと思うたが……。


「あなたが、ドラコくんが言っていた『あのお方』でいいのかな」


「あのお方? ああ、あの餓鬼が漏らしおったのか」


 ドラコに渡した〈吸魔の書〉上巻には精神制御の魔法回路を仕掛けておいたが、襲撃計画に関する口止めは用意していなかった。ただ、やってきたのがアリスだけだというところを鑑みるに、計画通り誘導と足止めだけは上手くやっているようだ。


「そうじゃと認めたら、お主はどうするのじゃ? お母様を殺そうとした儂を殺すのかのぅ?」


「……そんなことしない。アリシアや大勢の人の魔力を奪って、ロベルトさんたち家族を苦しめた罪を償ってもらうよ!」


「はっ、とんだ甘ちゃんじゃのぅ!」


 戦いとは殺すか殺されるか。


 それを理解していないのは、おそらくアリスが戦争や殺し合いとは無縁の生活を送ってきたからだろう。それがわかっただけでも大きなアドバンテージが得られた。殺す気で来ない相手ほど、戦いやすい相手も居ないのだ。


「来るならさっさと来たらどうじゃ? なぁに、儂もお主を殺さぬよ。その膨大な魔力は魅力的じゃからのぅ。四肢をもいで魔力袋にするにはピッタリじゃ」


「〈氷槍〉!」


「おおっと!」


 アリスの杖の先から放たれた氷の槍を、クロウィエルは体を限界まで反らせて間一髪で避ける。殺さないと言いながら確実に取りに来た。避けられることは想定済み。もしくは当たっても致命傷にならないと判断したか。


「どうやら少しは楽しめそうじゃな!!」


 クロウィエルはすぐさま反撃に移る。ひらりととワンピースをはためかせながら、腕を振るって不可視の斬撃を撃ち放つ。


「〈氷壁〉!」


 アリスの目の前に氷の壁が立ち上がり、不可視の斬撃は氷の表面を深く抉るだけに留まった。〈氷壁〉を解除したアリスは即座に攻撃へ移ろうとして、目の前に立つ母の姿に目を丸くする。


「お母様!?」


「残念、儂じゃよ」


 魔力を奪ったものの体になれるクロウィエルの特殊能力。そのコピーの範囲は体だけに留まらない。記憶、そして魔法すらもクロウィエルは我が物とする。


「〈蒼炎の大槍〉」


「それはお母様の――ッ!?」


 アメリアの姿となったクロウィエルが放った火魔法がアリスに襲い掛かる。アリスはとっさに〈氷壁〉を展開するも、一瞬の戸惑いが彼女に魔法の行使を遅らせていた。


 未完成の〈氷壁〉に〈蒼炎の大槍〉が激突。氷の壁はみるみる食い破られ、アリスとアメリアを蒼炎が飲み込む。


「ふむ、ちとやりすぎてしまったかのぅ」


 アメリアはともかく、規格外の魔力を持つアリスには死なれては困る。あれほどの魔力の器はそうそう居ない。おそらく大やけどを負っているだろうが、死なない程度に治してやろう。赤髪の少女の姿へと戻ったクロウィエルはアリスのもとへ歩き出そうとして、


「――ッ!?」


 背後から感じたプレッシャーに、咄嗟に振り返って全力の風魔法を叩き込む。直感より遅れて視界が捉えたのは氷の槍。全力の風魔法によって僅かに軌道が逸れた槍は、クロウィエルの頬を浅く切り裂いて後方に着弾する。


「ほおぅ。面白い魔法が使えるようじゃのぅ」


 氷の槍が飛んできた先、そこには杖を構えるアリスとその足元に倒れ伏すアメリアの姿があった。〈氷壁〉が食い破られる寸前、アリスは魔法を受け止めることを諦めアメリアを抱えて〈転移〉したのだ。


 〈転移〉が使える魔法使いは非常に少ない。数百年の時を生きるクロウィエルが出会ってきた者の中には、〈転移〉を使える魔法使いは一人もいなかった。


 膨大な魔力を持つだけでなく〈転移〉までも使える人間の魔力。


「くくくっ。アリス・オクトーバー。お主の魔力、是が非でも手に入れねばならぬようじゃなぁ」

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