第42話 魔力酔い(ミナリー視点)

 その後、学園の所有する魔導書一覧との照らし合わせが行われた結果、やはり今回の事件では三冊の魔導書が盗難被害にあっていることが判明しました。


 被害にあった魔導書の名は、〈吸魔の書〉。上中下の三冊で構成される魔導書で、その効力は魔力の吸収と保有者への譲渡。王都で連日発生しアリシアを襲った通り魔事件で使用された魔導書と合致します。


「侵入者の狙いは、初めから〈吸魔の書〉だったと考えるべきかしら」


「だとしたら疑念が残りますわね。学園にどのような魔導書があるかは国家機密ですわ。ここに〈吸魔の書〉があると知る者は限られているはずです」


「……だったら、その限られた者の中に内通者がいたと考えるのが妥当ね。どちらにせよ、彼から詳しい話を聞けばわかることだわ」


 書庫の前で話し込んでいたアリシアとロザリィが、ロベルト・グレンジャーの方へ歩み寄っていきます。その様を私は少し離れたところで見つめていました。


「ミナリー、吐き気おさまった?」


「……いえ、ぅぶ」


 私は師匠に膝枕をしてもらいながら仰向けに寝転がっていました。酷い吐き気と頭痛、あとは眩暈がして立っていることができません。


 ニーナに〈ヒール〉をかけて貰っていますが症状の改善は見られませんでした。これでも書庫を出たので少しはマシです。少なくともこれ以上は酷くならないと思います。


 人混みで魔力に酔うことはこれまでも何度かありましたが、これほどまでにダメージを受けた経験は初めてでした。おそらく、書庫の中にある魔導書のどれかが致命的に私と相性の悪い魔力を発していたのでしょう。


 もしかしたら、いわくつきの魔導書でもあったのかのかもしれません。


 とにかく、今の体調は最悪の一言です。今の状態ではろくに魔法も使えないです。


「ど、どうしよう……? ミナリー、わたしに何か出来ることってあるかなぁ?」


「そう、ですね……」


 師匠に出来ることは……おそらくないかもしれません。しばらくすれば自然に治ると思うので、しいて言えばこのまま膝枕を続けてほしいです。師匠の太ももは太いわけでもないのに柔らかくてふわふわなので、枕として最高の寝心地なのです。


 ですが、そうですね……。


「師匠がキスをしてくれたら治るかも」


 なんて、冗談です――と。


 言う前に師匠の唇が私の口を塞ぎました。それからたっぷり数十秒。師匠の柔らかい唇が私の唇に押し付けられ続けます。やがてゆっくりと唇を離した師匠は顔を真っ赤にしてごしごしと手で口元を拭いました。


「ど、どう!? これで少しは楽になったかな!?」


「……むしろ、悪化したかもしれません」


「なんでっ!?」


 だって、心臓が変なんです。普段よりも明らかに速く、そして強く脈打っています。これが俗にいう不整脈というやつかもしれません。頭痛や吐き気は少しだけマシになりましたが、不整脈のほうがより重篤です。


 師匠とそんなやり取りをしている内に、アリシアとロザリィはロベルトへ話しかけていました。


「ロベルト・グレンジャー。そろそろ話していただきますわよ。あなたの家族を人質に取り、あなたに書庫への立ち入りを妨害するよう指示した者のことを」


「……恐れながらロザリィ殿下、アリシア様。どうかお願いがございます」


「この期に及んでなんですの?」


「どうか、私共家族の身の安全を保障いただきたいのです」


 ロベルトに続きその妻までもが床に額をつける勢いで頭を下げました。ロザリィとアリシアは顔を見合わせて頷きます。


「それは構わないわ。オクトーバー家の名に懸けて貴方達の身の安全は保障する」


「わたくしも同意です。フィーリス王国も協力も惜しみませんわ。ですが、いささか大げさではありませんの? 賊を捕まえるまではもちろん危険かもしれませんけれど」


「賊ではありません!! ロザリィ殿下、アリシア様、これは反逆です!」


「反逆……?」


 ロザリィが反芻したその時でした。


 ドォオオオオ……という鈍い振動が建物全体を揺らします。


 地震ですか……? それにしては揺れの感覚が短く、振動は連続して何度も図書館を揺れ動かしていました。


「あの、外が騒がしくありませんか……?」


 始めに気づいたのはニーナでした。窓から外の様子を見ていたニーナによれば、校門のほうから何人もの生徒が校舎に向かって走って行くのが見えるそうです。今日は昨日に引き続き休日で授業はないはずですが……。


「校門の方で何かがあったようですわね」


「……様子を見に行った方が良さそうだわ」


 ロザリィとアリシアは連れ立って校門の様子を見るため図書館の出口へ向かいます。私も師匠に肩を借りて後に続こうとしたところで、ロベルトが私たちを呼び止めました。


「ロザリィ殿下、アリシア様!! 私共を脅迫し魔導書を盗んだ犯人は……セプテンバー公爵家の長兄、ドラコ・セプテンバー様です!!」


「ドラコ……!?」


「セプテンバーですって!?」


「うそ、ドラコくんが……?」


 ロザリィとアリシア、そして師匠も目を見開いて驚きを露にする。


 ドラコ・セプテンバー。確か入学試験で師匠が瞬殺した男の名前でしたか。そして社交界では師匠の悪評を好き勝手に流していた最低の糞野郎。


 ……ですが、本当に? 何かが引っ掛かります。けれど、頭痛と吐き気に苛まれる今のコンディションでは考えが思うようにまとまりません。


「……まさか彼が。間違いはありませんわね、ロベルト・グレンジャー」


「はい!! ドラコ様自ら名乗られ、顔も見ております。間違いございません!!」


「一連の事件がドラコの仕業だとしたら、これは大事になりかねないわ。母様に指示を仰いだ方がいいわね……」


「ですわね。陛下にも伝えて指示を仰ぐ必要がありますわ」


 既に廃嫡されているとは言え、有力貴族の長男による魔導書の窃盗と連続通り魔事件。おそらく数週間は王都の新聞各社を賑わせそうな大スキャンダルになりそうです。


 でも、やっぱり何かが引っかかります。ロベルトの妻子にかけられていた呪いは相当な手練れによるものでした。ドラコ・セプテンバーという男は、呪いに精通している者なのでしょうか。


「あ、あれっ!」


 と、急にニーナが窓の外を指さして声を上げました。


 見れば校舎の方へ走る生徒たちが、次々に植物の蔓のようなものに巻かれ地面に倒れこんでいます。あれは、まさか……。


「〈吸魔の書〉よ!!」


 弾かれたようにアリシアたちが走り出します。私も師匠に支えられながら建物の外へ出ると、校門から校舎へ続く道には生徒だけでなく教師や警備の魔法使い、大勢の人間が魔力を失って倒れこんでいました。


 そして、校門の前にたたずむのは黒色のローブに身を包んだ何者か。


 白昼堂々の襲撃者が、私たちの目の前に立ちはだかっていたのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る