第41話 魔法の言葉(ミナリー視点)
「ミナリー、あんた呪いの解呪なんてできるの?」
母子の傍に膝をついた私にアリシアが問いかけます。
「呪いも魔力を用いる魔法の一種です。それなら、私に出来ない道理はありません」
魔法と呪いの違いを一言で表すなら、複雑さが違います。魔法は言ってしまえば魔力の集合体。一方で、呪いは魔力によって形作られた糸を編んだマフラーのようなものです。
複雑に絡み合った魔力がそれぞれに意味を持ち、一つの呪いを形成しています。だからそれが一つでも狂えば、呪いは呪いとしての形を保てなくなり消滅するはずです。
ただ、狂わせる魔力の糸を間違えれば解呪には失敗してしまいます。幾つもの魔力が複雑に絡まりあう呪いを解くためには、繊細な魔力コントロールが要求されます。
私にとって生まれた瞬間から魔力とは身近なものでした。当たり前に見えて、当たり前に操れる不思議な力。両親が気味悪がるのもわかります。それは誰にでも出来ることではなかったんです。
私はこの力を嫌っていました。誰からも疎まれて、誰からも拒絶されてしまうなら、いっそのこと……。そんな考えが浮かぶようになった頃に、出会ったんです。
「ミナリーなら、大丈夫だよ」
私を認めてくれる存在に。優しく包み込んで、背中を押してくれる師匠に。
不意に、左手が優しい温もりに包まれます。見れば私の隣に膝をついていた師匠が、両手で包み込むように握りしめてくれていました。
ありがとうございます、師匠。
師匠のこの温もりに、私は何度も救われました。幼い頃の嫌な記憶を払拭できたのも、師匠のこの温かみがあったからに他なりません。
……大丈夫。師匠がそう信じてくれているのですから。
母親に抱かれ穏やかに眠る赤ん坊の腹部に手を触れます。呪いが発動すればこの子の命は失われてしまいます。よほどの手練れが仕込んだのでしょう。実際に呪いに触れてみればその複雑さが嫌というほど伝わってきました。
ですが、この程度なら造作もありません。
複雑に絡まりあう魔力の糸を、一本一本紐解いていきます。気の遠くなるような繊細な作業。それでも集中を切らさずに居られるのは、ずっと師匠が手を握り続けていたからでした。師匠の手から伝わる熱が、私を優しく包み込むからでした。
最後の魔力の糸を取り除き、呪いから赤ん坊を解き放ちます。赤ん坊は私の存在にすら気づいていないようで、穏やかな寝顔で母親に抱かれ続けていました。
その後母親の解呪にも成功し、私たちは彼女たちも連れて学園の前に〈転移〉しました。
学園の敷地内には外から内への〈転移〉を妨害する結界が張られているので、〈転移〉で外へ飛ぶことは出来ても中に飛ぶことは出来ません。ここからは徒歩移動です。
ロベルトの妻子よりも先に早足で大図書館に到着した私と師匠とアリシアを、ニーナとロザリィが出迎えます。
「ミナリーさんっ! 急に〈転移〉して居なくなるからビックリしました!」
「アリスさまとアリシアも! いったいどこへ行っていましたのよ!?」
と、いきなりニーナとロザリィに問い詰められました。特に何も考えずに近くに居た師匠とアリシアを連れて行ったのですが、この二人に説明をするのをすっかり忘れていましたね……。
状況は変わらず。書庫の前にはロベルトが立ちはだかり、ロザリィとニーナは私たちが戻ってくるのを待ち続けていたようです。解呪にかなりの時間をかけてしまいましたが、どうやら近衛魔法師団はまだ到着していない様子でした。
戻ってきた私たちに、ロベルトは不審そうな目を向けています。そんな彼に向って、一歩前に出たアリシアが告げました。
「ロベルト・グレンジャー。あなたが抱えていた問題は解決したわ。もうそこから退いても構わないわよ」
アリシアがそう言った途端、私たちの間を縫って赤ん坊を抱えた女性がロベルトに駆け寄ります。
「あなたっ!」
「ど、どうしてここに!? 呪いは……っ!?」
飛び込んできた妻と娘を抱きしめたロベルトは目を白黒させていました。
「呪いは解呪しました。もうその二人に危害が加えられる心配はありません。誰を書庫に入室させても、呪いが発動することはないです」
私がそう伝えると、ロベルトは全身の力が抜けたかのように妻と子とともにその場へ座り込んでしまいます。そして、赤ん坊を抱えた妻と共に肩を寄せ合って泣き出しました。
私たちは顔を見合わせて、魔導書の書庫へと足を踏み入れます。ロベルトには尋ねなければならないことが幾つもありますが、それは後回しにしても問題ないはずです。
書庫内部の書架には数百冊という魔導書が収められていました。天井まで伸びる書架の全てに魔導書が所狭しと並び、その全てが微弱な魔力を発しています。
それを感じ取った直後、私は己の失敗を悟りました。
人一倍魔力に敏感な私は、数百種類の魔力に充てられて急激な吐き気を催したのです。
「う、ぐ……」
「み、ミナリー? どうしたの、大丈夫……?」
口元を抑えて腰を曲げた私の顔を、師匠が心配そうに覗き込みます。
「ちょっと、魔導書の魔力に酔っただけ、です。これくらい……うぷっ」
「だ、大丈夫じゃなさそうだよ!?」
師匠が優しく背中をさすってくれますが、吐き気は改善されません。魔導書から溢れ出る禍々しい魔力は今も私を苛み続けています。一冊一冊では大したことない微細な魔力ですが、それが数百冊と合わさってドロドロとした不快な魔力へと変質しているようです。
まるで悪臭漂う泥の中を進むようでした。それでも吐き気に耐えながら書庫の奥へ進むと、アリシアとロザリィが立ち止まっています。その視線の先には書架の一角……ぽっかりと開いたスペースがありました。
ここが盗まれた魔導書が収められていた場所。
ですが、これは……。
「ものすごく分厚い魔導書が盗まれた、とは考えられませんわよね?」
「可能性としては低いわね。あたしが見た魔導書は、この三分の一くらいの分厚さだったわよ」
少なくとも2冊分以上の隙間が空いた書架を前に、アリシアとロザリィは言葉を交わします。どうやら盗まれた魔導書は、1冊ではなかったようです。
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