第27話 似た者同士(アリシア視点)
それから無事に授業中にお腹が鳴って恥ずかしい思いをしたあたしは、放課後になってすぐミナリーとの約束通りに円形闘技場を訪れた。
ミナリーの姿は既に闘技場にあって、姉さまたちは観覧席に並んで座っている。結局、あたしとミナリーの果し合いを見届けることに決めたようだ。
まあ、果し合いっていうか模擬魔法戦みたいなものだけど。本気で殺すつもりはもちろんないんだから。
「お望み通り来てあげたわよ。さっそく始めましょうか?」
「その前に一つだけいいですか」
「なによ?」
「私はあなたが嫌いです」
ミナリーは感情に乏しい表情でそうのたまった。
面と向かって嫌いなんて言われたのは人生で初めてだ。……でも、不思議ね。ショックはあまり感じていない。それはミナリーが取るに足らない存在だからとかいうわけではなくて、……何というか、知ってたから。
「奇遇ね。あたしもあんたが嫌いよ」
姉さまの傍に居るあんたが嫌い。姉さまに愛されているあんたが嫌い。姉さまの弟子で居られるあんたが嫌い。羨ましくて、妬ましくて、大嫌い。
だから、
「叩きのめしてあげるわ」
杖を抜き、魔力を集中させる。
「〈
魔法が発動し、杖の先から炎の槍が放たれた。同時にあたしは駆け出して、足の裏を爆発させる。
〈
「〈風壁〉」
ミナリーは見たことのない風魔法で〈炎槍〉を防ぐと、接近するあたしを見て目を瞬かせた。
「魔法使いが接近戦ですか?」
「これが最近のトレンドよっ!」
魔法使い同士が中遠距離で魔法を打ち合う戦い方は時代遅れになりつつある。隣国シュバリエ帝国において開発された魔法を使える剣――魔剣の存在によって、魔法分野におけるフィーリス王国の絶対優位が揺るがされようとしているせいだ。
魔剣は近中遠距離において死角がない。魔剣を相手にすれば魔法使いは必然的に接近戦を強いられ、剣術分野において大陸屈指のシュバリエ帝国兵との接近戦には圧倒的に不利となる。
その不利を埋めるために考案されたのが、接近戦における魔法運用。従来の中遠距離での棒立ちで魔法を打ち合う戦い方を捨て、あえて相手の懐に入り込む。
「はぁっ!」
ミナリーとの距離を詰めたあたしは、爆風を利用して加速させた蹴りを放つ。ミナリーはそれをギリギリのところで躱すと、まるで地面を滑るようにあたしから距離を取った。
「今のは……っ!?」
「なるほど、これはなかなか使い勝手がいいですね」
ミナリーが地面を滑るたびに水しぶきが舞う。理屈が〈炎歩〉と同じなのは見ただけですぐにわかった。水系統の移動補助魔法……っ!
「どこでそんな魔法覚えたのよ!?」
「あなたの魔法を見て着想を得ました」
「はあ!?」
ありえない。見ただけで魔法を覚えた!? しかも、火魔法を水魔法に応用!? そんなことできるわけがない。出来たとしたら天才のそれだ。
「……やっぱりあたし、あんたのこと嫌いだわ」
何年もかけて覚えた魔法が一瞬のうちに奪われた。
「姉さまだけじゃ飽き足らず、あたしから努力まで奪わないでよ!」
「……っ!」
ミナリーの顔が強張る。あたしは構わず魔法を放った。〈炎槍〉を餌に本命を叩き込む。本当はここまで本気を出すつもりじゃなかったけれど、こうでもしなくちゃこいつは倒せない。
「
言いかけた時だった。ミナリーの体が爆発と共に宙を舞ったのは。
「へ……?」
誘導のために放った〈炎槍〉。それをまともに受けたミナリーは吹っ飛ばされ、地面をゴロゴロと転がって、壁に激突して動かなくなる。
ちょっと、ちょっとちょっとちょっと!
「どうして避けなかったのよ!?」
倒れこむミナリーにあたしはすぐさま駆け寄った。〈炎槍〉はあたしが使う魔法の中でも比較的威力の低い魔法……とはいえ、まともに受けて無事で居られる保証はない。魔法耐性を持つ制服は酷く焦げ付き、ミナリーは小さく呻き声を上げる。
「魔法って、まともに受けるとこんなに痛いものなんですね」
「あ、当たり前でしょ!? あんた馬鹿なの!?」
観覧席の姉さまたちを見る。確か、一緒に居るニーナって生徒が〈ヒール〉を使えたはず! 三人は観覧席から急いでこっちに向かっていた。
「すぐに助けが来るわ! それまで我慢しなさいよ!」
「……心配してくれているんですか?」
「何言ってるのよ、当然でしょ!?」
「師匠の言う通りですね。あなたは、優しい人です。知っていますか? 師匠によれば、私たちは似ているそうですよ。だから、私たちが嫌いあうのは同族嫌悪なんです」
「はあ……?」
「私はあなたが羨ましいと思っています。師匠と血が繋がっていること。師匠の幼少期を知っていること。師匠と遠く離れても互いに想い合っていること。私はあなたに嫉妬しているんです」
「何よ、それ。あんたの方が姉さまの傍に居るくせに! 姉さまの弟子で、姉さまと一緒に暮らしてたんでしょ!? 5年もずっと、あたしから姉さまを奪ってたんでしょ!?」
「……そうですね。だから、こういう方法しか思い浮かびませんでした」
「――っ! まさかあんた、これで謝ってるつもりなの……? わざとあたしの魔法に当たって、それで罪滅ぼしでもしてるつもり!? だとしたらとんでもない大馬鹿よ!?」
痛みに顔を顰めていたミナリーは自嘲するように笑う。
「素直に謝って聞き入れてくれましたか?」
「それは……――」
例えば昼休みの生徒会室で、こいつが素直に頭を下げてきたとしてもあたしの決意は揺るがなかった。謝罪は当然聞き入れなかったし、姉さまを王都から遠ざけるために自分から模擬魔法戦を提案するくらいのことはしただろう。
「ごめんなさい。こんな方法でしか、あなたに謝罪できませんでした。……どうか、師匠の話を聞いてあげてください。師匠を縛り続けていたのは私です。私が居たから、師匠はあなたの所へ帰れなかった。悪いのは私なんです」
ミナリーは懇願するように言う。
……話を聞いてあげてください、か。
たったそれだけのことを伝えるために魔法を食らったなんて、本当にバカ。
「こんなの、姉さまが望むわけがないじゃない」
「……そうですね。きっと後で師匠に叱られてしまいます」
「本当にバカね、……あたしたちは」
ミナリーのしたことは、あたしのしようとしていることと同じだ。あたしもミナリーと同じ。自分がどれだけ傷ついてでも姉さまを守ろうとしていた。それを姉さまが望まないと知りながら、守りたいはずの姉さまを傷つけてしまうと知りながら。
あたしたちはよく似ている。姉さまがそう言うのも納得できる。こんな自傷行為みたいな方法しか思い浮かばないところとか、本当にそっくり。
「あんたがもっと嫌な奴だったら、話は単純だったのに」
「あなたがもっと嫌な人だったら、私もこんな痛い思いをせずに済みました」
遠くから姉さまたちが駆け寄ってくるのが見えた。
あたしは小さく溜息を吐いて、ミナリーに言う。
「あんたの根性に免じて、少しだけ姉さまと話をしてあげる。…………ありがと、ばかミナリー」
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