第20話 学園生活の始まり

 箒で飛ぶこと1時間ちょっと。さすがに王都に着く頃には涙も引っ込んだ。王都に着いてからは歩いて学園に向かい、まずは敷地内にある学生寮で入寮の手続きを済ませる。


 わたしたちの部屋はそれぞれ女子寮の四階に一人部屋が用意されていた。


「一人部屋ですか……」


「荷物どうしよっか? どうせ一緒の部屋で寝起きするんだし、わたしの部屋の方に全部置いちゃう?」


「えっ?」


「ん? どうしたの、ミナリー?」


「い、いえ。何でもないです。そうですね、その方がいいと思います」


 ミナリーはふるふると頭を振って、荷物を持ってそそくさと階段を上っていく。


 ミナリーったら、わたしと一緒に寝れなくなるのが寂しいなら言えばいいのに。もちろんわたしは寂しいから、ミナリーが嫌がらない限りは初めから一緒の部屋で寝泊まりするつもりだったけどね!


 階段で四階まで上って、わたしに割り振られた405号室に入る。


「おぉ~! 思ってたよりずっと広いよ、ミナリー!」


 寮の部屋は白を基調とした清潔感溢れる、一人用にしては広めの部屋だった。何なら今まで寝起きしていたログハウスの寝室よりも広い。ミナリーと一緒でちょうどいいくらいかも。


 ベッドはセミダブルサイズで、棚や勉強机といった家具も一通り揃っている。他にもテーブルや椅子、ティーセットなんかも充実していた。


 王立魔法学園の生徒は貴族出身が多数を占めていて、時折ロザリィ様のような王族が入学することもある。この調度品の充実はそういった生徒への配慮もあるんだと思う。


 部屋が広いのも、もしかしたら使用人が居る前提だったりするのかも。


 まあそれはそれとして、まずは何よりベッドの寝心地を確かめないとね!


「じゃーんぷっ! わぁ、ミナリー! ベッドふかふかだぁ~!」


「はしゃぐのはいいですが、そろそろ教室に行かないと入学式に遅れちゃいますよ」


「あ、そうだった!」


 荷物整理はひとまず後にして、ベランダに出て箒に跨る。王都上空は飛行制限区域に指定されているけど、王立魔法学園の敷地内だけ指定範囲外になっている。だから階段を使うより箒を使ったほうがずっと早い。


 箒で校舎まで飛んで、入り口に居た受付の先生に教室まで案内してもらう。


 教室に到着すると、既に四十人ほどのクラスメイトが思い思いの時間を過ごしていた。もう四~六人くらいのグループで集まって会話に花を咲かせている子たちも居る。例年合格する生徒の大半が貴族の家の子だから、前からの顔見知りだったのかも。


 かくいうわたしも、あの子はあそこの家の子かなと何となくわかったりもする。その逆もしかりで、何人かわたしに視線を向けたけどすぐに視線を逸らされた。社交界で無能令嬢なんて呼ばれているらしいから、印象はあんまりよくないよねぇ。


 しかもわたしだけ歳が五つも上っていうね……。ちょっと考えるだけで悲しくなっちゃった。


「ミナリー、若返りの魔法って作れそう?」


「不可能ではないと思いますが、師匠は童顔なので実年齢よりは若く見えますよ?」


「気持ちの問題なの! そこはっ! あと実年齢とか言わないでっ!」


「めんどくさ……」


 あぁっ、弟子が排水溝に溜まったゴミを見るような目でわたしを見てくる! そんな目でわたしを見ないで!


「教室の出入り口で何をしていらっしゃいますの?」


 と、教室の中からわたしたちの方へ女の子が歩み寄ってきた。二つに結われた金色の髪が歩くたびに馬の尻尾が弾むように揺れている。


「改めてご入学おめでとうございますわ、アリスさま。それとミナリーも」


「ロザリィ王女殿下! 殿下にあらせられましてもこの度は王立魔法学園への――」


「ストップですわ! んもぅ、アリスさまったら。せっかく級友になれたというのにそのような堅苦しい挨拶は無粋ですわよ。この学園内においては敬語禁止ですわ」


「えぇっ!? さ、さすがにそれは……」


「王女命令ですわよ」


「うぐっ……。わ、わかったよ、ロザリィ様」


「いい感じですわ。でも、その呼び方も気になりますわねぇ。そうですわ、昔のように呼び捨てでロザリィと呼んでくださらないかしら?」


「さ、さすがにそれはちょっと! あの頃は若気の至りだったというか何というか。そ、それにほら、他の人の目もあるし……」


「むぅ。仕方がありませんわね」


 ロザリィ様は不満そうにしながらも、周囲を見渡して納得してくれる。ロザリィ様も社交界でのわたしの噂は耳にしたことがあるはず。王女殿下と無能令嬢。そのやり取りにクラスメイトたちは会話を止めるほどに注目していた。


 親しき中にも礼儀あり……じゃないけど、最低限の節度だけは持っておかないとロザリィ様に迷惑がかかっちゃうかもしれない。昔のように、と慕ってくれる気持ちは本当に嬉しいんだけどね。


「ロザリィ、質問してもいいですか?」


「あなたに呼び捨てを許可した覚えはありませんわよ、ミナリー・ポピンズ」


「あれは何をしてるんですか?」


「聞いてますの!?」


 ミナリーの視線の先。教室の一番奥の席でニーナちゃんが手に持った紙とにらめっこしていた。確かに何をしているのか気になる。


「あぁ……。あれはわたくしが用意していた新入生代表挨拶の原稿を暗記しているんですわよ。どこぞの誰かさんのせいで無駄になってしまいましたし、有効活用ですわ」


「二人は知り合いだったんですか?」


「入学試験の時が初対面ですわ。あなた方が帰ってしまった後、途方に暮れていた彼女に声をかけたら泣きつかれたんですの」


「なるほど」


 そう言えば帰り際にニーナちゃんがミナリーの名前を叫んでいたような……?


「ニーナからあなたの悪行の数々を聞きましたわよ、ミナリー・ポピンズ。アルミラ教のシスター見習いに闇魔法を使わせるだなんて、鬼畜の所業としか思えませんわね」


「私は闇魔法の使い方を独り言で話しただけで、それを盗み聞きして使ったのはニーナです」


「余計にたちが悪いですわよっ! ……まあ、そのおかげで彼女はこの学園に入学することができたわけですけれど」




「おだやかなはるのおとずれとともにわたしたちごじゅうにめいはゆいしょあるおうりつまほうがくえのにゅうがくしきをむかえることが……あーっ! 頭から原稿が抜け落ちちゃいました! 皆さん静かにしてくださいーっ!」




「大丈夫なんですか、あれは」


「見ての通りですわ……」


 ロザリィ様は額に手を当てて小さく溜息を吐いた。

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