第10話 貧乏くじ
◇◇◇
「わかりました。そろそろ本気を出すことにします」
対峙するミナリー・ポピンズの言葉に、ロザリィ・マグナ・フィーリスは底知れぬ何かを感じた。
なんですの、このプレッシャーは……!?
自身がいつの間にか気圧されていたことに気づき戦慄する。ロザリィは思わず生唾を飲んでいた。
彼女は生まれながらに才能に恵まれていた。偉大なる大魔法王マグナ・フィーリスの直系として生まれ、言葉を覚えるよりも早く風魔法を習得した伝説は社交界でも語り草となっている。
何不自由なく、順風満帆な人生だった。同学年の貴族の子息や息女では風魔法の才能では相手にならず、遠く噂に聞くスークスの神童もいつの間にか行方をくらましそれ以降その存在を聞くことすらない。
もはや王国に風魔法で自身と並び立つ者は居ないだろう。
そう思っていた。
ミナリー・ポピンズ。
試験会場で出会った時から、彼女からどうにも視線を逸らせなかった。己の才覚が警鐘を鳴らしている。魔法の深淵を目指す者として、彼女の存在をどうしても無視することができなかった。
そして何より、
「ミナリーすとぉおおおおおおっぷぅ!」
ロザリィが敬愛するアリス・オクトーバーの弟子だという点がいけ好かない。
ロザリィがミナリーから感じていた言い知れぬプレッシャーが、アリスの言葉で霧散する。観客席の方を見ると、アリスは頭の上にバツを作ってぴょんぴょんと飛び跳ねていた。
それが何を意味するのかロザリィにはわからない。
確かなのはこれまで一切表情を変えることがなかったミナリーが、口元を小さく綻ばせたことだった。
「わかりました、師匠」
ミナリーはそう呟いてロザリィに向き直る。
「師匠から制止されてしまったので本気を出せなくなりました。――なので、手加減したままあなたを倒します」
「人生でここまで馬鹿にされたのも初めてですわよ……!」
〈魔力開放〉の時間切れも近づいている。少しは見せ場も作ってやろうと気を使ったが、それをふざけた態度で返されては堪忍袋の緒も切れる。
もはや怒鳴る気にもなれず、ロザリィはおもむろに杖を振った。
「吹き飛びなさい――〈暴風刃〉!」
「それはもう見飽きました」
ミナリーはどこか冷めた目で不可視の刃を見つめ、
「〈
杖の先から、炎の刃を撃ち放った。
――風の防御魔法じゃない!?
放たれた炎の刃は風の刃と激突し、周囲に猛烈な爆風をまき散らす。衝撃に思わず片腕で顔を覆ったロザリィは、自身の目を疑う光景を見た。
「〈
続けざまにミナリーの杖から放たれるのはその全てが別系統の魔法。
「そんな、あり得な――」
「驚いている暇があるんですか?」
「――ッ! 〈暴風刃〉ッ!!」
ロザリィは迫りくる四つの刃を、渾身の〈暴風刃〉で薙ぎ払った。
ロザリィが放った魔法の刃、その一つ一つの威力は〈暴風刃〉には及ばない。けれどそれは、ロザリィが〈魔力開放〉を使用しているからである。素の状態で〈風刃〉を比較すれば、魔法としての威力は間違いなくミナリーの方が上回っている。
のみならず、彼女は〈炎刃〉〈水刃〉〈雷刃〉〈砂刃〉を〈風刃〉と遜色ない同等のレベルで放っていた。
そもそもの話、
「あり得ませんわ……。どうして五大系統全ての魔法を使いこなせるんですの!?」
魔法には古の時代から伝わる〈火〉〈水〉〈風〉〈雷〉〈土〉の五大系統と、近代に入って発見された〈光〉と〈闇〉二系統。併せて七つの系統が存在している。
それらを自由に使いこなすことは出来ない。何故なら魔力は人によって魔法系統への相性があるからだ。
ロザリィを例に挙げれば、〈風〉との相性は抜群に良い。何せ言葉よりも先に風魔法を覚えたほどだ。その一方で、他の魔法系統を彼女は苦手にしていた。なまじ〈風〉の魔法が得意すぎるせいで、どうにも他の系統の感覚が掴みづらいのである。
このように、魔法の深淵を目指す者にはそれぞれ得手不得手な魔法系統が存在している。
ロザリィが知る限り、どれだけ優秀な魔法使いであっても得意な系統はせいぜい二つか三つ程度。五つの魔法系統のそれぞれを同等のレベルで操るなど、聞いたことがない。
「まさか、〈
「驚いている暇はないですよ、ロザリィ」
「……ッ!!」
そこからは一方的だった。ミナリーが放つ五色の刃が息つく暇もなくロザリィに襲いかかる。彼女はそれらを〈暴風刃〉で撃ち落とすことしかできなかった。
傍から見れば互いに攻め手に欠けているようにも見えるかもしれない。けれど、相対するロザリィは痛感していた。
手加減されていますわ……!!
圧倒的な力の差があるが故の手加減だということは、嫌でも伝わってくる。
これで魔力量25000? 壊れてますわよ、あの魔力水晶ッ!!
これほどの魔法使いの魔力量が、たかが25000程度であるはずがない。少なくとも、〈
「……さいあく、ですわ」
〈魔力開放〉の限界が訪れる。体内の魔力を全て使い果たし、ロザリィはついに力尽きた。薄れゆく意識の中、倒れたこちらを見下ろす澄まし顔にロザリィは思う。
とんだ貧乏くじでしたわ、と。
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