第8話 模擬魔法戦開始

「彼女の場合はぎりぎり100000に届く魔力量だったので、魔法を使って魔力を消費してから水晶に触れるようアドバイスをしました」


「そっか、それで魔力量が五桁になってあの数値だったんだね。あ、この事って試験官の先生たちに知らせた方がいいかな?」


「知らせたところで信じてくれますか?」


「え、あー、どうだろう……?」


 わたしだからミナリーの言葉を信じるけど、他の人が信じてくれるかといえばちょっと微妙な気がする。まさか大魔法王様の魔道具にこんな欠陥があるとは思わないし、そもそもの話で魔力量が100000を超える受験生は初めから想定外なのかもしれない。


「さっきも言いましたが他に魔力量が100000を超えるような受験生は居ないので、今はまだ何も言わなくていいと思います」


「それもそうだね……。……って、ミナリー。どうして魔力量が100000を超える受験生が居ないって言い切れるの?」


「どうしてって、見たらわかるじゃないですか」


「わ、わからないよ!?」


 ミナリーの魔力への感受性の高さは薄々感じては居た。けれどまさか、他人の保有する魔力の量が見えていたなんて思いもしなかった。


 話を聞いてみればミナリーは生まれた時から他の人が持つ魔力の量を見ることができたらしい。そしてそれが当たり前だと思って生きてきたから、他の人も同じように見えていると思い込んでいたという。


 わたしがそれに気づけなかったのは、ミナリーと森の奥で隠遁生活を送って居たからだ。弟子にしてからおよそ二年の旅も辺境や秘境ばっかりを巡っていて人と関わることが稀だったし……。


 師匠というか、保護者としてもっと人と関わらせるべきだったのかなぁ……。まあ今更反省しても仕方がない。ミナリーの今まで知らなかった所が知れたし、王立魔法学園に入学したらミナリーももっと大勢の人と交流していくことになるんだから。


 魔力水晶による魔力量測定を合格した受験生はおおよそ百人ほど。次の実技試験は学園内にある円形闘技場で執り行われる。


「最後の試験は一対一の模擬魔法戦です。こちらでランダムに抽選した受験者同士で模擬魔法戦をしてもらい、勝敗に関わらず王立魔法学園の生徒に相応しいかどうかを判断いたします」


 勝敗を問わない模擬魔法戦。もちろん勝った方がアピールにはなるだろうけど、仮に負けたとしても合格の芽が潰えない分、さっきの魔力量測定よりはちょっぴり気が楽かなぁ。


 ただ、対戦相手がランダムなのに一抹の不安を覚える。もしもミナリーと対戦することになったらどうしよう……?


「こちらが本日の最終試験。模擬魔法戦の対戦表です」


 大きな一枚布に魔法で書かれた対戦表が発表される。まずわたしの目に飛び込んできたのは、その第一カードだった。


【第一試合:ミナリー・ポピンズ VS ロザリィ・マグナ・フィーリス】


「いきなりミナリーとロザリィ様!?」


 まさかの組み合わせに思わず驚きの声をあげてしまう。隣に居るミナリーの横顔を伺うと、いつもと変わらない澄まし顔でじっと対戦表を見つめていた。


「よもやあなたと戦うことになるなんて、思ってもみなかった幸運ですわ。あなたがアリスさまの弟子に相応しいか、この手で確かめて差し上げます」


「望むところです。また吠え面をかかせてあげます」


「一度もかいた覚えはありませんわよっ! その妙に自信満々な澄まし顔を泣きべそに変えてやりますわ!」


 ふんっ! とロザリィ様は鼻を鳴らして去っていく。それを見送るミナリーに、わたしは小さく耳打ちをした。


「ちゃんと手加減してあげてね……?」


 ミナリーはこくりと頷くと、ロザリィ様の後を追う。第五試合以降に対戦が組まれた受験生たちは観覧席に移動することになり、第六試合のわたしは観覧席から二人の対戦を見守ることにした。


『ロザリィ様と当たるとか貧乏くじ引いちまったな、あいつ』


『ちょっと可哀想。だってロザリィ様って風系統の魔法の天才なんでしょ?』


『噂じゃ言葉を覚えるより先に風魔法を覚えたって話だぜ』


『魔力量も半端じゃねぇし、こりゃやる前から勝負は決まったな』


 他の参加者たちはミナリーに同情的な一方、誰もロザリィ様の勝利を疑っていなかった。ミナリーの実力を知っているわたしはその意見に同意できないけど、一方でそういう考えに偏ってしまうことも理解できる。


 ロザリィ様の魔法の才能は本物だ。それは、幼い頃を一緒に過ごしたわたしがよく知っている。


 言葉を覚えるより先に風魔法を覚えたロザリィ様の伝説は社交界では語り草で、王城では誰もが尊敬と畏怖を込めてロザリィ様をこう呼んでいた。


 ――〈風魔法の申し子〉と。


 観覧席に着くと、闘技場の中央でミナリーとロザリィ様が相対していた。


「双方、所定の位置で杖を構えなさい」


 試験官の先生の合図で、ミナリーとロザリィ様は互いに杖を構える。ミナリーが構えた杖は去年の誕生日にわたしがプレゼントした杖だった。そういえばミナリーが杖を使うところ、初めて見るかも。


「試合開始っ!」


 ――直後、突風が刃となってミナリーに襲いかかった。

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