第19話 積まれた本

 科学書、歴史書、文学書など、ジャンルごとに並べられた本の背表紙を眺めていく。特に何か読みたい本があったり、勉強を目的として訪れたわけではないのでタイトルだけみて興味のある本を数冊見繕っていく。目当ての本を引き抜くと両隣の本がふらふらと揺れ動く。

 小脇に数冊の本を抱え、空いている席を探した。ちょうど窓際の机の席の一つが開いていたが、その机の上には大量の本が積まれていた。他の机を見渡しても、そこまで読書に夢中な人物は見当たらなかった。

 ちょっとしたテリトリーのような、その席に座るのは少し躊躇したが、他に空いている席が見当たらない。

「まあ些細なことだろう」

 少ない言葉で自身を鼓舞して席に着いた。さて手にした本でも早く読んで見るか。


           *


 十分ほどたっただろうか。手に持ったミステリー本のページをめくろうとした際、視界の片隅に大量の本を抱えた女子が、俺の目の前でさらに本を積み上げていた。

 相当な読書好きなのだろうと、軽く考えていただけで、視界の片隅に入った姿に、特に気にも留めなかった。


「……」

 さらに十分ほど経ったころだろうか、目の前の少女の視線を感じるような気がした。

 じろじろ見るのも失礼だと思い、あまり意識しないようにしていたが、気になって仕方がない。もしかして一人でゆっくりと読書をしたかったのか? 邪魔してしまったかと不安に思っていた際、女子のほうから声を掛けられた。

「ねえ、小綬、その本貸してくれない?」

 突然名前を呼ばれ、声のほうに顔を向けると、そこには見知った顔があった。

しかめ面で。

「——」「……」

 驚きで目を丸くした俺の視線が、その女子と交わる。本を片手に持つ理知的な美貌に一瞬見とれたが、その人物が誰だか認識した際には、すぐさま憂鬱な気分に取って代わった。

「百代、何しているんだ?」

 向こうも多少驚いていたようだ。おもむろに本を閉じると目を閉じて一息ついた。

「意外よね。あなたがいるのは」

 百代は目を細めて、こちらをじっと見てくる。

 百代の皮肉を込めた意味を理解できないほど馬鹿ではない——が確かに普段はこういう場所に来ないけどな。

「どういう意味だよ」

「いった通りよ」

 こちらを見ずに、つんとした口調で言われ甚だ心外だが、百代のぶっきらぼうな物言いには最近、多少は慣れてきた。

「……で、その本貸してくれるの?」

 百代の視線が、俺がさっき見つけてきた本に注がれていた。

 人にものを頼む態度か、と軽く呆れてはいたが、その申し出を拒否することにメリットもデメリットもないので、手元のある本を百代の前に差し出した。

「あら、ありがとう」

 意外な言葉が返ってきたことに多少驚いた。

「感謝はできるんだな」

 こちらも多少の皮肉を交えて伝えた。ただ百代は既に本の世界に十分浸っていて、俺の返事に特段の反応は帰ってこなかった。

俺もそれ以上は何も答えず、手元で読み止まっていた本を再度開き読み始めた。

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