第5話 初日

「お兄ちゃんおきて、おきてー!」

「……ん……ん?」

 甲高い大きな声が聞こえた気がして、瞼を開こうとしたが思ったように体が動かないのがもどかしい。

お腹のあたりにも少し息苦しさを感じるようになり——ようやく自分が今まで就寝していたことを思い出した。

 それが思い出せれば、声とお腹に感じる重みの理由はなんとなく想像できた。霞む視界から目を凝らすとベッドで寝ていた自分の上に小柄な少女がまたがっていた。

 お腹の上でスーパーボールのように懸命に体を跳ねさせているので、体重は重くなくても、息苦しさから十分で眠気が急速に薄れていく。

 寝ぼけ眼がはっきりしだすと、少女の顔が毎日顔を合わせ、飽き飽きした自分の妹だと認識できた。

「起きた?」

「……起きた」

 頭上の目覚まし時計に目をやるとデジタルな液晶画面にAM七時三十分(月曜日)と表示されていた。

 もうこんな時間なのかと、少しばかり驚きながら体を起こした。ベッドに腰掛けると、妹に後ろから首に手を回され、ついでに腰に両足を巻き付かせてきた。

「……何をしてるんだ?」

「起こしてあげたから下まで連れてって」

 笑顔だけは天使のように屈託なくそう言うものだから、否定の言葉を述べる気力も失せ、妹が後ろにぶらさがったまま階段を降りていく。

 リビングに入ると妹が俺の背中から飛び離れた。食卓を見ると俺以外の家族は既に朝食を終えているようだった。


           *


 口を素早くもぐもぐと動かしながら朝食を食べ終えたのだが、既に時間的猶予はあまりなく、急いで洗面台に向かい、半目を開けた自分の顔と今日初めて対面した。

 冷たい水道水で顔を洗うと瞬時に意識がはっきりとする。

「……いつも思い出せないんだよな」

 鏡に映った自分を見ながら、ふと呟いた。

 また、何か夢見ていた気がする。妙に現実感の強い夢を。

 頭の片隅に引っ掛かりを覚えながらも、既に冴えた頭の中では、先程の夢を思い出すことは出来なかった。

 ましてや悠長な時間はなく、手に持った歯ブラシに練り粉を付けていき、素早く手を動かす。泡立った口の中をうがいですっきりさせ、口の中にすうすうとした満足感を得た。

 身だしなみを整えた俺は、まだ若干あるベッドの中に潜り込みたい気持ちを抑えて、学校指定の鞄を手に取った。

 いまはまだ汚れたり擦れたりはしていない。

 つい昨日新しい学校生活が始まったばかりだ。

 それに今日は重要なイベントが待っている。

「出会いの季節っていうのは、何度来ても慣れないものだな」

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