第24話 担任の先生がウチに来た

「どうしてこうなった……」


 現在。

 俺は実家のリビングにて、ソファに深く腰を据えながら、猫に戯れる篠宮先生を眺めていた。


 ただのデートのはずが、まさかの家庭訪問だ。

 両親は不在。俺と妹と担任の先生という奇妙な組み合わせである。


 いや、正しくは俺と妹と彼女、か。


「お、お兄ちゃん……。あの人、猫を崇拝してるの?」


 チサキは俺の隣に腰を据えると、戸惑いを宿した瞳で俺を見つめてくる。

 なんだその質問、って感じだが、あながちおかしな質問でもなかった。


 篠宮先生のあのデレっぷりをみれば、誰だってそう思うはずだ。


「ど、どうなんだかな……。まぁ重度の猫好きなのは間違いないと思う。今はシルクのことしか見えてないみたいだし」


 至福そうに頬を緩めながら、シルク(我が家の白猫)の首筋を撫でている篠宮先生。


 撫で方が上手いのか、シルクは心地良さそうに身をゆだねていた。あいつ、俺には一切懐かないくせにな……。


「あ、あんな調子じゃ、お兄ちゃんとの関係を疑うどころじゃない……」

「だから、花澄さんは俺を騙そうなんて考えてないって」

「でも、あんな美人がお兄ちゃんの彼女なんておかしいじゃんっ。絶対、なにか裏があるに決まってる!」

「強情だな……」


 この調子なら、意地でも篠宮先生をウチに連れてくるべきじゃなかったな。

 まぁ、篠宮先生が無垢な瞳を輝かせていたから、断るのは至難の業だっただろうが。


 ともあれ、こうして篠宮先生がウチにくるのを許可したのは、チサキの疑いの目を晴らせればと思ったからだ。しかし、どうにも上手くいきそうにない。


 俺は腰を上げると、篠宮先生の元に近づく。


「シルク、すごい花澄さんに懐いてますね」

「えへへ、素直でいい子だね」

「そ、そうですかね……。こいつ、俺には触れさせてすらくれませんよ」

「そうなの? 人を選ぶような子には見えないけど」


 篠宮先生はきょとんと不思議そうに、シルクを見つめる。


 なに甘えた声出してんだこの猫……。俺には威嚇しかしてこないくせに!


 あっ、こいつ、俺と目があった途端そらしやがった……! 


 ま、まぁいい。

 シルクに気を取られていても仕方ない。


 俺は篠宮先生との距離をさらに詰めると、チサキにだけは聞こえないよう意識しながら。


「というか、こういう軽はずみな行動、今後は慎んでください」

「うっ……。ご、ごめん。私、自覚足りてないよね……」

「はい。俺たち、ほんとは付き合っちゃいけない間柄なんですから。リスクは最小限に抑えましょう」

「そうだね。うんっ、気を付ける!」

「まぁ、今日に関してはウチの両親は夜まで帰ってこないでしょうから、よかったですけど」

「あ、それ気になってたんだけど、親御さんはどうしてご在宅じゃないの?」


 篠宮先生は、シルクの頭をわしゃわしゃと撫でながら素朴な疑問を投げてくる。


「あぁ、ウチの両親って、子供が引くくらい仲良いんですよ。それで、休みの日は二人でデートする、なんてことがザラにあって」

「そ、そうなんだ……」

「引いちゃいますよね?」

「ううん。仲良しな方がいいよ、絶対。私も、いくつになっても旦那さんとデートとかしたいし」

「……そ、そうですか」

「う、うん」


 篠宮先生の何気ない発言をきっかけに、胃がもたれそうな甘ったるい空気が流れ始める。


 と、この空気を嫌ったのか、チサキが背後から冷ややかな視線を送ってきた。


「ねぇ、お腹すいたんだけど」


 俺は正気を取り戻すと、壁にかけてある時計に目を配る。


 時刻はすでに13時になろうかという頃。

 確かに、腹も減ってきたな。


「あ、ああ、じゃあ、なんか作るよ」

「ん、早くしてよね」


 チサキはムスッとした表情を浮かべながら、足を組んでスマホをいじり始める。


 ほんと、ご機嫌がななめのようだ。

 ちなみにチサキは料理がてんで出来ない。


 そのため、母さんがいない時の炊事は、俺の担当である。


「ということなんで、俺、昼飯作りますけど、なにか要望あったりします?」

「あっ、それなら私も手伝う!」

「ほんとですか? 助かります」

「というか、タクマくんって料理できたんだ。すごいね」

「いえ、そんな大した腕じゃないんで」

「ううん。料理できる男の子ってカッコいいと思うな」

「あ、あざっす」


 篠宮先生に褒められて、自然と口角がゆるむ俺。


 こめかみあたりを意味もなく掻きながら照れ隠しをしていると、チサキの表情がさらに曇った。


「……やっぱ出前とったからいい」

「え? いや、今から作ろうとしてんだけど」

「いいって言ってるじゃん!」

「そ、そうか?」


 過去一といっても過言じゃないほど、虫の居所が悪いチサキ。


 一体、どうすりゃ機嫌治せるのかな……。

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