第8話【アルフレッド視点】

「リチャード、アマンダをよろしくな。絶対男に会わせないでくれよ」


「分かってる。アルフレッドはさっさと王妃様をなんとかしろ。アマンダが安心して結婚出来ないなら、更に結婚を延期させるからな」


「それは困る。俺はそんなに我慢強くないんだ」


アマンダと婚約してから、俺の生活は変わった。もちろん、良い方向に。


アマンダは恐ろしいくらい賢い子で、あっという間に妃教育を終えた。勉強が好きだと言っていたが、あの歳で3カ国語を理解してるのは凄過ぎる。


他の分野の覚えも早かった。中身が大人だとしても異常なスピードで、担当した教師はアマンダなら王妃になれると褒めちぎっていた。


俺は急いで父を説得して、教師を解雇してもらった。余計な事を広められたら困るので、他国へ留学させて黙らせた。元々、留学したがっていたので費用を父と公爵家が払うからアマンダの事を黙っていろと命令したのだ。


テイラー公爵も、リチャードもアマンダが王妃になる事を望んでいない。アマンダ自身も元々庶民だったのだろう。貴族は窮屈だと言っていた。


アマンダは王妃になれる器だと分かっているが、俺は絶対王にはなれねぇ。アマンダを取られるなんて冗談じゃねぇ。


アマンダは俺の唯一の観客。あの子が目を輝かせてくれるから、俺はアイドルに戻れる。


アマンダは、ユナの初アルバムが出る前に死んじまったみたいだ。その前の曲は全部覚えていて、ダンスも記憶していた。なんなんだこの子。すげー俺のファンじゃん。そう思って嬉しくなった。


アマンダは賢いのにどこか抜けていて、俺が必死で努力してアイドルの真似事をしていると思っている。教えられてない曲の細部まで完璧に再現してるんだから、俺の正体に気が付いても良いのに。


悔しいので、アマンダが自分から前世の話をするまで俺の正体を教える気はない。


だってアマンダは、ユナも、アルフレッドも好いてくれているんだから。


最初は恋愛感情なんてなかった。可愛くてもガキだからな。けど、アマンダの言動はいつも俺を気遣ってくれていて暖かい。中身が大人な事もあり、気を遣って会話する必要もねぇ。リチャードとアマンダと一緒に茶を飲むのは、俺の最大の楽しみになった。アルフレッドとして産まれてからは敵が多く気が抜けなかったが、テイラー公爵家では心から寛ぐ事が出来た。


俺は、なんとしてもアマンダと結婚したいと思うようになった。けどその頃はまだ、アマンダではなくテイラー公爵家と家族になりたい。そんな欲の方が強かった。


けど、今は違う。


ある日、アマンダが俺に茶会について来て欲しいと言った。アマンダをエスコートして茶会に行くと、周りは敵だらけだった。アマンダより幼いガキどもが大声で俺を馬鹿にしてきた。名指しじゃねぇし、俺とは言い切れないが確実に俺の事を言っているのはわかる。チッ、ガキでも貴族様か。悔しかったのにどうしても顔が上げられなかった。


その時、アマンダが優雅に微笑んだのだ。


「アルフレッド殿下は素敵でしょう?」


たった一言。そう言って笑っただけ。それだけで茶会の空気が変わった。そうだ、俺はアマンダの婚約者。アマンダに恥をかかせるわけにいかない。演じるのは得意だろう。


瞬きをして、顔を上げる。いつもステージに立つ前にするルーティンをすれば、俺はアイドルになれる。観客はアマンダ1人。それで充分だ。


「光栄だね。アマンダも素敵だよ。さすが、俺の婚約者だ」


顔を上げ、髪をかきあげ、アマンダに微笑むと予想通りアマンダは真っ赤な顔でプルプル震えていた。


その日から、俺の評価は少しずつ変わり始めた。王妃が流した噂は、次第に嘘だと知れ渡るようになった。


アマンダは純粋に俺の魅力を発信しただけだった。まるでアイドルのファンが推しを布教するように。それがどんな意味を持つのか、いくら賢くても、大人の精神を持っていても……分からなかったようだ。リチャードは、アマンダに何度も何度も王妃になりたいのかと聞いたが、アマンダはキョトンとして俺が王になる事はないと聞いているからあり得ないと答えるだけだった。


リチャードは、アマンダなら王妃になれると分かっていた。けど、王妃がどれだけ過酷で大変かも知っていた。あの王妃と関わらせたくないと断言していたし、アマンダが望まないようだから絶対に王になるなと俺に釘を刺しに来た。権力を求める家なら、俺を王にしようと画策するか、婚約を解消して王になる可能性が高い王族の婚約者にする。アマンダをなんとしても王妃にしようとするだろう。アマンダだって貴族として生きている女の子だ。親が決めた事に従うしかない。


しかし、テイラー公爵家は権力を求めず、アマンダの幸せを望んだ。アマンダの幸せを徹底的に考えた結果、俺は認められた。


それからはテイラー公爵家の人達は俺に対する壁がなくなり……本当の家族のように接してくれるようになった。全て、アマンダのおかげだ。


いい事ばかりじゃなかった。貴族達が俺に群がるようになった。アイドルをやってた時も、売れてから親戚が増えたり友達の友達が親友だと嘯いたりしていたが、アイドルと王子じゃ影響力が違い過ぎる。


テイラー公爵がガードしてくれていたが、あまり迷惑もかけられない。誘いも全部断る訳にいかねぇし、有益な付き合いもある。けど、貴族との付き合いには金がかかる。父に相談する為に城に戻れば王妃に絡まれ邪魔される。


俺は資産が全くなかった。必要な物は父が用意してくれていたが、今後はそうはいかない。非常時にアマンダを守る為にも金はいくらあっても困らない。自分の為にも、アマンダの願いを叶える為にも金がどうしても必要だった。アイドルの衣装はそれなりに費用がかかるからな。1枚は手持ちの服を加工できたが、さすがに全部手持ちの服では無理がある。だから、金が欲しいとリチャードに相談した。そしたら、リチャードが2人で店をやろうと言い出した。始めた店はかなり儲かり、自由に使える金が沢山出来た。前世ならグレーな行為かもしれないが、この世界では問題ないらしい。王妃も自分の店を持ってるからな。ダッセェアクセサリーを売ってる。王妃に気に入られたい貴婦人達がお付き合いで買うだけだ。


俺は、王妃に対抗するようにアクセサリーを作るようになった。前世で散々綺麗な物は見てたし、元々グッズのデザインはしていたから慣れていた事もあり、俺のデザインしたアクセサリーはバカ売れした。


俺が店をやってる事は内密にしてあるが、テイラー公爵家だけは知っている。アマンダには最初に出来たアクセサリーをプレゼントした。前世で俺のツアーグッツになってたチョーカーとそっくりな品。


渡した時、アマンダは喜びのあまり泣き出してしまった。


泣きじゃくるアマンダの話を根気強く聞き出すと、どうやらアマンダはチョーカーを買った直後に死んだようだった。付けたかったので、本当に嬉しいと泣いていた。


それならと、思い付く限りのグッズを再現した。出来ないモノもたくさんあったが可能な限り再現した。でも、アマンダは俺の正体に気が付いてくれなかった。


この辺りから、俺はアマンダが好きになっていたんだと思う。ユナの演技をしているのに、アマンダは喜ぶだけで俺の正体に気が付かない。アイドルをしてる時、ユナ様と呼ぼうとして我慢しているアマンダの姿を見て、過去の自分に嫉妬した。


俺の呼び名を変えさせたのは、その頃だ。


そしたら、アイドルをしてる時にもアマンダは嬉しそうに俺の名を呼ぶようになった。


可愛い。この子は俺のものだ。初めて独占欲が湧いた。


アマンダはかなりの美少女だ。


まだ幼さが残るのに、最近妙に色気があってヤバい。変な気を起こさないように、アマンダと話す時は必ずドアを開けるか侍女を付き添わせるように徹底している。


そんな姿が紳士的だと評判だが、実態は違う。


誰かの目がないと、自分を抑えられる気がしないんだ。アマンダとは手を繋ぐくらいで、キスすらした事はない。


けど、もう良くねえか?

婚約者だぜ?

成人したんだし。


悪い自分が囁く。

そんな訳にいくか。


リチャードと約束したんだ。

結婚するまで絶対手を出さないってな。


けどさぁ、あと2年は長ぇよ。しかも、一緒に暮らせないなんて。


……我慢出来なくなりそうだから仕方ないとは分かってんだけどツラい。


王妃はまだ俺の事を目の敵にしている。アマンダの事は広がらないようにしてあるが、俺を褒めちぎっていた事は王妃の耳に入っているだろう。今俺と結婚したら王妃がアマンダを敵視するのは間違いねぇ。もうすぐ兄が立太子するから、その後なら少しは大人しくなるだろう。


城に戻っても、極力目立たず過ごす。


城に戻る最大の目的は、王妃の弱みを握る事だ。あと少し、あと少しであのクソババアの首根っこを押さえられる。無理矢理結婚を延期したんだ。これ以上待ってたまるか。


アマンダはどんな嫌味を言われても笑って聞き流しているが、内心は傷ついていると思う。だから、結婚するまでにアマンダの敵を全て潰す。

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