断片集 3



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「ここのどっかの部屋に、あったよ、ビリヤードとか、いろいろ」

「へぇ。ディナーショーはいいのか」

「どうなってた、そっち」

「今、休憩中。10分間のお色直し」

「なるほど。ところで、3ってなんだと思う」

ぼくは、先ほど出会った怪しい二人組みの話をした。

「メンバーのことじゃないか?」

ナツは言った。

「なんのだ」

「なんかの団員なんだよ、そいつら」

まぁ、怪しい組織っぽい感じはしてたけど。

「背番号3、みたいな?」

「ああ。そうそう、そんなの」

「うーん」

どうもしっくり来ない。

「居ない、っていうか、見当たらないっていうか……そういう言い方ではなかったんだ。どこか、こう、人間に対する感じじゃなかった」

「じゃっ、お手上げだな」

「そうですか」

なんて話をしながら、赤いカーペットの敷かれている上を歩く。

これはどうもトイレやバスルームの間にある方角の床にだけ、敷かれているらしい。

また、ディナーショーの行われているホールの方へ歩いていきながら、またタイルの床になる地面を眺める。

クロスロード。

斜めの赤い十字架だ。

折り紙で作るパクパクと動かすくちばしみたいなやつ(名前を知らない)とか、お花みたいにも見える。

「床をじっと見てどうしたんだ?」

ナツが横から聞いてきたので、ぼくは何か、言おうとした。

けど、言えなかった。




こいつのキャラは前世で、どういう立ち位置で何歳で何をしていたのか、くらいにうまく言えなかった。


なぜなら、声が遮られたから。

後ろから声をかけられる。

太いベルトの付いた白いミニスカートと、おそろいの白いジャケット(中に、よくわからない言語が大きく印刷されたTシャツを着る懲りよう)姿の古里さんが、腰に手を当てて笑っていた。あれが今回の衣装なのだろう。

「どこ行っていたの、私・オン・ステージを無視しおってー!」

笑いながら怒られた。

ぼくはアイドルとかどうでもいいんですってば、とは言わない。

けど、退屈だったんだもの。

「見ててくれたの、ユキちゃんくらいだったよ!?」

「あの子、あの若さでみんなを気遣って、早死にするかもな」

「そうだね、苦労が絶えないだろうな」

ぼくとナツは顔を見合わせる。

「それより聞いてよ」

彼女は、少し困ったような、真面目な顔になった。

「何かトラブルでも?」

「盗撮かもしれない。撮影禁止なのに」

「そんなの、調べられませんでしたよ? カメラとか、どうせ持ってないけど」

「私は、ファンのみんなを信じていたのっ!」

彼女は偽善者っぽいことを言う。

面倒な人間だなぁ。

なんて、少し呆れていたときだ。



「盗撮かもしれない、とは穏やかじゃないな」

後ろから、眠くなりそうな穏やかで柔らかい声が響いた。

「か、母さん?」

ぼくは、曖昧に呟く。

ナツは固まっていた。

なんでこんなところにあの人が。



色素の薄い淡い色の髪をハーフアップにしている、少し垂れ目の背が高い人。

血は繋がってないけど、一時期育ての母だった。

白いブラウス姿だ。



たぶん、りこりーんと歳が近い。

(彼女は、20で時が止まり、三十路を恐れて生きる、歳を取らない妖精さんアイドルなのだけど)あの人の芸名は、河茨里古だっけ。

「久しぶり。元気だったか?」

ふっと、笑ってこちらを見てくるのが気に食わなくて、ぼくは、うんざりした声で聞く。

「いったい、何しに来たわけ」

「デートです」

「…………」

相変わらず、意味不明というか、神出鬼没な人だ。

またデートかよ。

この人って、ぼくと会うときはいっつもデートのついでなんだ。



その人はナツを見た。

「よぉ、元気だったか」

「ああ、お久しぶりです」

ナツは畏まったようにその人に挨拶する。

なんでへこへこしているのかわからない。

ぼくが礼儀知らずみたいに見えるじゃないか。

「会いに来てくれたの!? 超嬉しい!」


古里さんのテンションが上がる。

この人が、探偵をやっていたってことを知っているのだ。

ストーカー被害のときにも、どうも、解決に動いてくれたようだけれど。

古里さんはそれから他人の好意が怖くなり、2年ほど休業したことがあったというくらいで、そういうのには過敏になってしまっている。

好かれても、向こうが勝手にそういう風に自分の欲を満たしているに過ぎないんだ、私のことなんか偶像でしかなくて、関係ないんだ、と、割り切ってしまっているのだと思う。

周りがすごいだけで、売込みとか私を見ていた人の才能が、私を見せているだけで。

結局、周りが欲しいのは偶像だ、と、一度『そういうこと』があると、どうしても、そう思ってしまうみたいなのだ。

「お金を払えば人権も売り渡せるみたいに、好き勝手に言っても正しいみたいに見えちゃうことがあるよ。人間じゃなく、ただ、求める偶像を、理想のお人形を見ているだけみたい。たまに、怖くなるの。私、誰に向けて歌って、笑ってるんだろうって」


ある日、そう吐露する彼女に、ぼくは何も言えなかった。

好きだから、と私物を持っていったり、付き纏われたりするのがしばらく続けば、正しい好意なんか判別できなくなっても仕方が無い。


好きだといわれても、それは言葉だ、と思うらしい。それにはぼくも、少し共感してし


まうところがあるけれど、でも、彼女の痛みは彼女にしか無いだろう。だからそう感じてしまうことに自己嫌悪する彼女を、救うほどの何かを持てるのも、やはり同じく、ファンでしかないと思った。

「ああ。久しぶりに、こっちに寄ったもんでな。どういうことか、聞かせて欲しい」


そう言った母に、古里さんはわかった、と、その場で話し始めた。


それは彼女が、今回歌う予定だった歌を一通り披露し終わって、アンコールを求めたときだった。

ステージの影、カーテンで隠された裏方の方から、ぱしゃ、と音がしたんだという。

最初は気のせいかと思ったが、アンコールの一曲を歌い終えて、頭を下げた瞬間、またしても微かなシャッターのような音。

そして、少し足元で光ったらしい。

そして考えてみたら、やたらと、彼女の足元の方でばかり、カメラみたいな音が数回起こった。

「怖くなって、私、少し右後を向いたのよ。そしたら。なんていうんだっけ、あの、レンズが大きくて、ぐぐっと、前へ結構伸びるやつ。裏方から誰かがこちらを見てて『まずい』って、呟いてたわ。男だったとは、思う。なんとなく、肩とか、声の低さ的に」


詳しくはわからないが、きっと遠くからでも高画質を狙える感じのカメラなんだろう。

その男は、カメラを慌てて担いでリュックに押し込むと、走って行ってしまったようだ。

「それ、は……まずいですね」

ぼくは呟く。

あまりに露骨で具体的な辺り、勘違いとかじゃなさそう。

足元ばかりといえば、彼女はミニスカート姿だ。

何度も言うが、ぼくは人間に興味が無いので人間の肌なんか何が楽しいのかぼくは全然わからない。けれどそういうのが好きな人間も居るので、そういった趣向の人が盗撮しているのかもと考えたら、ぞっとする。

「ロリショタを心配している場合じゃないぞ」

ナツが呟く。

「ええ、そうなのよ」

彼女にしてはシリアスな感じの返事。

「どうしよう……」

不快だとか、腹が立つとかそういうのはもはや通り越しているみたいだ。

ただ悲しい。

もう一度、信じることが、怖くなってしまいそうだという、恐怖が伝わる。




「私、もう、ファンのことを、嫌いになりたくないよ。やっと、やっと、もう一度、みんなのことを信じられると思ったのに……チャイムが鳴る度に、ドアのレンズをのぞき込んでは怯えていた日々とは、違うんだって、ようやく、前に出てもいいって、思えているのに」

「大丈夫だ」

母さんが言う。

「船といえば密室、相手もここじゃあ逃げられない。その間に私たちがどうにかしてみせるし」

そしてすぐに、母さんの提案で、全ての出入り口の見張りが強化される。

人が足りないところ(ホール)は、彼女がステージに居る間の動作を確認していた監視カメラを借りて設置し、係の人がモニターをチェックすることになった。

多くの犯人は『見つかる』ことを第一に恐れるらしいので、見つかる、場所を増やすことで、逃げ場を少なくすることが、まず大事だという。

「って、ちょっと」

ずかずかと歩いていく母さんを慌てて追いかけて、階段を上る。

さっき見た、変わった会話の男女の居た手すりの辺りで、彼女はこちらに振り向いた。

「あとり」

「何」

「大きくなったな」

そんなの、自分でわかるわけないだろ。

ぼくとは、彼女は滅多に会わないので、そういえば、久しぶりの再会だったが。

引き取っていたという事実があるだけで、大して母親らしくも無いし……

なんだかよくわからない関係なので、正直、あまり感動も覚えない。

「私が居なくて寂しくなかったか」

母さんはきりっとした感じでこちらに聞いてきた。

「うん……寂しくて、たまに泣いちゃったよぉ。お母さん、めったに帰って来ないんだもーん。久しぶりだなぁ。嬉しいっ」

ぼくは精一杯、いじらしい感じの子どもを演出する。

子どもは大変だ。親はいつまでも『こども』としか見てないんだから。

「そうか、棒読みな辺りに私への愛を感じる」

ほら、感動している。母さんは目頭を押さえている。

ぼくは満足して、そしてまた思考に戻る。

3が無い。

思い返せばあの話をしていた二人のうち、男の方がそのような見た目だった気がした。

「じゃあ、また行って来る」

と、ステージの方で、古里さんを呼ぶ声がした。

ひきつった笑顔でこちらに手を振った彼女のその強さを見ると、彼女はやっぱり、アイドルなんだ、と思う。

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