壊れた桜に恋は実るか
秋月流弥
第1話:壊れた桜に恋は実るか
春、心浮き立つ出会いの季節。
高校の入学式に向かう通学路で交通事故にあいこの世を去った。
自分の青春の始まりから人生の終わりまでを数行で表せることに驚いた。
入学初日の通学路で道路に飛び出た猫を助けその弾みにトラックに衝突した。
『最近ここらで事故があったばかりだから気をつけるのよー』
登校前玄関で靴を履く私に後ろから声をかける母をへいへい、と軽くあしらい家を後にした朝。
俺たちの戦いはこれからだ! と少年漫画の主人公のような勢いで玄関を飛び出した自分は十分後にトラックにはね飛ばされされていた。
自分の身体が宙に舞う際他人事のように思いだす。
「あ、これ打ち切り漫画のセリフやんけ」と。
人生最期にしてはあまりにも残念な走馬灯が走り意識は闇の奥底へ。
目覚めた私は雲の上にいた。
「やっぱ私死んだのかぁ」
「いや、まだ死んでないぞ。生死を彷徨う危篤状態ではあるが」
後ろから声がした。
雲の上にはもう一人、顎髭が長い仙人みたいなお爺さんがいた。右手には同じ身長くらいの杖を持っている。
「ワシは神という者じゃ。今お主の死期を遅らせてやっている。諦めるには早いぞ」
「それはどうも……それってまだ生き返れるってこと?」
「お主に同情しての。入学初日に善行をしてこの世を去るのは忍びない。お主には試練を与えよう」
「試練?」
「お主はこれから愛の使者・キューピッドとなって恋の支援、つまり縁結びをするのじゃ。カップルを一組成立させることが出来たらその命を助けてやろう」
名付けて蘇りキャンペーン、と神は宣う。
「わ、私が恋のキューピッド!?」
「ということでキューピッドに変~身!」
「ちょ」
そーい、と神は木の杖を一振り。
すると私の身体は光に包まれ次の瞬間フリフリの衣装になった。
「えーっ! なにこれ!?」
自分の着ている服は制服からアニメの魔法少女が着てるようなリボンにフリルたっぷりのパステルピンクの衣装に早替わり。赤色のリボンが編み込まれた厚底ブーツに耳に触れればハートのイヤリング、振り返るように背中を見ると天使の羽、そして白魚のような手には可愛いらしい小ぶりの弓が握られている。
「変身しちゃってる! なにこれ魔法少女!? 今日から高校生なのに恥ずかしいっ」
「恋のキューピッドなんだから衣装はピンクにハート増し増しが鉄板じゃろう。それに非日常な格好の方が雰囲気でる。というのは建前で本音はワシの趣味」
「変態!」
「それとお供のマスコット妖精もいるぞ」
足元に何かぶつかる。
「ぶひ」
「え、……豚?」
下を見ると子豚(?)らしき動物がこちらを見上げていた。
つぶらな黒い瞳に同じくパステルピンクの胴体。くるんとバネのように丸まる尻尾の先端はハートの形になっている。そこはたしかに妖精っぽい。
「こやつもお主と同じく生死を彷徨う危篤状態での。キャンペーンの対象者じゃ。コンビ仲良く任務を遂行してくれ」
「ぶひ」
「ちょっと私まだやるって言ってないし! それにこんな豚連れて何が出来るっていうのよ」
私は裾の短いスカートをぐいぐい下に引っ張る。引っ張るも露になった太股が隠れるわけでもなく、顔を赤くして目の前の神に反論する。
「大丈夫。変身しているから誰もお主だとわかるまい」
「バレないとしても羞恥心があるわ! こんな格好して人前で歩けるわけないでしょ」
「ぶひーッ」
すると足元にいた子豚が私の足を噛み付いた。
「いったーッ!? なにすんのよ!」
「文句ばっか言ってんじゃねーよ!」
「うえっ」
豚が喋った。
「言っとくが
「ずべこべ言わずに任務遂行しやがれ。こっちはさっさと生き返りたいんだよ。お前の恥じらいなんて知ったこっちゃないっつーの。このヒステリキューピッド」
可愛い見た目の子豚(?)マスコットはかなり乱暴な口調で煽ってきた。
「ヒス……! 私には倉本実桜って名前があるの。子豚、あんたマスコットのくせにガラ悪すぎ」
「子豚じゃねー俺には“ピグたん”って名前があるんだ」
「なにピグ太?」
「ピグたん!」
「ほらほらお互い挨拶も済ませたことだし。仲良くな。健闘を祈るぞい」
ぞい、の言葉を言い終わると同時に神は私と小豚を雲の上から蹴り落とす。
「「うわぁぁぁ!? 人殺しーッ!!」」
私たちが声を揃えて遠のいてく雲に向かって叫ぶと「達者での~」という呑気な声が上から聞こえた。
「落ちる落ちるー!」
空から落ちる一人と一匹。あたる風に歯茎はめくれ頬は往復ビンタされ隣のピグ太の脂肪ある胴体も波打っている。
「いやー死にたくない死にたくないッ!」
「おいお前羽生えてるだろ! それを使え!」
「え!? あ! そうか」
飛べー! と念じるとバサッと背中の羽が大きく広がりその場で空中停止した。今、私飛んでいる。
「た、助かった~」
「まったく」
スカートの裾に掴まる豚が呆れたように私を見る。
「お前ってドジ?」
「ド、ドジなんかじゃないわよ失礼ね」
「そういえば死にかけてる理由も飛び出した猫を助けてだっけ」
「だってあれは助けた猫の顔が不細工すぎて驚いたの! 本当に不細工で、思わず抱きかかえたまま凝視してたら道路にいるの忘れてて……あれ」
たしかに間抜けな理由だった。
ほらドジめ。
そう言われるかと思いきや、
「たしかに。すげー不細工だったなあの猫」
「ピグ太猫のこと知ってるの!?」
「俺も前に不細工猫を発見して後を追ったんだよ。そしたら奴がたら~と道路にはみ出たから危ねぇ! って助けたら後はお前と同じこのザマだ」
「そ、そうだったんだ」
あのブサ猫どれだけ人に助けられてるのよ。
ていうか。
「えーピグ太も私と同じ理由(死因?)でキューピッドやってるってこと? 似た者同士じゃん私たち。ピグ太ってお人好し?」
「なれなれしくすんな。それより任務だ」
「任務って縁結びだよね。カップル成立っていってもどうやって標的を見つけるの」
「俺は鼻が効く。これで恋の匂いを嗅ぎ付ける」
「恋って匂いあるんだ。ていうか豚なんかの嗅覚でわかるわけないでしょ」
「豚ナメんな! トリュフだって豚が見つけてるんだぞ!! つーか俺は豚の妖精だ」
くんくん、と鼻をひくつかせ探索を開始。
すると尻尾の先端のハートがピーンとアンテナのように立つ。
「発見! この真下から恋の気配」
「真下って……あ」
見下ろすと学校があった。
しかもこの学校、今日から自分が通うはずの高校だった。
「ここ私の高校じゃん!」
私が叫ぶとピグ太は豆のように小さな瞳を光らせる。
「なるほど。恋ある場所といえば多感な年頃の高校がベストってことか。ここなら獲物がわんさかいる。行くぞ」
「ちょちょちょ、ちょっと待って」
「ああん?」
「私が通う学校って言ってるじゃん。同じ中学から進学してる子もいるの。私がこんな格好で学校に現れたら次から恥ずかしくて学校通えないよ」
「神の爺さんも言ってただろ。誰もお前が倉本実桜だってわかんねーよ」
「そうだけど」
赤の他人ならこの際いい。
ただ、私にはどうしてもこの姿を見られたくない相手がいる。
あの人だけには。
「なんだモジモジして。見られたくない相手でもいるのか」
察しの良い相方に私は顔を赤らめ話す。
「す、好きな先輩がいるのよ。
中学生の頃から憧れていた錦先輩。
弓道部のエースで袴が似合う和風男子。先輩が卒業する時私は告白出来なくて、高校生になったら告白しようと彼を追ってここを選んだ。絶賛片想い中なのだ。
「お前の恋路とか興味ねー。さっさといくぞ」
「え」
私が話し終わる頃にはピグ太は裾に掴まる前足を離し下に落下していった。
「ちょ、あんた落ちる落ちる!」
飛行して追いかけるも凄い速さで垂直落下する子豚。
もうすぐ地面という地点で彼の尻尾がバネのように伸び地面に着くと大きく 二、三回跳ね見事着地した。
「体操選手かっての」
思わず十点と書かれた札を挙げたくなった。
ピグ太を拾い腕に抱え着地した地点を見渡すとここは校舎と校舎の間にある中庭のようだ。近くに渡り廊下がある。
「ここだと行き来する生徒が多いから人通りの少ないとこに移動しよう」
そう言った矢先、
「キューピッド!?」
突然の声に振り向くとそこには一番見られたくない人の姿。
黒髪に柔らかな眼差しが清廉さを感じさせる憧れの彼。
錦先輩。
なんで先輩が私たちを発見するの!
固まる私にピグ太があぁ例の男か、と一言。
「その姿、愛のキューピッドに決まってる!」
目を輝かせこちらに近づいてくる先輩。
うわーこんなコスプレ姿恥ずかしいから見ないでくれ勘弁VS憧れの人から私に歩み寄ってくれるなんて幸せ! 対決の結果後者が勝利。
「いかにも。私が人々の縁を結ぶ愛の使者・キューピッドですっ」
ぶりっ子ポーズで答えてしまう。
「やっぱり!」
「そうですぅ。この子がマスコットのピグ太です」
隣で嘔吐くマスコットの首根っこを掴み可愛く両腕で抱える。
「イケメンさんはなにか恋でお悩みですか?」
「ああ。ぜひキューピッドさんたちに僕の恋を叶えてほしくて」
先輩が私を見つめ手を握る。
「僕と彼女との恋を叶えてほしい」
(え、先輩好きな人いるの!?)
ガガーンとショック。
「僕は中学の頃から好きな女性がいて、卒業式で彼女に告白しようと思ったのに尻込みしてしまって。彼女と高校が同じになった今こそ告白したいんだ」
「へえ……中学から片想い」
あれ。
それって当時の私と同じじゃない。
先輩も私と一緒の状況だったってことは。
もしかして、
(先輩の想い人って私?)
「きゃーどうしよ! 相思相愛両想いじゃない!」
嬉しさに身悶える私。
「もちろん協力します。その恋、私がズキューンと叶えちゃいますっ!」
「良かった。これで
「せ、生徒会長?」
「うん。生徒会長の
口から抜け出た魂をピグ太が再び口にねじ込んだ。
「紅手鞠さんって言われても生徒会長の顔知らないっての。私今日入学したばかりだしガルル」
「お前やさぐれすぎ」
先輩との話はこう。
『今日彼女に告白するために放課後校舎の中庭に来るよう手紙を書いておいたんだ。キューピッドさんたちには僕の告白が上手くいくようサポートしてほしい』
「なんで好きな人の恋を応援しなきゃいけないのよ」
中庭の木の上で貧乏揺すりをする。
教室の窓から生徒たちが私とピグ太を凝視していた。教師陣から度々あんたら何者!? と聞かれたがこちらもその都度「入学祝いで呼ばれた今話題のコスプレイヤーで~す」と笑顔でウィンクし追跡を免れた。
そして不機嫌な顔に戻り木の上で貧乏揺すり。
「本当なら私もここで入学式を迎えてたはずなのに」
事故にあって死にかけてそのうえ失恋なんて。
「とほほ」
落ち込む私にピグ太が呟く。
「『その恋、私がズキューンと叶えちゃいますっ!』だっけ? ノリノリだったのに可哀想にぶひひ」
広い空間があったので横の子豚をボウリングの投球フォームで投げる。
「この乱暴女ー!」
勢いよく空中回転する子豚は止まることなく宙を飛び正面の壁にぶつかりそうになる。
その時、ぽすっとピグ太の身体が柔らかくキャッチされた。
彼を受け止めたのは美しい女子生徒だった。
「大丈夫?」
「ぶ、ぶひ」
周りに花が咲き誇るような麗しい命の恩人に全身を真っ赤に染めるピグ太。
「そう、よかった」
微笑む眼差しはまるで女神のよう。ピグ太はうっとり女子生徒を見ている。
「じゃあね。子豚さん」
頭を撫でそっと地面に下ろすと微笑みを浮かべ彼女は去っていった。
去り行く命の恩人を見つめ一言。
「なんて可憐な人なんだ」
「よかったね美人に拾ってもらって」
彼を危機に追いやった犯人(私)が声をかける。
「俺、豚として飼われる生活も悪くないかも」
「あの人に限らずペットに豚飼おうとは思わないな」
「いっそ豚肉として食われたい」
「おい」
放課後になりやっと待機状態から解放される。
「ところでサポートってどうするの」
「中庭に来た男と片想いの相手に向かってこの矢を射つ」
ピグ太は自分の尻尾をブチっと切る。切られた尻尾はハートの矢になった。
「矢が刺さった者同士はお互い両想いになりカップル成立。そうすれば任務成功で俺たちも無事生還」
千切れた尻尾は一瞬で新しいものに生え変わる。
「つまりこれで先輩たちを射てばいいのね」
「出来るかお前」
「私中学は弓道部よ。最初は下手だったけど今は達人級。それこそ錦先輩のおかげでね」
「そうかあの男も弓道部か。同じ中学で同じ部活かよ」
「終わった恋の話はやめやめ……あ」
先輩が中庭に来た。
油の切れたブリキのおもちゃのような歩き方だ。
少しすると中庭にもう一人歩いてきた。
「話ってなに。佐島くん」
「あの人って」
姿を現したのはピグ太をキャッチした女子生徒だった。あの人が紅手鞠さんか。
「ガーンッ」
ショックを受ける子豚の頭を撫で標的を見据える。
(もう少し会長に近づいて、あ、もうちょい右!)
なかなか狙いが定まらない。
「あ、あの、手鞠さん」
先輩はもじもじした挙げ句「やっぱ無理ー!」と中庭から逃げ出した。
「せ、イケメンさん!?」
「追うぞ」
先輩は屋上で膝を抱え落ち込んでいた。
「やっぱ僕じゃ彼女とつり合わないよ」
「なに言ってるんです。もう一度頑張りましょっ。今度は私も早く射つよう頑張るので」
中庭に目をやると生徒会長はまだその場にいる。
「ほら、会長待っててくれてるし戻りましょう」
「無理だよ」
「無理じゃないです。勇気を持って、ね」
しかし佐藤先輩は私の言葉に首を振った。
「僕にはもう資格がない。好きな人を前に逃げ出す出来損ないの僕に彼女を好きになる資格はない」
その言葉に私の胸に痛みが走る。
どうして。
なんで貴方がそんなこと言うの。
「先輩が私にそれを言うんですかっ!?」
私は彼の胸ぐらを掴み叫ぶように言う。
「先輩が“あの時”私に勇気をくれたんじゃないですか!」
***
『実桜ちゃんの字、桜に実るってさくらんぼみたい』
小学生の頃。友達と話した何気ない会話。
話に盛り上がっていると近くの男子が言った。
『さくらんぼはさくらんぼの樹にしかならないぞ。ただの桜に実らないから』
倉本は実らない方の桜だよ。
その男子に悪気がなかったのはわかる。たかが名前の話。
でもそれ以降落ち込む度に自分の名前を思いだすようになった。
中学の時、部活動で上手くいかない私は弓道場で一人残り落ち込んでいた。
『どうした』
鍵を閉めにきた佐島先輩が私に声をかける。
『今日の部活のことで落ち込んでるの?』
先輩が新品のタオルを渡す。
頬にあたる柔らかな感触につい言葉がこぼれた。
『私、名前通り駄目な奴だなって』
『名前通り?』
『昔、私の名前が実る桜でさくらんぼだって言われて喜んでたら男子に“実るのはさくらんぼの樹だけでただの桜に実はならない”って言われて。失敗する度私は実らない方だからって落ち込んじゃって』
私の話を聞いて先輩は言った。
『じゃあ倉本はこの世で初の実る桜だな』
『え?』
『実る桜が今まで存在しないなら倉本が初めて実る桜になればいいだろ。倉本は可能性を秘めてるってこと』
『なんですかそれ』
その言葉に笑ってしまう。
奇想天外な先輩の言葉は私の心を軽くしてくれた。
***
「弓道場で言ってくれた先輩の言葉に救われました。この名前を好きになれた。だから、先輩が自分を否定するようなこと言わないでよ」
「弓道場、名前……君は、倉本なのか」
「どうでもいいですそんなこと。とにかく、今から私が恋の矢を先輩に射ちます」
先輩に向けて弓をかまえた。
キラリ。矢の先端部分のハートが光る。
「倉本? その矢の先端かなり尖ってるぞ」
「動くな。先輩を射ったら次は生徒会長を射ちます」
「言い方が物騒!」
「覚悟」
きゅるるると弦を引き先輩に向けて矢を放つ。
しかし先輩は迫る矢をかわす。
「ほれ追加」
豚の尻尾からもう一本矢を生成。しかしそれも避けられる。
「先輩ちゃんと当たって!」
「だって怖い!」
何度も外れる的に苛立つ私は「この意気地無しがー!」と目一杯弦を引き強力な一撃を放つ。
矢は先輩の襟の後ろ部分に刺さりぶら下がる状態で先輩は遥か彼方へ飛んでいった。
「うわぁぁぁぁ」
「せんぱーい!」
「まずヘタレ男の回収だ。女神はその後にするぞ」
先輩は縦横無尽に空を飛び優雅に八の字を画いている。
「どんな撃ち方したらあんな風になるんだよ達人」
「ち、力を入れすぎた」
散々飛んだ挙げ句先輩が着地したのは中庭だった。なんて遠回り。
「ぐえ」
矢が消え先輩はサーフボードのように床を滑り着陸。
「佐藤くん?」
「あの」
匍匐前進の姿勢で会長と対面する彼の顔は緊張を通り越して真顔。
「先輩がんばれ」
空から小声で先輩を応援。
「や、やぁ手鞠さん」
死にかけの虫のような動きで挨拶する先輩。
「……ぷ」
彼を見て会長はクールビューティーな印象を覆すほど豪快に笑う。
「あはははっ! 佐島くん、君、面白すぎ」
「へ?」
「全部屋上から丸聞こえだよ君の声。なにあの飛行! あはは!」
腹を抱え「苦しー」と笑い転げる彼女に先輩は口をあんぐり。
「て、手鞠さん?」
「そうだよ私笑い上戸なの。性格もワイルドだし。君の思ってるような私じゃなくて幻滅した?」
「そんなことない! 豪快に笑う手鞠さんも素敵だ。むしろ意外な一面が見れて嬉しい」
「私も同じ」
会長は言う。
「どんな佐島くんだって私は好き。中学の時から。だから資格なんてくだらないこと言わないの」
会長は彼のおでこに優しくデコピンした。
「手鞠さん、僕は、僕は! 貴方が好きだーッ!」
某韓流スターのような台詞を叫ぶ先輩だった。
「カップル成立ね」
「なんだ最初から両想いだったんじゃねーか。俺らの意味って」
「後押しくらいは出来たでしょ」
嬉しそうに笑う彼に「先輩よかったね」と呟いた。
『任務成功おめでとう!』
神の声だ。
『約束通り君たちを生還させてやろう。今度は死なないように気をつけるんだぞ~い』
ぞ~い、が言い終わる頃には私たちの身体は光りだしていた。
足元から身体が光の粒子になって消えていく。
「ちょ、足消えてる」
「落ち着け。この身体は仮の姿だから本来あった身体が
そう言うピグ太の身体も消えかけてる。
「元気でな倉本実桜。お前のことわりと嫌いじゃなかったぞ」
「ピグ太……もう会えないの?」
「しみったれんな」
つぶらな黒い瞳が私を見つめる。
「この世界で俺もお前も生きてることに違いはねぇ。それで充分だ」
じゃあな。
そう言い残しピグ太は空から消え去った。
「ピグ太!」
充分じゃないよ。
まだあんたの“本当”の名前を聞いてない!
それがピグ太との最後の会話だった。
「遅刻遅刻ー!」
病院で目を覚ました私は治療を受けて一ヶ月後やっと登校が叶った。
今日から青春を味わうぞー!
「ってはりきってなんで寝坊するの私は」
よりによって目の前の横断歩道が赤に切り替わる。大きい道路だから信号長いのに、ついてない。
「ん? あれブサ猫じゃん!」
横断歩道を挟んだ向こう側。
そこには例の不細工猫が歩いていた。
猫はたら~と赤信号の横断歩道を進んでいく。向こうには車。
「危ない!」
私は駆け出し道路のど真ん中にいた猫を拾う。
渡りきるには距離がある。私の足じゃ間に合わない。
迫る車。
クラクションの音。
うわピンチかも。
その時、ふと身体が軽くなった。
「え?」
私の身体は学ランを着た男の子に抱えられていた。
男の子は猫を抱いた私ごと抱え凄い速さで横断歩道を渡りきる。
「まったく。お前も猫と同じで学ばない奴だよな」
男の子は意地悪そうに私を見つめニヤニヤ笑う。
こんなやりとりをした小さな相方の顔が浮かんだ。
もしかして。
「相変わらずドジめが」
この憎まれ口よ。
あんた中学生だったのかい。
私は彼に向かって言ってやる。
「初めまして久しぶり。ところであんたの名前を教えてくれない?」
少し遅れてやって来た新しい出会いに私は胸を高鳴らせた。
壊れた桜に恋は実るか 秋月流弥 @akidukiryuya
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