第1章:旅の始まり2

「よし、まずは南にあるシエルエールから情報収集をしよう」

「うん」

「でもさ、未解決事件の犯人を捕まえるって、本当にできると思う?当時誰も犯人を見つけられなかったんだよ?」

 シグマは城の外に出て考え始めた。

「被害者であり当時子供だった僕達でさえ、あのあっという間の出来事をおかしいと思うんだ。だとしたら、犯人は何かしらの理由があったんだろう」

「だとしてもなぁ……理由がわからな過ぎてどう探せばいいのかわからないよ」

「わかってるよ。だからこそ歩き回るしかない。わざわざ隣国のベアトリウスまで足を運べと言われたんだ、望み通りそうするさ」

 長い旅になる。慌てる必要はない。

「一応国民にも話を聞かないとね。あの大火事事件の被害者は全国にいるんだから。シグマ、あなたを始めとしてね」

「うん、忘れずにやろう」





 港町シエルエールはセレナ達が住んでいる城下町がある首都のレオネスクから南下してすぐの所にある。いわゆる他国からの流通を目的とした貿易拠点だ。流通をよくするため、城下町にアクセスしやすいように作ったという背景がある。だからすぐに着く。

「よし、ついたぞ」

「やっぱ港町だからそこそこ栄えてるね」

 奇麗だなぁというメイ。

「そうだね。ここから色々食料とか城に運ばれてくるからね」

「それで……どう、いそう?私達は騎士だから民を守る使命もあるから、パトロールもしながら情報を集めないといけないわ」

「う~ん」

 首をかしげるシグマ。

「いや、今のところはいないよ」

「じゃあ、町の人に話しかけて回りましょう」

「ああ、そうしよう」

 シグマはすいませーんと近くにいた住民に話しかける。

「あん?」

「大火事事件の再調査を行っておりまして、よければ協力をお願いしたいんですけど……」

「大火事事件の再調査だぁ?よりにもよってなんで今頃……」

「ええ……お気持ちはその通りなんですけど、ご協力を……」

「な、なんでもいいんです、どういう感じだったのかとか、当時の事を喋ってくれれば……」

 シグマとメイは自分達が当事者である事を他の国民に言う事はない。首都にいる人達は既に知っているし、自分の事を知らないノーシュ人も多くいるからである。なにより、大火事事件が未解決であるという事は、ノーシュ国民のほぼ全員がニュースによって知っている。

「はぁ……あの頃は普通に今みたいに仕事をしていたよ。それですぐに対応する事になった。だからもちろん犯人は見てないよ、起きてから知ったんだし、いつのまにかいなくなってたんだろ?だから協力してといわれても無理だよ」

「そうですか……」

 現実はこんなものである。同情するだけでも嬉しいものだ。何より自分達は当時子供で、知りたくても知れない環境で育った。でもだからこそ……。




 初めて住民と話して、がっかりした後も、何回か住民に声をかけた。でも結果は似たようなもので、たまに同情してくれる優しい人はいたが、大半は仕事が忙しいから話しかけるなとか、ごめん、わからないとだけ言って去るのみ。関係者ではない部外者がそもそも圧倒的に多く、当時の状況を知る事さえ難しかった。

「やっぱり皆知らなかったわね。まぁ、でしょうねっていう感じではあったんだけど」

「これで僕達がここに留まる理由はなくなったんだけど……。

う~ん、そのまま別の町へ行くのもなぁ……」

 元々国からベアトリウスにいるかもしれないという情報をもとにしている事である。あくまでこれはベアトリウス人の友人がいたり、向こうに詳しい人がいるかもしれないから聞いてるだけだ。ないならないで、すぐに他の所に行ったって構わないのだ。

「あ、そういえばここにはカレア家のお屋敷があったはず。シグマ、あそこにお邪魔してみたら有用な情報が得られるかも!」

「カレア家かぁ……。たしか、この街を発展させた有名な商人……の子孫なんだっけ」

 歴史は古く、代々続いている。

「そういえば、あそこだけ悪いかなと思って行ってなかったか。そうだね、隅々まで探さないといけない任務だし、ダメ元で行ってみよう」

「うん!」



 シエルエールには、港町でありながら、少し離れた所に一つぽつんと豪邸が建っている。もちろんカレア家の自宅である。門をくぐり、庭に入る。警備兵がきちんと配備されており、外から窓を見るときちんと使用人いることがわかる。使用人はばたばたと作業をしているように見える。

「すいません。ちょっと大火事事件の再調査でカレア家にもお伺いしたいんですけど」

「あ、これはこれは、首都の人でしたか!どうも、お世話になっております、どうぞ!」

「……」

「顔パスって便利よねぇ……」

「そ、そうだね……」

 どうやら裏で自分達が作業しやすいよう色々やってくれているらしかった。ありがたみを感じつつも、徹底した教育ぶりに恐ろしさも感じる。

「失礼しまーす……」

 シグマとメイはカレア家の中に入った。玄関で佇み、受付を待つ。

「……想像以上の大きさね。この広さで10何人しかいないなんて、まるでホテルじゃない」

「ああ、そうだね……」


「こんな所に何の用ですかな?」


 待っていていざ現れたのは、いかにも高齢の執事という感じの人だった。

「あっ、カレア家の当主様ですか?」

 しかしシグマは、あまりにも立派に見えたので、このように返した。

「いえ、ここで働いている執事ですが……」

「執事が対応……ま、そりゃそうか」

 当主がそんな簡単に出てくるわけないよね。メイはそう思っていた。

「あ、あのっ、12年前に起きた、大火事事件の再調査で来ました。当時の状況などを知っていれば教えてくれませんか」

 シグマのこの言葉に、執事の方は真面目な顔になる。スイッチが切り替わった感じだ。

「……の人間だな?」

「はい」

「そうか。ならばついて来るがいい。現当主に案内してやろう」

「よろしくお願いします」

 あっという間にあっさりと目的の人に合わせてくれる。シグマとメイは、国家権力がどういうものか、成人をして初めて思い知った。

「(見張り役がいたり、警戒心は高めね。私たちの事を国の人間って言ったり、国と関係があったみたいね。慣れてるわ)」

 これから話されることはなんだろうか。少なくともシエルエールの住民よりも事情が詳しいのは確かだ。町を発展させているありがたい貴族なのだから。

「良い話がきけるといいのだけど……」

 メイは、歩きながら事がうまくいくように祈っていた。




「……お嬢様。客です。国の者ですが」

「ソージ。ご苦労様です。さがっていいですよ」

「はっ。では、シグマ様、メイ様……ごゆっくりどうぞ」

 当主の部屋に案内されて、そこにいたのは数人のメイドと……。

「……」

「この子が……当主?」

 一人の、小さな女の子だった。年齢はおそらく12歳もいっていない。

「それで……何の用ですか?」

「え、えっと……チョ、チョットマッテクダサイネ!?」

 シグマは困惑していた。

「(ちょ、ちょっと待ってくれよ!大火事事件は12年前に起きた事なんだぞ、こんな明らかな女の子が当時の事を知ってるわけないだろ!)」

 シグマとメイが年齢の確認をしないのは、見ただけで年齢がすぐわかるような顔だちをしていたからである。童顔の人もいるが、そういうレベルじゃなく幼いのだ。つまり素人でもわかるぐらいに幼いという事。

「というか両親はどこなのよ!?なんでこの子が当主!?いつの間にか引き継いだ情報なんて聞いてないわよ!?」

 そして、当然だがシグマとメイは町はいまこうなっている、などのいわゆる地理の勉強をしてきて今成人として騎士の仕事をしている。二人は馬鹿ではないし、きちんと任務をスムーズに遂行するための知識や鍛錬はしてきたのだ。

「そ、その……」

 現当主の女の子はさすがに気まずくなり始めた。

「すみません……自己紹介と、両親の居場所を、教えてくれないかな?」

 シグマが優しい口調で話しかける。……話しかけざるを得ない。

「当主様」

「それは私から——」

「いい!ちゃんと自分で話す!」

 急に大声で叫んだので本人以外全員がびっくりする。

「どういう、事?」

「さぁ?」

「あ、あの……」

「ん?なにかな?」

 シグマの優しそうな顔を見て安堵したのか、女の子は、満を持して全てを話し始めた。

「ごめんなさい!両親はいないんです!」

「どういうこと?」

「私、マイニィって言います……。両親は……5年前にとある盗賊に殺されてしまったんです」

「「こ、殺されたぁ!?」」

 シグマとメイは目を見開いて驚く。

「は、はい……。この町の住民の皆さんはこの事を知っていますが、今のカレア家が私しか後継ぎがいない事や、まだ未成年という事もあり、今のシエルエールは現在進行形で民間の人達が個々の判断で生活している状態なんです。ようするに今まで相談などを乗っていましたが、それができなくなってしまったんです」

 不幸な事があったが、それで変わったことの方が大きい。このマイニィという女の子当主は、どうやらそういう事が言いたいらしかった、

「知っての通り、私達カレア家はこの町の発展を支えた代々続く名門貴族です。住民の皆さんは私の事をまだ子供だとは思っていても、当主として、一応尊重してくれています」

 普通ならあり得ないことをさらっと言ってのけるマイニィ。

「ですが私は、家を継いでカレア家を存続させていくべきなのか、この家を売り、地に足をつけて堅実に生きていくべきなのか、判断着かないんです」

 そりゃそうだ。まだ子供なんだから。自分達だって成人したばかりで、誇らしげに僕達は大人だ、なんて言うつもりはない。シグマとメイは話を聞いてそうな風に思った。

 しかし重要なのはそこじゃない。マイニィ……ちゃんの今後と、シエルエールのこれからだ。

「そ、そんな……。シエルエールが、こんな状態になっていたなんて……」

 思わずうなだれるメイ。それを見てシグマは、あ、ずるい、僕もうなだれたいのに、と心の中で思った。

「盗賊は逃亡中で、犯人はまだ捕まっていません。そういう意味ではかたき討ちをしたいという気持ちも、ないわけではないです。ですが……まずはこの家をなんとかしないと……」

 どうやら進むべき道はマイニィちゃんの中では既に決まっているらしかった。でも、その一歩が踏み出せない。

「あ、紹介が遅れました。改めまして、私、マイニィ・カレアです。カレア家の現……当主です。こんな状況なのに来てくださってすみません。あ、あはは……」

 なんて出来た子なんだろう。シグマはそう思い、そしてすごく感心した。

「マイニィさん」

「マイニィでいいです」

「ではマイニィ。あなたは自分でどうしたいと思っているのですか?」

「……」

 ちらっ、とメイドの方を見るマイニィ。

「気を使わなくても大丈夫ですよ。自分の本音を言ってください」

 マイニィは今までついてきてくれたメイドにそういわれ、自分の本音を国の人に初めて言う事にした。

「私としては、流石に今はまだ住民の方々と一緒にこの町を支えるような能力や知識はないので、どこかで勉強をしたいと思っています。幸い、資産がたくさんあるので、生活には困りませんが、学校に行くべきなのか、そうじゃないのかわかりません」

 最後に、一番言いたいことを、すごく不安そうに言った。

「お金目当てにまた命を狙われたらたまりませんから……」

「「……」」

 こういう時どうするべきか。それもシグマとメイは教えられた。答えは自分の心とルール、両方に従う事。そして時にはルールを破り、正義を貫くことだ。

「——ならマイニィ。城に行こう。セレナ王女に頼んでみれば、何とかしてくれるかもしれない!」

「……王女様が?」

 ああ!と言い、一歩近づくシグマ。

「実は僕、今の君のように孤児なんだ。それをセレナ王女に拾われて、今こうして生きている。だから君もなんとかしてくれるはずだ」

「そう、なのですか」

 シグマに言われて、目が少し輝き始めるマイニィ。

「では、その王女様に会って、相談してみましょうか」

「ではお嬢様……」

「うん……この家は、ホテルか酒場にでもして。皆は解雇。今までありがとう」

「そんな……今までずっとやってきたではないですか。まだ幼いながらもしなければならないご決断、立派でしたよ。それに、私たちはいつまでもお嬢様の味方です。どこで過ごしても、定期的に会いに行きますよ」

「ありがとう……」

 聞いててシグマとメイは思った。話し方や接し方から察するに、このマイニィという女の子はすごく大切に、そして可愛がられて育ったと。両親が死んだ時、この使用人達は共に泣き、その後当主としてどうあるべきなのかを時に厳しく、でも心の中はすごく優しくマイニィというただの女の子に教えてきたのだと。思って自分達も泣きたくなった。

「では、行きましょう。えっと……」

「僕はシグマだよ。シグマ・アインセルクって言うんだ」

「メイ・ヘンドリーズよ」

「ではシグマさん、メイさん。お城まで、護衛よろしくお願いします」

 こうして、初めての町の再調査は、思わぬ人が加わり終わりを告げた。そして、やむをえず旅に出たばかりだというのに城に戻ることになる。仕切り直しになるが、しょうがない。

 しかし2人より3人になって帰れるのだから、良い事のはずだ。だって2人よりも3人の方が寂しさがまぎれやすいから。

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