第35話『頼む。どうか間に合ってくれ……!!』

「やっぱりアンタだったか。……


「お、お前は、ユリたんの弟じゃないかッ! どういうことだ……⁉」


 樺沢かばさわ健二けんじは地面に這いつくばったまま顔を上げ、ウィッグを取った俺を見上げてくる。


 マリーさんが樺沢の手首を背中に回し、動きを封じたまま立ち上がらせた。一九〇センチの大柄のオネェに拘束され、樺沢は委縮いしゅくしているようだ。


「さァ~て、ストーカーちゃんにはこのまま事務所まで来てもらうわねぇ~ん」

「はぁ? ちょ、ちょっと待て! なんでボクがストーカーなんだよッ⁉」

「はァ~い。詳しい事情は事務所で聞くわねぇ~ん」


 この後は事務所に戻って樺沢と話し合いをする手筈となっている。まずは俺たちと話して、ちゃんと会話ができそうなら悠里も交えて和解に持っていきたい。

 だが、樺沢はマリーさんの拘束から逃れようと必死に抵抗しながらシラを切ろうとしていた。


「放せッ! ボクはストーカーなんかじゃない‼」


 暴れる樺沢を、俺はため息を吐きながら見下ろす。


「……自分がストーカーじゃないってなら、なんだよその怪しい恰好は?」

「こ、これはユリたんの後を付けても怪しまれないように……」

「やっぱストーカーじゃねぇかッ! ていうか、逆に怪しいから。その恰好……」

「違うッ! ボクはユリたんを守るために彼女の後を付けていたんだッ‼」

「勝手なこと言ってんじゃなァ~いわよぅ! ユリちゅわァんがどれだけ怖い思いをして、どれだけ悩んでいたと思ってんのよぉ~ん‼」


 マリーさんの眼差しが鋭く細められていた。

 濃いアイシャドウのせいでかなりの迫力を感じさせる。


 しかし意外にも、樺沢は怯みながら尚も訴えかけてきた。


「本当にボクはストーカーじゃない! ストーカーは別にいるんだよッ‼」

「そぉ~んなの信じられるわけないでしょぉ~ん!」

「信じてくれ! なあ、弟は信じてくれるよな? このままだとユリたんが危ないんだッ‼」

「だァ~か~ら~。信じられるわけないでしょぉ~ん? オーナーとして言いたいことはたっくさんあるけどぉ~、ユリちゅわァんが話し合いたいって言うからァ~……」


 マリーさんは爆発しそうな感情を抑え込むように拳を握りしめていた。

 この人はこの人で、オーナーとしての不甲斐なさや怒りなどいろいろ溜め込んでいたのかもしれない。それでも、当事者である悠里の意見を尊重してくれているのだ。


 軽く息を吐き出したマリーさんが落ち着きを取り戻した口調で言う。


「さァ~、ひとまず事務所まで来てもらうわよぉ~ん」

「――ちょ、ちょっと待ってください」


 俺が咄嗟に声をかけると、マリーさんがこちらに振り向いた。


「ストーカーがもう一人いるって話、本当かも……。前に犯人を見たとき、もっと大柄だったように思うんです。もしかしたらこの人の言うとおり事態は一刻を争うかもしれません。少し、話を聞いてみてもいいですか……?」

「お、お前ェ~! さすがボクとユリたんの弟だ……‼」

「アンタの弟になった覚えはねぇよ」


 言いながらマリーさんに目配せすると、コクリと首を縦に振ってくれた。


「けんじ兄ちゃん。ストーカーが別にいるって、どういうことなんだ?」


 俺が取り入るように問いかけると、樺沢は素直に話し出す。


「一週間くらい前のことだ。突然ネットの掲示板にユリたんについて語り合うスレが立ったんだよ。そこで誰が一番ユリたんのお兄ちゃんに相応しいか、マウント合戦が始まって……」


 なんだよ、その地獄絵図……。

 うちの姉で勝手にマウントバトル始めるのやめてくんないかな……?

 と、口に出そうになったがグッとこらえて耳を傾けた。


「――マウント合戦はどんどんエスカレートしていって……。そのうちユリたんに手紙を書いたり、プレゼントを贈ったりしてマウントを取り合うようになったんだ」


「たしかに一時期、ものすんごぉ~い量の手紙とプレゼントがユリちゅわァん充てに届いてたわねぇ~ん。まあウチは従業員への手紙やプレゼントはお断りしてるから、プレゼントの類はアタシがありがたく使わせてもらってるけどねぇ~ん」

「そ、そんなぁ……」


 マリーさんの衝撃の告白にショックを隠し切れないのか、樺沢があからさまに動揺していた。

 すかさず、俺は話の続きを促す視線を送る。


「……そんなある日。ユリたんを隠し撮りしてマウントを取り始めたヤツが現れたんだよ。さすがにそれはやりすぎだと思って、そいつとバトッたんだけど……ストーカー行為は日に日にエスカレートする一方で。だから、ボクがユリたんを守るしかないと思ったんだ……!」

「つまり、アンタは姉をストーカーから守ろうとしていて。真犯人が別にいるってわけか……?」


 当たり前だが、その話を鵜呑みにしようとは思わない。

 だけど万が一にも、姉になにかあったらと思うと胸の奥底がザワザワと騒ぎ立った。


 樺沢がおもむろにスマホを取り出し、画面を見せてくる。


「証拠ならある! あと、犯人にも目星は付いているんだッ‼」

「なっ、ホントか⁉」

「ユリたんを守るために、ボクも独自に犯人を追っていたんだ……!」


 差し出されたスマホにはネット掲示板で繰り広げられたレスバトルが映し出されている。

 樺沢が画面をスクロールすると、真犯人の手がかりがメモ帳に箇条書きされていた。


「情報集めには自信があるんだ! 偶然SNSで見かけた好みのキャラを特定す――」

「こ、これは……⁉」


 その瞬間、俺は走り出していた。


「み、湊斗きゅん! どこ行くのよぉ~ん⁉」


 背後からマリーさんの驚いたような声が聞こえる。

 しかし振り返る余裕すらなく、俺は駅に向かってひた走った。


 今は俺の家で悠里を匿っているし、安全なはずだ。


 だがもしも、この情報が本当だとするならばアイツが危ないかもしれない。

 悠里の居場所を、俺の家を犯人が知っている可能性がある。


 ――頼む。どうか、どうか間に合ってくれ……‼

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