第2話『オタクの時間でやんすよぉ――ッ!』
「ここからはオタクの時間でやんすよぉ――ッ!」
これこそが葉山真市の本性。カッコよく言うなら真の姿である。
先生は足元に置いていた紙袋をローテーブルの上に上げ、それを俺の方に差し出してきた。
「今月のブツでやんす」
紙袋の中を覗き込めば、アニメのブルーレイボックスや漫画、ライトノベル。他にもエロゲのパッケージなどが見える。まるでオタクの夢を詰め込んだ福袋だ。
俺はその中からブルーレイボックスを引っ張り出して頭の上に掲げた。
「こ、これって、『オーマイシスター~星に祈る
「ふふふっ、かなり苦労してやっとこさ手に入れたでやんすよ」
「さすが先生ッ! 俺にはできないことを平然とやってのける……‼」
月に一度行われる面談というのは実は口実であり、ちゃんとした面談をするのは頭の十分程度。そのあとはこうしてオタク談議に花を咲かせていた。
葉山先生は一年五組の担任を受け持つ数学教師でありながら、俺のオタク趣味の師匠でもあるのだ。俺がここまで妹モノの作品を愛するようになったのもほとんどこの人の影響である。
先生からの支給品でふと思い出し、俺もスクールバッグからビニール袋に包んだブツを取り出した。先日から先生に借りていたエロゲ――『妹サキュバスの晩ごはんっ!』だ。
「ふむ、どうだったでやんすか? ぜひ感想を聞かせてほしいでやんす」
「ここ最近では一番の良作でしたね。特に次女のマドカがめっちゃ可愛かったですっ!」
「いいでやんすねぇ~。妹にツンデレはまさに鬼に金棒でやんすから!」
「そうなんですよ、普段はツンツンしてるのにサキュバスに変身したら急にブラコンになるんですよ! 胸にため込んだ想いが爆発するあの感じがたまんないっすよねぇ(早口)」
「マドカもいいでやんすが、オイラはやっぱり長女のシオン推しでやんすかね!」
「いやいや、シオンはないでしょ。あんな自分勝手な姉を持つマドカたちが可哀想ですよ」
「ちょっと待ってほしいでやんす! シオンが自分勝手に振舞うのはお兄ちゃんを愛するが故でやんす。そこにこそ魅力がたっぷりと詰まっているでやんすよ!」
毎度のごとく、批評会は白熱した。
ざっと三〇ほど『妹サキュバスの晩ごはんっ!』について語り合った後、葉山先生が思い出したように口を開いた。
「そういえば、『妹代行サービス』ってご存じでやんすか?」
「いえ、初めて聞きました。なんですかそれ?」
「理想の妹が身の回りのお世話をしてくれるサービスなんでやんすが、この前試しに頼んでみたらこれが想像以上に良かったでやんすよ」
「えっ、デリヘルってやつですか……?」
いくらエロゲを語り合う仲でも未成年に、ましてや教え子に風俗を勧めるのはいかがなものだろう……と、思いながら目を細めると先生が慌てて弁解する。
「いやいや、決してやましいお店じゃないでやんすよ! 可愛い妹が家事をしてくれる、いわば家事代行サービスでやんす!」
「表向きはそういうことになってるけどバレなきゃ大丈夫って感じの風俗店でしょ?」
「だから、違うでやんすよッ! 『聞かない・触らない・触らせない』――この三原則がお兄ちゃんたちの間での暗黙の了解になっているでやんすよ」
「なんかすんごいグレーな感じがしますね……」
「こういうのはお店側とお客の信頼関係で成り立ってるでやんす」
「へぇー」と感嘆を漏らしていると、先生がすっと名刺のようなものを差し出してきた。そこにはカラフルなフォントで『妹代行サービス』と書いてあり、ホームページのURLとQRコードが印刷されている。
「妹好きの小森氏ならきっとお気に召すはずでやんす。オイラはわけあってもう利用できなくなったでやんすから、この想いは小森氏に託すでやんすよ!」
「え、触っちゃったんですか⁉ それとも触らせた……?」
「なんでその二択なんでやんすかッ⁉ そんなわけないでやんす。実は、奥さんに妹代行サービスを利用したのがバレてしまったでやんすよ。おかげでお小遣いが減額されて予約していた来月発売のエロゲも買えそうにないでやんす……」
「えぇええ、ちょっと待って! 先生結婚したんですかッ⁉」
「ありぃ、言ってなかったでやんすか? つい先日のことでやんす」
先生は左手を顔の横に上げる。たしかに薬指に銀色の指輪がキラキラと光っていた。
「オイラとしたことが、小森氏にはもう言ったつもりだったでやんす。じゃあオイラと彼女の出会いについてまだ話してないでやんすね。そう、オイラが彼女に出会ったのは――」
「ノロケなんて聞きたくないです……」
この裏切り者め……。三次元の女は愛せないとか言ってたじゃないかッ! これもイケメンの余裕ってやつなのか……? 本気を出せばいつでも結婚できるのがイケメンなのか? おのれぇ、先生にダイナマイトを巻き付けて爆発させてやりたい……。
俺が怨念を込めている間も先生はホワホワとノロケていやがった。
「彼女は普段周りには弱みを見せないでやんすが、本当はみんなと同じ普通の女の子なんでやんすよ。そういう意地っ張りなところも――」
「だから、ノロケはもういいよッ!」
俺はバンッとテーブルを叩いて、スクールバッグと紙袋を持って立ち上がった。
「くっそぉ! ツイッターでエロいイラスト見つけてももう送ってやんないからなッ‼」
俺は目に涙を溜めながら面談室を飛び出した。廊下をひた走りながらアニメやエロゲを共に語り合ったあの眩しい日々を走馬灯のように思い出す。
さよなら先生。それと、おめでとう……。
そのあと、家に帰った俺はやけくそで次の朝まで積みゲーを消化し、土曜日の昼下がり――ついにあのホームページを覗いてしまったのだった。
あれ、こんなに遡る必要あった……?
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