第33話『俺にできることならなんでもやります』

 日曜日。とうとう作戦の決行日が来てしまった。


 俺は午前一〇時ごろ、悠里の出勤に連れ添って妹代行事務所に来ていた。昨日マリーさんに言われたとおり、作戦の確認と実行のためだ。


 事務所の広間に置いてある長机を、マリーさんを中心に妹代行サービスの従業員である妹たち数名と取り囲む。机の上には地図。マリーさんが駒を動かしながら作戦で使うルートの確認をしていた。


 ひとしきり作戦を頭に叩き込んだ後、俺はマリーさんに視線を向ける。


「あのっ……例のアイデアですけど。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」


 姉を囮にせず、犯人をおびき出す方法。そんな方法があれば、ぜひとも採用したいが。マリーさんは俺が作戦の命運を握っていると言った。一体、どんな作戦なんだ……?


 マリーさんはもったいぶるように咳払いして、こちらを見据える。


「しつこく言うようだけれどねぇ~ん。この作戦は湊斗きゅんの協力なくして成功はないわァ~ん。お姉ちゃんを守るためよぉ~ん、協力してくれるかしらァ~ん?」

「はい。俺にできることならなんでもやります」


 俺は力強くマリーさんを見つめ返した。

 その視線を受けたマリーさんはふっと笑みを漏らす。


「いい弟をもったわねぇ~ん、ユリちゅわァん!」

「……はい」


 悠里は少し照れくさそうにしながらもはっきりと答える。


「それで、俺はなにをすればいいんですか?」

「簡単なことよぉ~ん。ユリちゅわァんの代わりに湊斗きゅんが囮になってねぇ~ん」

「は? え、でも――」

「はい。これに着替えてねぇ~ん!」


 マリーさんが差し出してきたのは赤茶色の長髪のウィッグとセーラー服だった。

 なぜそんなものを渡してきたのか理解出来ず、俺はしばし思考を停止する。


「えっと。なんですかこれ……?」

「なにって、湊斗きゅんの衣装に決まってるじゃなァ~い。これを着て囮になるのよぉ~ん!」

「いやいやいや囮って。俺がこれを着て、ですか⁉」

「なんでもするって言ったわよねぇ~ん。オトコに二言はないでしょぉ~ん?」

「そ、それはそうだけど! だいいち、俺が姉のフリってのは無理があるでしょ⁉」

「そうかしらァ~ん? 身長もさほど変わらないしぃ~、肩幅だってコートを羽織っていれば分からないわァ~ん。そ・れ・に……絶対可愛くなるわよぉ~ん!」


 その瞬間。マリーさんの目の色が変わった気がした。いや、よく見ればマリーさんだけでなく、机を囲んでいる従業員のお姉さま方も目をギラギラとさせていた。


 まずい。だんだん断れない雰囲気になっているような……。

 思わず姉に助けを求めるように視線を向けるが、ふいっと目をそらされる。


 おォーい、姉ッ! 弟がピンチだぞッ、助けてよォ‼

 コイツに助けを求めたのは間違っていたようだ。


 自分の身は自分で守らなければッ……‼


「嫌だッ! 俺は女装なんてやりたく――」


 数分後。更衣室から出ると、マリーさんや従業員のお姉さま方が群がってきた。


「あらァ~、可愛いじゃなァ~い! 食べちゃいたいくらいよぉ~ん‼」

「ほんとユリさんにそっくりですね~!」

「ユリ先輩が出られないときは湊斗くんに出勤してもらえばいいんじゃん!」


 怒涛の勢いでなにか言われているが、俺にはなにも聞こえない。

 赤茶色の長髪ウィッグを被らされ、赤リボンのセーラー服を着せられた俺はダラーンと全身脱力しながら将来への希望や生きていく活力などその他諸々を失いかけていた。


「もう、お婿むこに行けない……」


 俺が落ち込んでいると、ふいにポンと肩を叩かれる。


 顔を上げれば、悠里が穏やかに微笑みかけてきた。多分俺を助けようとしてくれているのだ。普段はいろいろと悪態を吐いているが、やはりここぞというときに頼りになる姉なんだ。


 思わず目頭が熱くなる。

「ね、姉さん……」

「――さ、ツインテールにするわよ」


 もうヤダ。帰りたい……。


 俺は膝から崩れ落ちた。


 その後――。

「うわああああああ‼ やめろォ‼」


 暴れる俺を従業員のお姉さま方が羽交い絞めにし、髪をツインテールにされたのだった。


 出鼻をくじかれたような気分だが、なにはともあれ作戦決行だ。

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