宇宙を感じる。その先の夢。

猫又大統領

暴力とそれぞれの夢

 バイトの帰り道。メイド姿の女性が一人立っているのが見える。その前を通り過ぎる瞬間、チラリと目を遣ると、両手で段ボールの切れ端を持っていた。そこにはと書かれている。足元の小さい箱からが飛び出していた。

 その格好と段ボール製のプラカードの内容に驚いて、思わず顔を見ると黒いカチューシャに長い黒髪と目の片方には白い布地に黒い文字でと書かれた眼帯を装着していた。

 俺は視線をすぐに足元に移した。今見たことは忘れよう。冷静に考えればメイドが蛇探しをしていても問題はない。でも眼帯に“め“と書かれているのはどういうことだろう。あまりにも前衛的だ。俺は話しかけられるのを恐れ、歩く速さを加速させる。

「ねえ、そこの人、ちょっと! 今が合ったでしょう?」

 全身が硬直する。予想していた悪い事態になった。

「聞いてます?合ったでしょ? 

 そう言いながら俺の前に立った。

「えっああそうだったかな?」

「間違いなく合いました。早く認めてください。急いでいるんです」

「え、えっと、あっ見ました。合いました」

「では質問に答えてください」

「はっはい。えっと、いやあ、あの、を見ただけで? 質問に答えるつもりはありません」

「あなたはニーソックスアライグマみたいな奴ですね」

「えっ」

 聞いたこともない単語の組み合わせに恐ろしくなった。返す言葉が出てこない。

「では、質問に答えてください、そうすれば見逃します」

 俺はゆっくり頷いた。あんな得体のしれない言葉を聞きたくなかったからだ。

「カチューシャ蛇を見ませんでしたか? 」

 俺はその言葉を聞いたことがあった。そいつは今、俺の家の犬小屋にいる。

「知りません。急いでいるので」

 見た目からは想像できないような力で手を掴まれた。

「ちょっと待って。なんで驚かない? ニーソには驚いていたよね? 他の人間と違う」

 失敗した。それに、ニーソックスアライグマをニーソと略すのか。知りたくなかった。

「蛇の仲間?」

 俺は願いながら聞いた。

「もちろん。だからここまできたの」

 そういうと優しく手を離してくれた。嘘はない。そんな気がした。それに自称、宇宙からやってきたというカチューシャ蛇をいつまでも犬小屋に入れておくのもかわいそうだった。

「俺の家にいる」

 犬小屋のことはオブラートに包んだ。

「えっ本当に? 会える。会えるんだあ」

 そういうと、小さい箱から白いカチューシャを出し、大事そうに両手で胸のあたりで握り締めた。

「じゃあ、俺の家に行きます」

「うん」

 俺たちは歩き始めた。

 家に向かう途中で思い切って聞いた。

「ニーソって奴はいったい何?」

「あいつらは敵。戦ってる」

「戦ってる? 帰っても戦うの?」

「そう。戦う。でもお前たちのように死んだりしない。殺しは禁止されているから」

「ルールがあるんだ」

「そう。半殺しまで」

 恐ろしい規則に驚きながら、質問を続ける。

「蛇太から聞いたけど、宇宙から来たって本当? あなたも? えっとお」

「あ、名前ね? 言うのを忘れていたね、私はトナ。そう、宇宙から」

 そういうとカチューシャを握っていない手で、ピースサインをしてきた。その一連の動作にわずかな宇宙も感じられなかった。

「俺はマル。よろしくトナさん」

「よろしく。あと、マルが蛇太と呼んでいる、カチューシャ蛇のことは隊長と呼んで」

「えっ隊長? はい。了解です」

「隊長って名前に引っ張られて返事したろ? まあいいけど。彼は隊長。私は副隊長」

「ええ! 副隊長!」

「そうなの。いい驚きっぷり」

「じゃあ、今は隊長、副隊長不在の状況で仲間が戦っているの?」

「今はお休み中」

「休みがあるんだ。大事だもんね」

 そこまで熱心な争いではないことに安堵した。

 そうこうしている内に、家の前に到着した。俺は犬小屋の少し離れた所から呼びかけた。

「蛇太さん! 蛇太さん! 仲間がきたよ!副隊長だよ!」

 家に居る、母に気づかれないように小声で呼ぶが、出てこない。やはり犬小屋に近づいていうべきだろうか。しかし、犬小屋に入れていたことが露見してしまう。副隊長に何をされることやら。

「隊長って呼びなさいよ。隊長! 迎えに来ましたよ!」

 大声で呼ぶ。俺はお母さんが来るから声を小さくしてくれと、恥ずかしくて頼めない。

 トナさんはあたりを探している。犬小屋以外を隈なく探しているが、いない。

 俺は意を決し、犬小屋に首を突っ込んだ。

「いない」

「マル…まさかあんた犬小屋に隊長を?」

「どうしよう。いない。」

「答えなさいよ」

「トナさん、今はそれどころじゃないよ」

 その時、家の中から悲鳴が。

「お母さんの声だ」

 俺は気づくと走り出し、ドアを開けた。

「きゃあああ」

 また悲鳴が聞こえた。

 一階を探し回る。

「おかさぁああん! どこおお! 隊長は人を殺さないよね?」

「当たり前。でも人間を確実に半殺しにはできる実力はある」

 この無神経なところに宇宙を感じる。でも不思議と隊長はそんなことしない確信があった。

「きゃああ」

「二階からだ!」

 俺は二階を駆け上がると扉が開いている部屋に突入した。

 そこには今まで見たこともない、大きな蛇が、頭に麦わら帽子を被り。部屋には幾つかの帽子が並んでいる。

「帰ってきたの? 今、蛇吉に似合う帽子を選んでるのよ。麦わら似合う。きゃああいい!」

 それは、ファッションショーをしていて盛り上がった声だった。

「蛇吉? どういうこと。それにデカくなってる」

「隊長! 何してるんですか!」

「えっ! どうして……カル……ここに……」

「みんな心配しています。帰りましょう。」

「ずっとここに居てよ。蛇吉ちゃん」

「それは……」

 母の言動に、隊長が言葉選びに苦慮しているのが分かった。

「愛犬の犬吉が死んでからずっと犬小屋に近づくのもできなくて、でもね、今日、洗濯が風に飛ばされて、取りに行ったらね、そこが犬小屋でね。蛇吉がいたの。犬吉の生まれ変わりよ!」

「そいつは宇宙から来たんだよ! 普通の蛇が話をする? いっそうのことスペース犬吉って呼びなよ!」

 俺は冷たく言った。

「え? う、う、うっ、うぅちゅうぅぅうううすぺっすぺ~す」

 母が取り乱す姿を見て隊長の目が潤んでいるように見えた。

「お母さん、あなたのワンちゃんは幸せです。こんなにも亡くなってからも大事に思ってくれている人がいるのですから」

「スペェエエスゥウウウイヌキチィイイ」

 と、言いながら母は隊長に抱き着いて泣いている。なんだ、この光景は、麦わら帽子を被った蛇に抱き着く母。宇宙だ。

「たぁいちょぉぉ帰りましょう。」

 トナさんも感情を高ぶらせながらいった。

「ああ。帰る場所かあ」

 隊長がうつむきながら呟いた。

 こんなにも優しく、人を確実に半殺しに出来る実力を兼ね備えた、スーパースネークがどうして地球にいるのか理由を知りたくなった。まさか、実は仲間さえも欺いた、洗礼された侵略者なのだろうか。

「そもそもなんで隊長は地球に?」

「それは私が答える。答える義務がある」

 トナさんがしっかりと俺の目を見て話をする。俺もを合わせた

「ニーソとの戦いの朝、ニーソの隊長が隊員の結婚式で飲みすぎて、二日酔いで戦えませんと言ってきた」

「なんと」

「隊長はニーソの言うことに渋々頷くと、戦いは後日ということになった」

「よかった。その日の争いはなくなったんだね」

「私は帰っていくニーソの隊長がと言ったのを聞いた」

「ニーソさん……」

「私はニーソの隊長に詰め寄り、即時交戦を要求、これに応じないニーソの隊長を半ーー」

 隊長がそれを言わせなかった。

「もうよせ。すんだことだ。私の指導力不足だ。それがすべての原因だ」

 隊長から感じるダンディズム。

「よくありません。隊長は全部を背負って職を解かれたんですよ。私を残すために」

「何もかも受け入れるさ。私より実力のある部下のためさ」

「隊長……。でも……大丈夫なんです」

 ニタリと口角をあげながらカルさんは言った。

「大丈夫?」

 隊長が心配そうな表情を浮かべる。

「ニーソの隊長が証言をしてくれたんです。隊長のいなくなった後でしたけど、自分の態度にも原因があったと!戻れるんです。隊長!」

「そうか……。ニーソの隊長が? 戻れるのか。ニーソの隊長は無事なのか?」

 ここで俺と同じように隊長も何かを察した。

「そうです帰れるんです。えっニーソの隊長ですか? 酔った帰り道に転倒をして、に近い形で発見されました」

「トナさん、完殺しってなに? トナさんがやったわけじゃないよね?」

「完殺し……マルにはまだ早い。たまたま、私が発見をして救護した」

「えっうん。疑ってごめん」

「最初は痛みに耐えながら“俺になんの関係があるだ? 質問にはこたえんぞ“と会ったばかりのマルみたいなことを言っていたけどね」

「うん」

 俺は相槌を打ちながら冷や汗が止まらない。

「でもね、痛みが続くとね、次第に友好的な態度を取るようになって最後の最後なんてね、感謝をしているからもう許してくれ、と感謝の言葉までも頂きました」

 俺は最初の出会いで、ニーソさんのようにされる可能性があることに驚いて言葉が出なかった。

「そうかぁ。わかった」

 隊長は深く頷きながらいった。このスペースバイオレンスを制御することは、自分の使命だと隊長は理解したのだろう。俺も同感だ。宇宙を救ってくれ、隊長。

 トナさんはずっと握っていたカチューシャを隊長の前に出した。

「隊長。あなたにこそこのカチューシャは相応しい」

 そういうと隊長の頭にある麦わら帽子を横に置いて、泣きながらカチューシャを着けた。

 隊長はすぐに部屋の窓から外にニュルニュル、出ると、体がさらに大きくなり始め、太さは木の幹のようになり、長さは乗用車三台分くらいになった。

「でかい」

 静か呟いた。

「大きさはある程度自在に変化できるけど、ここまでの大きさはカチューシャの力。そして、何より、隊長の実力」

 トナさんがが誇らしげにいった。

 隊長の体が徐々に地面から離れ始め。俺たちのいる二階の窓の高さまで浮遊した。

「迷惑をかけたね。お母さんもお元気で」

「こんな経験、普通は出来ないから。一生の思い出になりました。隊長、ありがとう」

「いぃぃぬううぅぅううきぃぃいいちいぃぃぃ」

 お母さんは泣きながらそれしか言わなかった。

「あなた達に出会えてよかった」

 隊長の目が潤んでいる。

 トナさんの方を見ると目から涙が。眼帯を取って涙をぬぐっている。それを見ていた俺に気づいて話しかけてきた。

「この眼帯?気になるか? ただ着けているだけ。そういう時期なだけ」

「それって思春期の子がなる右手に何かが封印される奴みたいな?その“めは?」

「そう。あたり。この“め“はメデューサの目から。石にしちゃうわよってね。そんな力ないけど」

 トナさんはピースサインをしながらいった。

「帰ってからニーソとの争いがまた始まるけど、トナさんどうか無事でね」

 心の中でニーソさん達の無事も祈りながらいった。

「え? まあ、でも敵はニーソだけじゃないけどね」

「えっどういうこと、他にもいるの?」

「ハイソックスレッサーパンダと近々戦うよ」

「えっ手ごわい」

「そう。あとまだ先の先だけど一番手ごわい奴は」

「うん」

 俺は唾をのんだ。

「ツインテールポニーテール眼鏡チョイずらしチワワ」

「そんな奴に勝てるわけないよ」

 俺は自分が思っている以上にすっかり宇宙基準に染まってしまうのを感じた。

「そうでしょ? でもね、戦うしかないの。隊長と戦い続けるのが夢なの」

 そう言いながらニタリ笑い、隊長の背中に乗った。暴力と共存をしている彼女。最早、勝敗など微塵も興味がない彼女。

 隊長と目が合う。意志の強さを感じる。覚悟をしている目。

「隊長応援しています。毎日あなたのご武運を祈ります!」

「ああ、そうだ。負けられない」

 そういうと、あの子を背に載せて夜空へと消えていった。

 隊長はニーソやハイソやツインポニテ眼鏡など眼中に無いはず。何故なら隊長の実力なら勝てる。カチューシャ蛇は強い。

 隊長は何故、戦うのか。それは、あの子を止めるため。あの子が暴力のない世界で、幸せに暮らすことを考えているに違いない。そうでなければ戻る必要などない。

 それが今の俺にはなぜかわかる。俺もそんな世界が見てみたい。暴力を忘れたあの子の姿を。

 それが、宇宙を超える。

 隊長と俺とのスペースドリーム。


 翌朝、父が玄関の前で寝ていた。酔いながら帰宅すると庭から浮遊する巨大蛇が上昇して消えていくという夢を見たそうだ。

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