第76話:春は来れど春は来ず
「雪景色、わしより白く、嫉妬する」
骸骨が縁側でお茶をすすりながら、さっきからボソボソ呟いている。
いや、言ってもアスマさんそこまで白くないというか。
どちらかというと、ベージュっぽい。
「雪化粧、妻も負けじと、厚化粧」
……サラリーマン川柳かな?
こっちはオークの長の作品。
これは、奥さんに報告するべきかな?
「外を見て、食べたくなるなる、チーズフォンデュ」
字余り過ぎなのは、ジニーだ。
テクニックとかではなく、根本から理解していないのかもしれないが。
まあ、楽しんでいるのなら水は差さない。
アスマさんが、何を思ったのか俳句だか川柳だかにハマってしまった。
「短い言葉の中に、いかに多くの情報を詰め込むか。情景、感動、思い……また、同じ句でも聞く人により捉え方が変わる……素晴らしい文化じゃ」
何やら偉そうなことを言っているが。
まあ、年齢的にはそれなりに、良い句を生み出せるほどの語彙はあるはず。
「雪が降る、ああ雪が降る、雪が降る」
いや……それは……
知っててわざとなのか、知らなくて偶然なのか。
ただ、内容的にはかなり薄っぺらい気がする。
うん、過度な期待は禁物だな。
最近では、ジャッキーさんにお願いして本まで買ってきてもらった。
松尾芭蕉や、種田山頭火、小林一茶なんかのメジャーどころから入っている。
それはそうとオークの長まで、なんでうちの家にいるかというと。
最近、村内で異種族間恋愛が、流行っているというか。
オークがゴブリンに対して、求愛行動を取ることがあちらこちらで見られるように。
いきなり身体を擦り付けているから、新手の痴漢かと思った。
ただオスもメスもあまり関係なく、そういう行動を取っていた。
聞けば、マーキングのようなものらしい。
自分の匂いを相手に付けて、他の異性に対して現在この相手に求愛中というアピール。
しかしながら、匂いの上書きで取り合いなんてのもあるらしく。
優良物件的なゴブリンは、常にオークがすり寄っていた。
おしくらまんじゅうかな?
冬にもってこいではあるけども。
「ちょっと臭いが野性的過ぎて」
という雄ゴブリンからの相談で、それとなく話しやすそうなオークに伝えてみた。
オーク達から、ゴブリンが使っているボディソープなんかの相談を受けたけど。
支払える対価が労働力しかない状況で、しかもそれは食料の対価として。
なら、食事を一回減らして、代わりに一回分の量で分けてもらえたらと。
それは、健康によくないから却下。
しかし、オークは割と毛深いし。
どちらかというと、ペット用のシャンプーとか。
いや、人用のでもいいかもしれないけど。
まあ、ボディソープでもいいかと、一本融通した。
対価は空いた時間でわざわざ雪深い山までいって、人間に襲われる危険を冒して取ってきた食料。
確かに量は少ないが、食べ物の少ない冬場には貴重なものであることは確かだ。
籠いっぱいの冬にしか取れない木の実や、冬に活動するというおかしな蛇の魔物。
スノウボアという、巨大な蛇。
歩くボア(猪)が白いボア(大蛇)を狩ってきたのかと、ちょっと笑ったが伝わらなかった。
ただ、危険なので、冬が開けるまでは村からあまり出ないようにと。
「それは、流石に軽蔑するぞ?」
嫁を差し出そうとしてきたものもいた。
いやいや、奥さんもまんざらでもないみたいな感じだけど。
歩く猪はちょっと……それに人妻ならぬ、猪妻も。
不倫は文化じゃなくて、民法上の違法行為だ。
「息子の恋愛を、どうしても成就させたくて」
自分のためじゃなくて、子供のためか。
それで、奥さんも前向きだったのかな?
それよりも、俺に間を取り持つように頼んだ方が、建設的だと思うけど。
「押し付けは、よくありませんから。ロードから言われたら、相手が望まなくても叶ってしまいますし」
そういう倫理観はあるのに、妻を差し出すことには躊躇しなかったのか。
「ワンシーズンくらいなら、嫁や夫が入れ替わってることはたまにありますよ?」
うーん……種族柄。
ただ、そんな軽い考えの相手に、うちのゴブリン達はやれんな。
最近は一夫一妻制で、生涯の愛を誓うカップルが増えているし。
「ははは、流石にそれは種族内だけの話です。次世代の相手の選択肢を増やすためですよ! 異父兄妹であれば繁殖の危険性がぐっと下がりますし」
ああ、種の存続のためか。
増えたり、減ったりが激しい種族なのだろうし。
「ただ、ここほど外敵による死亡のリスクが少なければ、一夫一妻制で大いに結構かと」
なるほど。
でも、オークって多産種族じゃないのかな?
「ええ、オークの雌は一度に3から4人の子供を産みますが、他種族と交わった場合は1人から多くて2人ですね」
なるほど。
そしてゴブリン達も種族柄、相手の種族を特に気にしない。
オークとしては生存能力が抜群に高い、この村のゴブリン達は伴侶として最適と。
「最悪、我が身を犠牲にすれば、子と妻は助かります」
そこまでの、覚悟か。
「彼が、言っているのは非常食としての意味ですよ。オークにとって、共喰いは禁忌ではありません……推奨されてないですし、好んでということはないですけどね」
そうなのか……
「大飢饉が起きた時と、群れから極限地域とかはぐれた場合とかで記録がある程度です」
しかしな……
「最高のプロポーズですよ」
そうなのか……
そういうことで、納得しておこう。
で、なぜオークの族長が、アスマさんのところに来ていたかというと。
「ここで伴侶を見つけた者たちが、もう里に戻らないと言っている……このままでは、群れが維持できなくなる」
どうやら、若者の大半が相手を見つけていて、ここに残るつもりらしい。
ぜんぜん、俺に相談が無かったけど。
まあ、恋愛は自由だと言っているし。
相手や他人に迷惑を掛けなければ。
「何度か相談してますよ? グランエルフリートと、ゴブ里の婚姻の許可を先日されたばかりではないですか」
グランエルフリートって……オークだったのか。
なんか、いかにも貴族な名前だったから、捕虜にしてた人間の話だと思ってた。
そうか……
確かに一大事だな……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます